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第八部・イギリス捜索 編
形にならない悪意
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「悪気はない感じだった。私に好意を持って色々調べていたら、見つけてしまったという感じだったけれど……」
「他にも、陽菜さんの誕生日をフライングで祝ってきた。これ、大した事じゃないように思えるけど、ドイツではタブーなの。あと、『ドイツで可愛い鏡を買ったから送る』って言って、国際郵便で送られてきた鏡が割れてた。これも同じ。向こうでは『この先七年は幸運に見放される』って言われてる。不吉だし、日本でもあまりいい意味には取られないと思う。律がエミリアに『割れてた』って言ったら、本当に申し訳なさそうにして、『荷物の扱いが悪かったと思う。ごめんなさい』って言ってて……。そりゃあ、確かに国際郵便での荷物は、ボンボン投げられるし、中身が破損するのもおかしくない。……けど、私は偶然とは思えなかった」
澪が怒って言い、足でトントンと床に音を立てる。
「それにあの女、律と陽菜さんから聞いた時、別れ際に握手している時に腕をクロスさせてたみたい」
「それも……ドイツの?」
向こうの縁起の悪い事にはうとい香澄は、澪に尋ねる。
すると彼女はまじめな顔で頷いた。
「ドイツ人は複数人で握手する時、わざわざ立ち位置を変えるほど、腕が交差しいないように気をつけてる。ほら、十字架に見えるしちょっとデリケートでしょ」
「あぁ……」
ドイツならではの特別なタブーを思い出し、香澄は頷く。
「あの女、振る舞いは〝人のいい大人の女〟を貫いてる。だから心の底でどれだけの悪意があるのかは分からない。絶対に言葉でそれと分かるような悪口は言わないし、ちょっとでも私がムッとして強めに言ったら、逆に私が悪いみたいな空気になる」
苛ついた澪は、乱暴な溜め息をついた。
「佑と双子がアパレルやってるからって、追いかけるように自分もアパレルブランドを立ち上げた。あの女そのものには何の能力もセンスもないから、デザイナーを雇ってプロデュースしている感じ。けど一応経営者だし、たまにその経営者マウントとか、年収がどうたらとか聞かされて鼻につく。佑たちはビジネスの話だと思って正面から受け止めてるけど、私は女だからその言葉に込められた微妙なマウントを嗅ぎ取っちゃうんだよね」
澪は前髪を掻き上げて天井を仰ぐ。
「……今までの事も、善意が裏返ってしまったとも言えるし、百パーセント嫌がらせをされていたとは言い切れない。……けど、『何となく嫌な感じがする』っていう直感は、香澄さんも大切にしてほしいの」
陽菜に言われ、香澄は「はい」と頷いた。
この二人が、自分に悪い事をわざわざ教えると思えない。
確かに初対面の人を前知識で悪く思うのは良くないが、自分の絶対的味方の忠告はきちんと聞かなければいけない。
澪も陽菜も、御劔家の女性であり相応の苦労はしているはずだ。
香澄を形だけいびるのはアンネが役を請け負っているとして、澪はそんな母親をからかっている始末だし、陽菜に至っては他人に悪意を持つような女性に見えない。
「ありがとうございます。ご忠告、しっかり胸に刻みます」
ぺこりと頭を下げると、二人とも安心したように笑みを漏らした。
「じゃ、トイレ行こうか」
再び歩き出した澪が、溜め息混じりに言う。
「本当は今日、あの女がいるって知って、私は来たくなかった。でも香澄さんに言う事を言っておかないとって思って。食事が終わったらすぐ帰ると思うけど、それはごめんね」
「いいえ」
その後、三人で手洗いに入って用を足し、改めてレストランに戻った。
席に戻った頃には、全員食前酒を飲みながら談笑をしていて、香澄も遅れて飲み物を注文した。
今日は佑が一緒だからいいかと思い、他の人と同じようにシャンパンをオーダーする。
エミリアの秘書だというマティアスは、とても寡黙な男性だった。
見た目はブルーアイに茶色い髪をしていて、精悍な顔立ちの美形だ。
美形と言っても佑たち兄弟や双子は華々しい感じがするが、マティアスは男性フェロモンが強めの美形と言っていい。
もみあげや側頭部を軽く刈り上げたソフトツーブロックの髪型で、体型も佑たちに負けずしっかりとしている。
食事中は双子と翔がよく喋って会話を先導し、それに佑と律、澪が相槌を打つ。
香澄と陽菜は積極的に口を挟まないが、エミリアはどちらでもなく、自分が気になった時に口を挟み、あとは黙ってきているという、リラックスした形だった。
メイン料理の時間になると、個室のグリルにはシェフが来てくれて、全員の前で肉などを焼いてくれていた。
全員よく食べ、よく飲んでいる。
香澄も少しいい気分になって、ずっと黙っているマティアスに話しかけてみた。
『マティアスさんは、エミリアさんの部下ですが、恋人でもありますか?』
尋ねると、彼は一瞬目を丸くした。
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澪が怒って言い、足でトントンと床に音を立てる。
「それにあの女、律と陽菜さんから聞いた時、別れ際に握手している時に腕をクロスさせてたみたい」
「それも……ドイツの?」
向こうの縁起の悪い事にはうとい香澄は、澪に尋ねる。
すると彼女はまじめな顔で頷いた。
「ドイツ人は複数人で握手する時、わざわざ立ち位置を変えるほど、腕が交差しいないように気をつけてる。ほら、十字架に見えるしちょっとデリケートでしょ」
「あぁ……」
ドイツならではの特別なタブーを思い出し、香澄は頷く。
「あの女、振る舞いは〝人のいい大人の女〟を貫いてる。だから心の底でどれだけの悪意があるのかは分からない。絶対に言葉でそれと分かるような悪口は言わないし、ちょっとでも私がムッとして強めに言ったら、逆に私が悪いみたいな空気になる」
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もみあげや側頭部を軽く刈り上げたソフトツーブロックの髪型で、体型も佑たちに負けずしっかりとしている。
食事中は双子と翔がよく喋って会話を先導し、それに佑と律、澪が相槌を打つ。
香澄と陽菜は積極的に口を挟まないが、エミリアはどちらでもなく、自分が気になった時に口を挟み、あとは黙ってきているという、リラックスした形だった。
メイン料理の時間になると、個室のグリルにはシェフが来てくれて、全員の前で肉などを焼いてくれていた。
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