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第八部・イギリス捜索 編
忠告
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「ちょっとトイレ付き合ってもらえる?」
「は、はい」
思わず頷くと、香澄の手を握った澪が少し大きめの声で言った。
「ごめん! 先に来てシャンパン飲んでたから、ちょっとお手洗い行きたくなっちゃった。食事が始まる前に行ってくるね? 陽菜さんも行かない?」
「はい」
陽菜が立ち上がり、律に一言何か囁いてこちらにやってくる。
「ん、分かった」
佑が微笑み、香澄に向かって「付き合わせて悪いな」という表情をする。
それに香澄は首を横に振って微笑み、澪たちと一緒に一度レストランを出た。
「……あのさ」
手洗いに行くと思いきや、廊下の途中で澪が立ち止まる。
「はい?」
キョトンとして彼女を見ると、澪はいつもの彼女らしくなく、言葉に迷って少しイライラしている。
「初対面の人を前にしたばかりなのに、悪口を言うみたいでごめん。私の事を、〝人の悪口を吹き込む嫌な奴〟だと思うなら、これから距離を取っても構わない。ただ、私は心からの忠告のつもりだから、一応きちんと聞いてほしい。それで、香澄さんの中で公平な判断を下してほしい」
突然重たげな話になり、香澄は慌ててコクコクと頷く。
「澪さんの事をそんな風に思っていません。澪さんはアンネさんと性格が似ていて、ハッキリしています。私を相手に誰かの悪口を言って悪い印象を与えようとする前に、もっと別のやり方を考える方だと思っています。それに、悪意を持って人を悪く言う人は、自分を客観的に見て『距離を取っても構わない』なんて言いません。そういう人は、自分を正義だと思って疑っていませんから」
飯山たちに初めて話しかけられた時、彼女たちは成瀬たちを悪く言っていた。
だからその辺りの感覚はよく分かっている。
「澪さんが事情もなく、人を悪く言うと思いません。どうか、忠告を聞かせてください」
まっすぐ彼女を見つめて訴えたからか、澪の表情が和らぎ、肩から力が抜ける。
そのあと、澪はチラッと後ろを振り向いて誰もいないのを確認してから、口を開いた。
「エミリアには気をつけた方がいい。あの女、綺麗なセレブ女を装っておきながら、かなりしたたかで性格が悪い。陽菜さんも被害者だから」
「えっ?」
被害者という単語に、思わずギクリとする。
彼女を見ると、遠慮がちに笑って話し始める。
「律くんと結婚して、式や披露宴には、クラウザー家の皆さんも来てくれたの。でもエミリアさんは律くんと一応幼馴染みであっても、子供の頃に少し関わりがあったあと、ずっと連絡がないままだった。そもそも、アドラーさんとエミリアさんのお祖父さんが、あまり仲が良くないみたいだった。律くんもエミリアさんを呼ぶ必要はないと判断したし、お義母さんたちもそうしていいと言ってくれたわ」
どことなく、自分の今の状況と似ている。
陽菜はチラッとレストランの方を見てから、続きを話す。
「結婚後、新婚旅行でヨーロッパ一周に行った時に、ドイツにも寄って向こうの一族と改めてお祝いをしたわ。その時に、アロくんとクラくんたちとも、年齢が近くて仲良くしていた事もあって、個別に飲んだの。二人とエミリアさんはずっと交流があったみたいで、たまたまその時に彼女から連絡があって……。エミリアさんがバーに来る事になった」
「……何かあったんですか?」
緊張して尋ねると、陽菜は暗い表情をして溜め息をつく。
「その時は特に何もなかった。感じよく話してくれたし、ちょっと律くんとのスキンシップが多いなと感じたけれど、向こうの人だし久しぶりに会った幼馴染みだし……と思ってた」
陽菜は落ち着きなく自分の指を絡ませ合わせている。
「一応連絡先も交換したんだけれど、そのあとが気持ち悪くて……」
「……ど、どうしました?」
ゴクリと生唾を呑み込み、香澄は陽菜を覗き込む。
「明確な嫌がらせ……なのかは分からない。ただ、膨大なネットの海にあった私と元彼の写真を見つけ出されて、『これ、陽菜さんよね?』って私と律くんとのトークルームに送ってきた。特に変な写真じゃないけれど、既婚者に向かって元彼の話題を出してくるとか……少し常識外れで」
(うわあ……)
日々溢れていく情報で昔のものは下位に下がるとしても、デジタルタトゥという言葉があるように、完全に情報が消える訳ではない。
陽菜とその元彼も、普通にデートなり、ツーショット写真を写しただけだろう。
ネットに顔出し写真をのせるのはあまり良くないが、若さゆえもあるだろうし、陽菜の元彼が勝手に投稿した可能性もある。
