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第六部・社内旅行 編
胸くそ悪い証拠
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佑は当初の予定通り、社員たちと宴会場で夕食をとってカラオケなどに付き合い、男性社員と一風呂浴びたあと、香澄が待つ旅館に戻るつもりだった。
一人で食事をさせてしまうのは申し訳ないが、本来の目的はこちらなので仕方がない。
(今度本当の意味で二人きりで訪れて、ゆっくり過ごしたいな)
普段は人前で歌わないが、海外の有名な男性ヴォーカルの歌を披露すると、予想以上に歓声を浴びて逆に引いてしまった。
男性社員と大浴場に入った時、やけに下半身を注目されたが放っておく。
寝る前に自由行動……という時間になって、浴衣から服に着替えてそっとホテルを出た。
その時、「社長」と女性の声がした。
振り向くと浴衣姿の飯山がこちらにやって来る。
風呂上がりなのか髪をおろしているが、メイクはばっちりだ。
内心「やれやれ」と溜め息をついてから、「何か用か?」と社長として返事をする。
「外出されるんですか?」
飯山は佑の隣に立ち、一緒に自動ドアをくぐって外に出る。
彼女は夏の夜風を浴びて「気持ちいい」と呟き、ライトアップされたホテルを振り仰ぐ。
「ねぇ、社長。これから一杯だけ飲みに行きませんか?」
飯山が一歩佑に近付き、上目遣いに微笑んでくる。
「残念だけど、そういう気分じゃない」
そう。佑は一刻も早く香澄のもとに戻りたい。
その想いだけが胸を満たしている。
――が、もう一つの想いもあるのだが……。
「……好きなんです」
ホテルの前だというのに、飯山はいきなり佑に抱きついてきた。
浴衣の下に下着をつけていないのか、はたまたレースのみの下着なのか、ムニュッと胸の感触がする。
飯山がいつもつけているバラの香水の香りがし、ツヤツヤと濡れた紅い唇の下に胸の谷間が見えた。
「初めて見た時から、社長しか目に入っていません。私、社長のために一生尽くします」
徹底的に美白にこだわった頬が、ほんのりと赤く染まっている。
押しつけられた胸元から、飯山の鼓動も伝わってきた。
普通なら、申し訳ないという気持ちと共にやんわりと断っていただろう。
――そう、〝普通〟なら。
「……君が何を思っていても、彼女に手を出さず普通の社員として振る舞ってくれるなら、俺も目をつむっていようと思った」
佑は一つ息をつき、それまでの〝社長〟としての雰囲気を消す。
代わりに一人の男としての怒りを目に宿し、夏場だというのに冷気すら感じさせる目で飯山を見下ろした。
「……え?」
うっとりと佑に抱きついていた飯山は、微かに身を強ばらせて佑を見る。
「気付いていないとでも思ったのか? 彼女を侮辱して、松葉杖を蹴って転倒させ、激痛をあじわわせても、誰も見ていないと思ったか?」
静かに、淡々と佑は飯山に久住から報告されていた事を話す。
顔を引きつらせた飯山は後ずさろうとしたが、その肩を佑がしっかりと掴み離さない。
「どうした? 俺に抱きつきたかったんだろう?」
冷たく笑われ、飯山は初めて佑に対して恐怖を覚えたようだった。
そんな彼女の肩をトンッと押したあと、佑はポケットからスマホを取り出し、飯山にとある動画を見せた。
『そんなの、枕で勝ち取ったに決まってるよねー』
動画は途中からだったが、ちょうど決定的な言葉から再生された。
「これ……っ」
顔を青ざめさせた飯山に、佑は無表情のまま動画を見せる。
動画は、佐野が撮っていた。
本来ならこんなもの胸くそ悪くて見たくなかったが、世の中、胸くそ悪いものほど、立派な〝証拠〟となる。
「この際だから、ハッキリ言っておこう。君のような女性にほんの僅かでも勘違いされていては困る」
動画を止め、佑は飯山を見据えたまま告げた。
「赤松香澄さんは、俺の婚約者だ。俺が彼女に一目惚れをして、無理を言って東京に来てもらった。彼女が嫌がるのを説き伏せ、秘書になってもらった」
決定的な言葉に、飯山は動きを止め、また頬をひきつらせる。
「どう……して……」
ルージュを塗った唇が震えたかと思うと、次に彼女はヒステリックに叫んでいた。
「どうしてですか!? あんなポッと出の田舎くさい女に! 社長が惚れる訳がないでしょう!」
