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第六部・社内旅行 編

おあずけ

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「こちらは椅子でお食事ができるようになっております」

 女将に案内されてさらに別の洋室を覗くと、ダイニングテーブルがある。
 途中で見えた部屋は書斎らしく、デスクとプレジデントチェアがあり、マッサージ機まで置かれてあった。

「こちらにベッドルームがありますが、もしお布団の方が宜しければ、内線でお知らせください」

 寝室にはゆったりとした大きさのベッドが二つ並んでいる。
 間接照明で照らされた、温もりのあるウッド調の内装が気持ちをほっこりさせた。

「こちらが洗面所とお風呂です」

 ガラス張りの引き戸の向こうは、大理石のボウルが二台ある洗面所になっていた。
 鏡も大きく、ピカピカに磨き上げられている。

 シャワーブースがある向こうには、ガラスのドアがあり源泉掛け流しの露天風呂があった。
 露天風呂からは整えられた庭が一望できる上、プライバシーもしっかり守られている。

「はぁ……、贅沢……」

 思わず溜め息を漏らした香澄を見て佑が微笑する。

 部屋を案内し終えた女将は、「お茶をご用意しますのでどうぞ」と座るよう勧めてきた。
 豪華な宿に感心したまま掘りごたつの座椅子に座ると、他の仲居が持ってきたお茶道具で女将が抹茶を点ててくれる。
 一緒に可愛らしい和菓子も出され、香澄は笑顔が止まらない。

 作法については、以前に箱根を訪れた時の事を思いだし、つたないながらもきちんとできたと思っている。

「それでは、ごゆっくりどうぞ。何か分からない事がございましたら、受話器をとってゼロ番でフロントに繋がります」
「ありがとうござます」

 女将と仲居が立ち去ったあと、部屋には二人だけになる。

「……お抹茶美味しいね」

 甘いお菓子を食べたあとに抹茶を飲むと、口の中で甘みが苦みによって打ち消されてゆく。
 けれど舌を刺すような苦みではなく、まろやかで優しい苦みだ。
 舌の上でその味わいを楽しみつつ、香澄はうっとりと目を閉じる。

 頬杖を突いて何とはなしに庭を眺めていると、手をそっと握られた。

「……ん?」
「……風呂、入らないか?」

 静かに、けれど熱のこもった目が訴えてくる。
 その視線だけで落ち着かなくなった香澄は、目線をさまよわせる。

 腕時計を見ると、十四時二十分だ。
 宿に無理を聞いてもらったようで、通常より一時間前にチェックインし、香澄と過ごす時間を捻出してくれた。

「松井さんたち待ってるよ?」

「先にホテルに向かってもらったから大丈夫だ。俺は後から散歩がてら歩いて行く。久住と佐野、瀬尾はこの旅館にいるから、俺が不在の間に何かあったら必ず頼る事」

「はい」

 返事をしたあと、佑は静かに立ち上がって香澄の傍らに膝をついた。

「香澄」

 耳元で名を呼ばれ、服越しに胸に触られただけで、香澄はお腹の奥に熱が宿るのを感じる。

「で、でも……。んっ」

 何か理由をつけようとした時、抱き寄せられ唇を奪われた。

「ん……、ん」

 ちゅ、ちゅとリップ音がし、佑が香澄の唇を確かめるように口づけてくる。
 小さく吸っては舌先で唇を舐め、呼吸のために少し開かれたそこに、舌がヌルリと入り込んだ。

「ぁ……っ、ふ……、ん……」

 そのままズルズルと畳の上に押し倒され、いい子いい子と頭を撫でられながらキスをされる。
 ワンピースの背中のファスナーが下げられ、サロペットの肩紐が左右に下ろされた。

「ん……っ、ん。……た、すくさん」

 トントン、と背中を叩き、香澄は必死に彼の胸板を押す。

「……何?」

 あまり余裕のない目で見つめ、欲望を止められた彼が不機嫌そうに尋ねてくる。

「あ……あの。浴衣。……着替えない? あ、佑さんはホテル行くから着替えたら駄目か」
「浴衣」

 この一瞬で何を想像したのか、佑がピーンと何かに気付いた顔になる。

「と、とにかく。このままはやめとこ? ワンピースも変な跡ついちゃうし……」

 服をこよなく愛する佑にとって、それは殺し文句だった。

「……仕方ないな」

 のそりと身を起こす様は、おあずけを喰らった大型犬のようだ。
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