しかしネット上にあるからといって、それを探し出す執念は異常と言える。
「は、はい」
思わず頷くと、香澄の手を握った澪が少し大きめの声で言った。
「ごめん! 先に来てシャンパン飲んでたから、ちょっとお手洗い行きたくなっちゃった。食事が始まる前に行ってくるね? 陽菜さんも行かない?」
「はい」
陽菜が立ち上がり、律に一言何か囁いてこちらにやってくる。
「ん、分かった」
佑が微笑み、香澄に向かって「付き合わせて悪いな」という表情をする。
それに香澄は首を横に振って微笑み、澪たちと一緒に一度レストランを出た。
「……あのさ」
手洗いに行くと思いきや、廊下の途中で澪が立ち止まる。
「はい?」
キョトンとして彼女を見ると、澪はいつもの彼女らしくなく、言葉に迷って少しイライラしている。
「初対面の人を前にしたばかりなのに、悪口を言うみたいでごめん。私の事を、〝人の悪口を吹き込む嫌な奴〟だと思うなら、これから距離を取っても構わない。ただ、私は心からの忠告のつもりだから、一応きちんと聞いてほしい。それで、香澄さんの中で公平な判断を下してほしい」
突然重たげな話になり、香澄は慌ててコクコクと頷く。
「澪さんの事をそんな風に思っていません。澪さんはアンネさんと性格が似ていて、ハッキリしています。私を相手に誰かの悪口を言って悪い印象を与えようとする前に、もっと別のやり方を考える方だと思っています。それに、悪意を持って人を悪く言う人は、自分を客観的に見て『距離を取っても構わない』なんて言いません。そういう人は、自分を正義だと思って疑っていませんから」
飯山たちに初めて話しかけられた時、彼女たちは成瀬たちを悪く言っていた。
だからその辺りの感覚はよく分かっている。
「澪さんが事情もなく、人を悪く言うと思いません。どうか、忠告を聞かせてください」
まっすぐ彼女を見つめて訴えたからか、澪の表情が和らぎ、肩から力が抜ける。
そのあと、澪はチラッと後ろを振り向いて誰もいないのを確認してから、口を開いた。
「エミリアには気をつけた方がいい。あの女、綺麗なセレブ女を装っておきながら、かなりしたたかで性格が悪い。陽菜さんも被害者だから」
「えっ?」
被害者という単語に、思わずギクリとする。
彼女を見ると、遠慮がちに笑って話し始める。
「律くんと結婚して、式や披露宴には、クラウザー家の皆さんも来てくれたの。でもエミリアさんは律くんと一応幼馴染みであっても、子供の頃に少し関わりがあったあと、ずっと連絡がないままだった。そもそも、アドラーさんとエミリアさんのお祖父さんが、あまり仲が良くないみたいだった。律くんもエミリアさんを呼ぶ必要はないと判断したし、お義母さんたちもそうしていいと言ってくれたわ」
どことなく、自分の今の状況と似ている。
陽菜はチラッとレストランの方を見てから、続きを話す。
「結婚後、新婚旅行でヨーロッパ一周に行った時に、ドイツにも寄って向こうの一族と改めてお祝いをしたわ。その時に、アロくんとクラくんたちとも、年齢が近くて仲良くしていた事もあって、個別に飲んだの。二人とエミリアさんはずっと交流があったみたいで、たまたまその時に彼女から連絡があって……。エミリアさんがバーに来る事になった」
「……何かあったんですか?」
緊張して尋ねると、陽菜は暗い表情をして溜め息をつく。
「その時は特に何もなかった。感じよく話してくれたし、ちょっと律くんとのスキンシップが多いなと感じたけれど、向こうの人だし久しぶりに会った幼馴染みだし……と思ってた」
陽菜は落ち着きなく自分の指を絡ませ合わせている。
「一応連絡先も交換したんだけれど、そのあとが気持ち悪くて……」
「……ど、どうしました?」
ゴクリと生唾を呑み込み、香澄は陽菜を覗き込む。
「明確な嫌がらせ……なのかは分からない。ただ、膨大なネットの海にあった私と元彼の写真を見つけ出されて、『これ、陽菜さんよね?』って私と律くんとのトークルームに送ってきた。特に変な写真じゃないけれど、既婚者に向かって元彼の話題を出してくるとか……少し常識外れで」
(うわあ……)
日々溢れていく情報で昔のものは下位に下がるとしても、デジタルタトゥという言葉があるように、完全に情報が消える訳ではない。
陽菜とその元彼も、普通にデートなり、ツーショット写真を写しただけだろう。
ネットに顔出し写真をのせるのはあまり良くないが、若さゆえもあるだろうし、陽菜の元彼が勝手に投稿した可能性もある。
しかしネット上にあるからといって、それを探し出す執念は異常と言える。
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