上 下
357 / 1,548
第七部・双子襲来 編

寿司

しおりを挟む
「タイショウ? 何してんの?」

 興味津々という様子で尋ねたアロイスに、大将が答える。

「これからホッキ貝をお出ししますが、こうして叩くと柔らかくなるんですよ」
「大将。香澄とはいつ頃からのお付き合いなのですか?」

 佑の質問に、大将はよどみなく手を動かして話す。

「初めていらっしゃったのは、香澄さんが初任給をもらった時でしたっけ。ご両親を連れて『初めてのご馳走なんです』と言っていて……。いやぁ、初々しかったですね」

 新鮮なホッキは叩きつけられてキューッと身が締まり動いていたが、大将の手によって鮮やかに切られシャリの上に載せられる。

「ここで初めて、お醤油をつけなくても食べられるお寿司があるって知ったの。もう、大感動だったなぁ」
「さあ、赤松さんどうぞ。すみませんね。レディファーストです」

 香澄の目の前の皿にホッキの握りが置かれ、冗談を言った大将はすぐに次の握りに取り掛かる。

「わあ……。大将のお寿司久しぶり」
「カスミ、僕らに気にせず先に食べていいからね。スシは鮮度が命だから」
「ありがとうございます。じゃあ、頂きます」

 香澄は断りを入れてから、ぱくんと一貫を一口で食べてしまった。

「んぅ~……っ」

 もぐもぐと口を動かしてすぐ香澄がうなり、じたばたと暴れたいのを必死に我慢する。

「あぁー……。美味そうに食べるなぁ」
「いいよね。ご馳走するもんを美味そうに食べてくれる女の子って」

 佑と双子の前にもホッキの握りが出され、「いただきます」と三人が寿司を口に入れた。

「ね、どう? どう? 美味しいでしょ?」

 自分の贔屓している店を三人に紹介できるのが、嬉しくて仕方がない香澄は、隣にいる佑をじぃっと見る。

 その純粋な感情に、佑はホッキ寿司を味わう間もなくあまりの愛しさに笑い出していた。
 口元を押さえて寿司を食べてしまい、堪らないというように香澄に言う。

「さすが香澄が選んだ店だな。最高に美味いよ」
「んふふー」

 香澄は自分の事のように喜び、次に出てきた数の子の握りに手を出す。
 コリコリとした食感に鰹節の香りがふんわりと漂い、この上なく美味しい。

 それから次から次へと、プリプリとしていながらねっとりとした甘みのある車エビ。刷毛で柚子醤油をさっと塗られたヒラメは口腔で香りを広げる。そして口の中であっというまに無くなってしまう、トロも絶品だ。

 口の中に入れると、存在をこれでもかと香りで主張してくるカニ。脂の乗りが絶妙なカンパチ。あまりになめらかでクリーミーとすら思ってしまうホタテ。そして香澄の大好きなイクラの軍艦巻き。最後はとろけるウニで締めくくりだ。

「んうぅ……。幸せ……」

 全十貫を食べ終わったあと、香澄は両手で頬を包んでニマニマしている。

「終わったら季節の果物をお出ししていますが、その前に何かご注文はありますか?」

 大将がにこやかに尋ねた途端、双子が勢いよくハモった。

「「俺(僕)、トロとウニ三つずつにホタテと車エビ二つずつ!」」

 完璧なハモりに大将は目を丸くし、相好を崩した。

「かしこまりました。赤松さんと御劔さんは?」

 尋ねられ、香澄はチラッと佑を見る。

「俺はヒラメとカニ、あとイカはありますか? 香澄も好きなのを頼んでいいよ」
「じゃ、じゃあトロとイクラとウニを……」
「まいど」

 ニコッと笑い、大将は次々に寿司を握ってゆく。

「あぁー……、嬉しい。大好きなお店に佑さんたちと来られて、本当に良かった」

 追加の寿司をもぐもぐと食べつつも、香澄は内心〝札幌接待〟と思っているものが無事に終わりそうで安堵している。

「明日にはまた東京戻って、仕事復帰するからしっかり栄養取らないとな?」
「うんっ」

 ふと仕事を思い出し、香澄は気合いを入れる。

 飯山たちの事は確かにショックだったし傷付いた。
 しかし彼女たちは佑が沙汰を言い渡したそうだし、確かにもう心配しなくていいのかもしれない。

 親しくしている成瀬たちはともかく、他の社員たちの中にだって口に出さないが香澄の存在を快く思っていない者もいる可能性がある。

 これから香澄は、「浮ついてばかりいません。ちゃんと働きます」という気持ちを、仕事で見せなければいけない。

 特に、第三秘書として入った河野にはしっかりと。

 もぐもぐと一口一口をしっかり噛みしめ、香澄は仕事に復帰してからの事に心を燃えさせていた。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

処理中です...