上 下
280 / 1,549
第六部・社内旅行 編

苦し紛れのどや顔

しおりを挟む
 前髪を掻き上げて額に口づけた時、香澄が「ん……」とうめいて睫毛を震わせた。
 それでも構わず香澄の手を取って口づけていると、きゅう、と手が握り返される。

「……たすくさん、だぁ」

 ぽやんと寝ぼけた声がし、目の前で愛しい婚約者が力の抜けた笑みを浮かべた。

「――あぁ、もう。無理。可愛い」

 ガバッと抱きつくと、佑はスハーッスハーッと香澄の香りを嗅ぎまくった。
 我ながら変態である。

 ジョン・アルクールのネクタリンの香りがし、鼻腔いっぱいにほんのり甘い桃が香る。
 その唇の甘さは……、と唇を重ねると、香澄が「むぅ」とうめいた。

「ん……、んむ、……ぅ、……うぅ」

 キスをしたまま浴衣姿の香澄を抱き上げ、そのままベッドへ運ぶ。
 優しく横たえた上に馬乗りになると、両手でグッと胸板を押し返された。

「いた……ぃ」
「え?」

 痛いと言われ、佑はギクッとして彼女の脚を見る。

 だがギプスに包まれた脚はベッドの上に投げ出されたままで、特に負担が掛かっているようには思えない。
 けれど今運んだ弾みで痛みを伴ったのかもしれないと思い、佑は青くなって謝罪した。

「すまない! 安静にしておこう」

 そう言って彼女の上からどこうとしたが、今度は服を両手でキュッと掴まれて留められた。

「そう、じゃないの。脚じゃない」

 逆に彼女は驚いた表情になっていて、キョトンとしつつもクビを横に振る。

「脚……じゃない?」

 佑も訳が分からず、目を瞬かせる。

(すると……)

 考えを巡らせ、佑は別の意味で冷や汗を掻いた。

(まさか、俺のキスが下手だった? 歯が当たったとか……)

 そう考えていると、香澄が指で自分の下唇を気にし、皮を剥くような仕草を見せた。

「……ちょ、……っと待って」

 思わず佑は香澄の手を取り、しげしげと彼女のぷっくりとした唇を凝視する。
 今はキスをしたくて半ば我を失っていたが、確かにそこには血が固まったような跡があった。

「これ……どうしたんだ?」

 頭の中に飯山の顔がよぎった。
 彼女が香澄に何か危害――平手などをして唇を切ったのだろうかと思うと、体中の血が沸騰したような怒りを覚えた。
 しかし香澄は、もぞもぞと下手な言い訳をする。

「や……あの。だ、段差があって転んだの。その時に唇噛んじゃって……」
「転んだ?」

 言われて、佑の頭には松葉杖を蹴られて転倒した香澄の姿が蘇る。
 その時に噛んで切ったのなら、立派に傷害罪だ。

 佑が凍り付いたような目をしていたからか、香澄が焦った声を出す。

「そんな怖い顔しないで? 本当に自分で転んで作った傷だから。ホラ、前歯の跡あるし」

 チロリと舌先を覗かせ、香澄は唇の傷を確かめる。
 だがその時にピリッと痛んだのか、僅かに顔を歪めた。

「本当に自分で噛んだ? 香澄が誰かのせいで血を流したなら、俺は目撃者全員に確認しなければいけない」
「そ……っ」

 香澄は目をまん丸にして仰天した。

「ほ、本当だよ! 久住さんも知ってるから久住さんに確認して? 私が自分で転んだって知ってるから!」

 言い終わったあと、香澄は微妙にどや顔をする。
 その顔を見て笑いそうになった佑は、半分ぐらいは呆れながら怒っている。

(あくまでもシラを切ろうっていうんだな?)

「ふぅん……。じゃあ、久住に何があったのか詳細を聞くか」
「!」

 ギクッと体を強張らせた香澄は、キョロキョロと目を泳がせる。





(ど、どうしよう……! 佑さんが久住さんたちに圧を掛けて聞いたら、何もかもバレちゃう……!)

 今さらながらな事に思い当たり、香澄は必死に考えを巡らせる。

(えっと……えっと……)

 必死になって考えたあと、香澄は、自分でもよく分からない事を口走っていた。

「佑さん、セックスしたい!」
「…………」

 佑が微かに瞠目した姿を見て、香澄は内心「どうだ!」と思ってまたどや顔をする。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...