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第六部・社内旅行 編

草津の旅館

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 一泊二日の荷物をバッグに詰めた香澄は、玄関でちょっとの不安を感じている。
「いいのかな?」と言うものの、香澄は黒いTシャツにデニムのサロペットワンピースを着てサングラスまでしてバッチリだ。

「構わないから、そんなに心配しなくていいよ。香澄は私的に旅行しているから、何も問題ない。病気療養する時もだけど、療養というのは必ずしも自宅にいなければいけない訳じゃない。心と体を癒やすために必要なら、旅行しようが自由だ」

「うん」

 励まされ、香澄は頷く。

「そのために宿も別の場所にしたし、香澄は気にしない事。たまには温泉を楽しみたいだろ?」

 顔を上向かされたかと思うと、「ん?」と彼が同意を求めてくる。

 私的な外出なので、佑はカジュアルな格好をしている。
 白Tシャツにライトブルーのヴィンテージデニムをサラッと着こなしているのに、素材がいいので抜群に格好いい。

 私服姿の彼ににやつきそうになりながら、香澄は必死に平静を装ってと頷く。

 そんな彼女も、黒Tシャツの上にインディゴブルーのデニムサロペットワンピース姿で、少しお洒落をしている。
 そのワンピースはお気に入りで、胸元からウエストに掛けて入った縫い目はまるでコルセットのようで、太めのプリーツスカートになっているデザインがとてもお気に入りだ。

 いざという時に着ようと思っていたので、今日着られて少しワクワクしている。

「なんだ、このにやついた顔は」

 両頬をムニムニと摘ままれ、香澄は笑いながら白状する。

「だって、佑さん格好いいんだもん」
「……あぁ、もう。俺だって香澄が可愛くて仕方がないよ」

 ギューッと抱き締められた時、玄関のドアが予告なく開いた。

「仲がよろしいのは結構ですが、そろそろ出発しませんと予定通りに行きませんよ」

 松井が現れ、香澄は「ひゃっ」と悲鳴を上げて佑の胸元を押し返す。
 とっさにケンケンをして、足へのダメージを回避できたのは、慣れだ。

「分かりました」

 佑は「行こう」と香澄肩を叩き、一緒に車へ向かう。
 彼は松葉杖をついている香澄に歩調を合わせてくれて、そんな優しさにジーンとする。

 その間、松井は施錠をしてから二人が乗車したあと、助手席に乗り込んだ。

 留守にするといっても離れには警備がいるし、斎藤や島谷が通っている。
 安心して留守を任せたあと、車は発進する。

 二人は昼食や休憩を挟みつつ、群馬県の草津温泉までドライブを楽しむのだった。





 温泉地に入って最初に下りたのは、いかにも高級旅館という佇まいの数寄屋造りの建物前だ。

 佑が個人的に予約したこの旅館は、『花えにし』というらしい。
 ちなみに社員旅行で皆が泊まるのは、『草津灯りの湯』という大型ホテルだ。

 予約していたからか、旅館の前には着物姿の女将や法被を着た男性、仲居たちが出迎えてくれている。

「まぁ、御劔さんお久しぶりです」

 佑の姿を見て、五十代の女将が笑顔で頭を下げ、香澄や松井にもにこやかに会釈をする。

「お久しぶりです。こちらが電話で話した婚約者の香澄です。俺は社員たちと過ごさなければいけない時間もあるので、彼女がここにいる間、最高の時間を過ごせるようお願いします」

「承知致しました。お部屋はいつものお部屋を準備しておりますので、どうぞこちらへ」

 そう言って女将は先に歩き出し、香澄は佑と一緒についてゆく。
 勿論、荷物はスタッフが持ってくれている。

「佑さんはホテルに向かわなくていいの?」

 そう言うと、佑はチラッと腕時計を確認する。

「まだ時間前だから大丈夫だよ。その前にせっかくだから一緒に温泉に入ろうか」
「え? ……だ、だって着いたばっかりだよ?」

 一緒に風呂に入りたいと言われ、香澄は赤くなって声を潜める。

「いいだろ。俺だって香澄と懇親会したい」
「もー」

 内心「〝懇親会〟なら毎日してるのに」と思うが、絶対に口に出さない。

 女将に連れられて入った離れは、平屋の建物まるまる一つがスイートルーム扱いになっている。
 靴を脱いで中に入ると、和風で贅沢な空間が広がった。

「わああ……!」

 目の前にドンと大きな窓があり、その向こうに整えられた中庭が望める。
 居間には一枚板のテーブルがあり、掘りごたつに座椅子が配置されているのがありがたい。

 隣室には洋風のソファセットに大きな液晶テレビがあり、一部屋だけでも十分広いのに、すべてを合わせると何十畳になるか分からないぐらい広々としている。
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