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第七部・双子襲来 編

バーテンダーの失敗

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 目の前で双子はよくしゃべり、グイグイと酒を飲んでゆく。

 ホテルのバーでの一杯は、居酒屋の一杯とは値段が違う。
 居心地のいい空間と最高のサービスと技を提供するので、相応の値段がするものだ。

 それなのに双子は水でも飲んでいるのかと思うほど、高い酒を次々に空けてゆく。
 財布の中身は大丈夫なのかと思ってしまうし、いつ悪酔いして騒ぎ出すのか気が気でない。

 美里から向かって左側がアロイス、右側がクラウスという名前らしい。
 どうやら名前からドイツ人のようだ。

 美里の近くに一卵性の双子はいないので、双子本人の詳しい意識は分からない。
 親が双子の子供に色違いのおそろいを着せたがるというのは、テレビなどでもよく見る情報だ。

 けれど大人になったら、おそろいを着るなどは避け、それぞれの個性を主張するものではないか……と思っていた。

 しかし双子は色違いのジャケットの下、色違いのTシャツを着ている。
 おまけに髪型まで左右対称のおそろいだ。

「仲良しなんだな」と思うのだが、ここまでそっくりで雰囲気まで酷似していると、仕事も含め付き合いのある人は大変そうだなと余計な事を考えてしまう。

 家族や友人、ビジネスパートナーなどはさすがに見分けがついているだろうが、美里のように初対面だと、違う日に別の服を着ていれば見分けがつかなくなる自信がある。

「ねぇ、ミサトは彼氏いるの?」

 先ほど、名前を聞かれたので礼儀として名前を名乗った。
 そうしたらアロイスに呼び捨てにされてしまった。

「彼氏ですか? ご想像にお任せします」

 営業スマイルを浮かべた美里は、アロイスにダイキリを出す。
 彼がついっと優雅な所作で半分ほどを飲むと、クラウスがにっこり笑ってオーダーしてくる。

「僕、つぎカミカゼね」
「かしこまりました」

 ピナクルウォッカ、ホワイトキュラソー、ライムジュースを20mlずつ注ぎ、カクテルシェイカーでシェイクする。

(見てくるなぁ……)

 双子はうり二つの麗しい顔を並べ、ニコニコしながら美里の仕事ぶりを見つめてくる。

 けれど彼女もバーテンダーだ。
 人から見られながら仕事するのには慣れている。

 何事もなかったのようにシェイクを終えた美里は、ロックグラスに白いカクテルを注いだ。

「どうぞ。カミカゼでございます」

 そう言って静かにカウンターの上に置いた。

 ――はずだったのだが、双子がコースターを使わず直接カウンターにグラスを置いていたため、濡れていたそこをグラスがツゥッと滑っていった。

「あっ」

 ……という間に、滑りすぎたグラスは、クラウスの腕にぶつかり彼のジャケットを濡らしてしまった。

「も、申し訳ございません!」

 美里は絶望の声を上げ、すぐにおしぼりを出してカウンターを回る。

「あー、これぐらい大丈夫だって」

 クラウスはまったく気にせず、先に自分でジャケットをおしぼりでトントンと拭く。

「申し訳ございません……っ。お洋服のクリーニング代、支払わせて頂きます」

 美里はクラウスの側に立ち、「失礼致します」と彼の腕をおしぼりで拭く。
 身なりのいい客だとは思っていたが、近くで見ると着ている服はどうやらブランド物のようで心臓が飛び出るかと思った。

 同じホテルに勤めている人の話では、ブランド物の服をクリーニングするには、専用の業者に頼まなければならず、相当金がかかるらしい。

 ドッドッドッ……と鼓動が高鳴り、決して多くない給料からどれだけ飛んでいくのか……と気が遠くなる。

 そんな美里の胸中は知らず、クラウスは彼女の仕事の手を止めてしまった事を気にしているようだ。

「いいよいいよ。大した服じゃないし。仕事戻りなって」
「申し訳ございません。当ホテルにお泊まりでしたら、フロントまでご連絡頂き、クリーニング代を請求してください」

 純粋な美里は、自分の失態が双子に〝口実〟を作らせてしまった事に気付いていない。

「じゃあさ。閉店するまで待ってるから、仕事が終わったら支払って?」
「え? は……はい」

 普通ならホテル側で一度請け負い、あとで給料から天引きになる。
 しかし動転した美里は、請求書を書くなどの手続きなのかと思い込み、つい頷いてしまっていた。

「本当に申し訳ございません」

 ペコペコと頭を下げる美里の頬を、アロイスがスルッと撫でた。
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