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第八部・イギリス捜索 編

ファジーネーブル

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「香澄、また来たのか?」

 心配そうに尋ねてくる彼を見て、せっかくの飲みの機会なのに申し訳なさを覚えた。

(心配させたら駄目だ)

 自分に言い聞かせると、香澄は努めて笑顔を浮かべた。

「何でもないよ! ちょっと酔っ払って眠たいだけ。さ、飲み直そう!」

 佑の腕に手を絡ませると、彼は溜め息をつく。

「飲みもそうだし、いつものため込みもそうだけど、……無理するなよ? 溜め込むのは……ここだけで十分」

 そう言って佑は香澄の頬をツンツンとつついてきた。

「んふふ! 頬袋はありません!」

 明るく笑った香澄の手を握った佑は、そのままグイッと彼女を引き寄せ耳元で囁いてくる。

「あとで全部教えてもらうぞ」

(……隠し事できないなぁ……)

 彼の鋭さに舌を巻きつつも、香澄が今の雰囲気を大切にしたい気持ちを汲んでくれたのは、とてもありがたかった。





 バーに着くと、奥まった窓際の席に双子とマティアスが陣取っていた。

 目立つ彼らを女性客が遠巻きに見ていたが、そこに佑とエミリアが加わったので、彼女たちは微かな悲鳴を上げた。

 三人はすでにワインを頼んだようで、それを聞いたエミリアも同じ物を飲むと言ってオーダーした。
 佑はいつものように最初の一杯はハイボールだ。

 香澄も飲み直そうと思い、メニューを見てから大好きなファジーネーブルに決めた。

 エミリアにジュースを勧められたが、『まだ大丈夫です。もう少ししたらジュースにします』と謝りつつ感謝を述べる。

『あーあ、いつもなら膝の上に女の子がいるのに』

 クラウスが嘆き、エミリアが『あら』と目を瞬かせる。

『日本にも恋人はいたんじゃなかったの?』
『全員手を切ったよ』

 アロイスの言葉に、エミリアは瞠目して沈黙する。
 寡黙なマティアスすら、『マジか』と言って双子を凝視していた。

『どうかしたの?』

 エミリアに尋ねられ、双子は肩をすくめる。

『ちょっとねー』
『そうそう。〝ちょっと〟ね』

 双子は残念がりながらも、やはりどこか楽しそうだ。

『こんな気分になったのは初めてなんだ。彼女を知って、他の子たちは急に〝あ、なんかいいや〟って思えたんだよね』
『やっぱり日本の女の子はいいよなぁ』

 香澄はちみちみとファジーネーブルを飲み、革張りのソファに身を預けている。
 まだ飲む元気はあるけれど、体は火照っていて気持ちはポワポワしたままだ。

 さっき落ち込む事があったけれど、佑や双子たちと一緒ならまた楽しい気分になれると信じていた。

「香澄。一応これを一枚持っておいで」

 隣の席に座っている佑が、ポケットからカードキーを出して渡してきた。

「ん」

 ダークカラーにホテルのエンブレムが刻まれたカードキーを確認し、香澄はバッグの中にきちんとしまう。

「具合が悪くなったら部屋まで送るから、遠慮なく言って」
「ありがとう」

 微笑むと、ポンポンと頭を撫でられ頬にキスをされる。

『アテツケかなぁ?』

 クラウスが茶々を入れ、アロイスが笑う。

『仲がいいのね』

 エミリアにも言われて、香澄は照れ笑いをするしかない。

 そのあとも、ファジーネーブルが美味しかったので、桃好きの香澄としては何杯もお代わりをしてしまう。
 オーダーする際に、リキュールは少なめでとお願いしているので、ほぼジュースのような物だと思っていた。

 けれど五杯目のファジーネーブルを飲み終わる頃には、ソファにもたれ掛かって目を閉じてしまっていた。

「カスミ弱いねぇ。ジュースみたいなもんだろ?」

 アロイスかクラウスの声が聞こえ、佑が苦笑いして返事をするのもきこえる。

「日本人は弱いんだ、仕方がないだろう。ちょっと部屋に寝かせてくる」

 体が熱くて重い。
 少しでも動けば、頭から心臓が飛び出てしまいそうなほど、動悸が速まっていた。
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