「彼女が田舎くさい? なら、君は化粧臭い、かな」
温厚で上品な〝御劔社長〟とは思えない言葉に、飯山は目を見開く。
一人で食事をさせてしまうのは申し訳ないが、本来の目的はこちらなので仕方がない。
(今度本当の意味で二人きりで訪れて、ゆっくり過ごしたいな)
普段は人前で歌わないが、海外の有名な男性ヴォーカルの歌を披露すると、予想以上に歓声を浴びて逆に引いてしまった。
男性社員と大浴場に入った時、やけに下半身を注目されたが放っておく。
寝る前に自由行動……という時間になって、浴衣から服に着替えてそっとホテルを出た。
その時、「社長」と女性の声がした。
振り向くと浴衣姿の飯山がこちらにやって来る。
風呂上がりなのか髪をおろしているが、メイクはばっちりだ。
内心「やれやれ」と溜め息をついてから、「何か用か?」と社長として返事をする。
「外出されるんですか?」
飯山は佑の隣に立ち、一緒に自動ドアをくぐって外に出る。
彼女は夏の夜風を浴びて「気持ちいい」と呟き、ライトアップされたホテルを振り仰ぐ。
「ねぇ、社長。これから一杯だけ飲みに行きませんか?」
飯山が一歩佑に近付き、上目遣いに微笑んでくる。
「残念だけど、そういう気分じゃない」
そう。佑は一刻も早く香澄のもとに戻りたい。
その想いだけが胸を満たしている。
――が、もう一つの想いもあるのだが……。
「……好きなんです」
ホテルの前だというのに、飯山はいきなり佑に抱きついてきた。
浴衣の下に下着をつけていないのか、はたまたレースのみの下着なのか、ムニュッと胸の感触がする。
飯山がいつもつけているバラの香水の香りがし、ツヤツヤと濡れた紅い唇の下に胸の谷間が見えた。
「初めて見た時から、社長しか目に入っていません。私、社長のために一生尽くします」
徹底的に美白にこだわった頬が、ほんのりと赤く染まっている。
押しつけられた胸元から、飯山の鼓動も伝わってきた。
普通なら、申し訳ないという気持ちと共にやんわりと断っていただろう。
――そう、〝普通〟なら。
「……君が何を思っていても、彼女に手を出さず普通の社員として振る舞ってくれるなら、俺も目をつむっていようと思った」
佑は一つ息をつき、それまでの〝社長〟としての雰囲気を消す。
代わりに一人の男としての怒りを目に宿し、夏場だというのに冷気すら感じさせる目で飯山を見下ろした。
「……え?」
うっとりと佑に抱きついていた飯山は、微かに身を強ばらせて佑を見る。
「気付いていないとでも思ったのか? 彼女を侮辱して、松葉杖を蹴って転倒させ、激痛をあじわわせても、誰も見ていないと思ったか?」
静かに、淡々と佑は飯山に久住から報告されていた事を話す。
顔を引きつらせた飯山は後ずさろうとしたが、その肩を佑がしっかりと掴み離さない。
「どうした? 俺に抱きつきたかったんだろう?」
冷たく笑われ、飯山は初めて佑に対して恐怖を覚えたようだった。
そんな彼女の肩をトンッと押したあと、佑はポケットからスマホを取り出し、飯山にとある動画を見せた。
『そんなの、枕で勝ち取ったに決まってるよねー』
動画は途中からだったが、ちょうど決定的な言葉から再生された。
「これ……っ」
顔を青ざめさせた飯山に、佑は無表情のまま動画を見せる。
動画は、佐野が撮っていた。
本来ならこんなもの胸くそ悪くて見たくなかったが、世の中、胸くそ悪いものほど、立派な〝証拠〟となる。
「この際だから、ハッキリ言っておこう。君のような女性にほんの僅かでも勘違いされていては困る」
動画を止め、佑は飯山を見据えたまま告げた。
「赤松香澄さんは、俺の婚約者だ。俺が彼女に一目惚れをして、無理を言って東京に来てもらった。彼女が嫌がるのを説き伏せ、秘書になってもらった」
決定的な言葉に、飯山は動きを止め、また頬をひきつらせる。
「どう……して……」
ルージュを塗った唇が震えたかと思うと、次に彼女はヒステリックに叫んでいた。
「どうしてですか!? あんなポッと出の田舎くさい女に! 社長が惚れる訳がないでしょう!」
「彼女が田舎くさい? なら、君は化粧臭い、かな」
温厚で上品な〝御劔社長〟とは思えない言葉に、飯山は目を見開く。
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