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第六部・社内旅行 編
楽しんでおいで?
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溜め息をついた香澄の背中を撫で、佑が耳にちゅ、とキスをしてくる。
「望むなら何でも教えるよ。香澄に隠し事はしない。約束する。香澄は自分の心のコンディションを考えて、いつでも何でも聞いてほしい。今は怪我やメールの事もあるし、万全ではないと思う。今より働けるようになったら、体が動かせない事によるフラストレーションも減ると思う。気持ちが明るくなったら、また二人の事を考えていこう」
言われて、「そうか」と胸の奥に何かがコトンと落ちた。
「そうだね。怪我してるって思うように動けないから、ストレス溜まっちゃうよね。だから、最近基本的に元気がないのかもしれない」
自覚していなかった状態を、佑は言い当てた。
言われてみればその通りだ。
怪我をせずいつものようにバリバリ働けていたら、メールがあっても成瀬たちや麻衣にも連絡をして、笑い飛ばせていたかもしれない。
家の中に籠もり、自分の価値が分からなくなっている今だから、些細な事にも悩んでしまうのだ。
「精神科にかかっている人は、特別な人だけじゃないって、以前にも言っただろう? 怪我を負って『いつものようにできない』と落ち込んでしまう時だって、病院にかかって診てもらえるようになっている。香澄は今、心身共に休まないといけない状態だよ」
普通なら、自分が精神科に掛かる状態だと言われるだけで、とても不安になるだろう。
けれど自分とは比べものにならない、様々な事を知っている佑に言われるからか、香澄はストンと納得する事ができた。
「……そっか。私、いま心も怪我してるんだね」
そうなると、今の状況をどんどん理解できていく。
いつも焦っていたのも、不安なのも、佑の事を手放しに信じられないのも、すべてそのせいかもしれない。
彼が出勤する時に感じる、あの「追いかけたい」という気持ち。
あれもきっと、自分の身がままならない不安からだ。
「だから、香澄は今の休暇をもっと楽しむといいよ。せっかく社畜から解放されているんだから、怪我を治すのと一緒に心も解放しないと」
「……例えば?」
不思議そうに目を瞬かせる香澄の両頬を、佑が濡れた手で包む。
「護衛と運転手もいるから、日帰りできる距離で外出してもいいし、買い物に行って好きな物を買ってもいい。甘い物だって我慢しなくていいし、焼き肉とかラーメンとか、楽しんでおいで?」
「…………っ」
クシャッと香澄の顔が歪み、目に涙が浮かぶ。
泣きそうになるけれど、必死に笑った。
「……っもう、佑さん私に甘すぎるよ。宝石とか買っちゃって破産させたらどうするの? 甘い物沢山食べて、太っちゃってもいいの?」
「宝石を買ったぐらいで破産しないよ。王室に由縁のある巨大なジュエリーをつけたい……と言うなら、少し考えるけど」
「そ、そんなのいらない! 冗談だって」
「それに多少肉付きが良くなっても全然構わないよ。いきなり百キロ増えたら健康を考えて一緒に運動するけど、ぽっちゃりでも十分可愛いよ。プラスサイズのモデルにもなるし」
「だ、ダメダメ! うちの遠縁に糖尿病持ちがいるから、油断できないの」
香澄は冷や汗を浮かべる。
ここまでオールオッケーと言われると、本当に駄目人間になりそうだ。
いつの間にかまた佑のペースに巻き込まれていて、香澄はクスッと笑い出す。
「……ありがとう。こういう佑さんだから、私きっと家族や友達と離れて東京に来てもやっていられるんだな、って思う」
「そうか?」
お湯で温まった佑の指が、愛しげに香澄の顔の輪郭をたどった。
「じゃあ、せっかくだから久住さんと一緒にラーメン食べ歩きしようかな」
「……いいな、ラーメン。ホテルのレストランのラーメンとかじゃなくて、ちょっと年季入った感じのラーメン屋のカウンターに座りたい」
「っふふ。餃子も食べちゃうもんね。炒飯も」
「あーっ。くそ……。お持ち帰りしてもらおうかな」
「じゃあ、帰ったら出前してくれる所、一緒に探そうか」
「ああ」
顔を見合わせてクスッと笑い、二人は自然にキスをした。
結局そのとき温泉セックスはしなかったが、大いにイチャイチャできたので佑は満足して社員が待っているホテルへ歩いて行った。
懇親会という名目なので、佑も社員と交流し、食事をしなければいけない。
だがそれが終わって寝る時間になったら、またこちらに戻ってきて、香澄と一緒に寝ると言っていた。
**
「望むなら何でも教えるよ。香澄に隠し事はしない。約束する。香澄は自分の心のコンディションを考えて、いつでも何でも聞いてほしい。今は怪我やメールの事もあるし、万全ではないと思う。今より働けるようになったら、体が動かせない事によるフラストレーションも減ると思う。気持ちが明るくなったら、また二人の事を考えていこう」
言われて、「そうか」と胸の奥に何かがコトンと落ちた。
「そうだね。怪我してるって思うように動けないから、ストレス溜まっちゃうよね。だから、最近基本的に元気がないのかもしれない」
自覚していなかった状態を、佑は言い当てた。
言われてみればその通りだ。
怪我をせずいつものようにバリバリ働けていたら、メールがあっても成瀬たちや麻衣にも連絡をして、笑い飛ばせていたかもしれない。
家の中に籠もり、自分の価値が分からなくなっている今だから、些細な事にも悩んでしまうのだ。
「精神科にかかっている人は、特別な人だけじゃないって、以前にも言っただろう? 怪我を負って『いつものようにできない』と落ち込んでしまう時だって、病院にかかって診てもらえるようになっている。香澄は今、心身共に休まないといけない状態だよ」
普通なら、自分が精神科に掛かる状態だと言われるだけで、とても不安になるだろう。
けれど自分とは比べものにならない、様々な事を知っている佑に言われるからか、香澄はストンと納得する事ができた。
「……そっか。私、いま心も怪我してるんだね」
そうなると、今の状況をどんどん理解できていく。
いつも焦っていたのも、不安なのも、佑の事を手放しに信じられないのも、すべてそのせいかもしれない。
彼が出勤する時に感じる、あの「追いかけたい」という気持ち。
あれもきっと、自分の身がままならない不安からだ。
「だから、香澄は今の休暇をもっと楽しむといいよ。せっかく社畜から解放されているんだから、怪我を治すのと一緒に心も解放しないと」
「……例えば?」
不思議そうに目を瞬かせる香澄の両頬を、佑が濡れた手で包む。
「護衛と運転手もいるから、日帰りできる距離で外出してもいいし、買い物に行って好きな物を買ってもいい。甘い物だって我慢しなくていいし、焼き肉とかラーメンとか、楽しんでおいで?」
「…………っ」
クシャッと香澄の顔が歪み、目に涙が浮かぶ。
泣きそうになるけれど、必死に笑った。
「……っもう、佑さん私に甘すぎるよ。宝石とか買っちゃって破産させたらどうするの? 甘い物沢山食べて、太っちゃってもいいの?」
「宝石を買ったぐらいで破産しないよ。王室に由縁のある巨大なジュエリーをつけたい……と言うなら、少し考えるけど」
「そ、そんなのいらない! 冗談だって」
「それに多少肉付きが良くなっても全然構わないよ。いきなり百キロ増えたら健康を考えて一緒に運動するけど、ぽっちゃりでも十分可愛いよ。プラスサイズのモデルにもなるし」
「だ、ダメダメ! うちの遠縁に糖尿病持ちがいるから、油断できないの」
香澄は冷や汗を浮かべる。
ここまでオールオッケーと言われると、本当に駄目人間になりそうだ。
いつの間にかまた佑のペースに巻き込まれていて、香澄はクスッと笑い出す。
「……ありがとう。こういう佑さんだから、私きっと家族や友達と離れて東京に来てもやっていられるんだな、って思う」
「そうか?」
お湯で温まった佑の指が、愛しげに香澄の顔の輪郭をたどった。
「じゃあ、せっかくだから久住さんと一緒にラーメン食べ歩きしようかな」
「……いいな、ラーメン。ホテルのレストランのラーメンとかじゃなくて、ちょっと年季入った感じのラーメン屋のカウンターに座りたい」
「っふふ。餃子も食べちゃうもんね。炒飯も」
「あーっ。くそ……。お持ち帰りしてもらおうかな」
「じゃあ、帰ったら出前してくれる所、一緒に探そうか」
「ああ」
顔を見合わせてクスッと笑い、二人は自然にキスをした。
結局そのとき温泉セックスはしなかったが、大いにイチャイチャできたので佑は満足して社員が待っているホテルへ歩いて行った。
懇親会という名目なので、佑も社員と交流し、食事をしなければいけない。
だがそれが終わって寝る時間になったら、またこちらに戻ってきて、香澄と一緒に寝ると言っていた。
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