259 / 1,549
第六部・社内旅行 編
抱える、二つの悩み
しおりを挟む
佑は着替えるためにすぐ部屋に向かってしまった。
このあとバスルームに向かうのはいつもの事で、そのために風呂の準備はすでにされている。
「夏場はシャワーでいいよ」と言うのだが、血行促進などを考えるとちゃんと浴槽に浸かってほしいと思っていた。
そして風呂の準備は本来なら斎藤や島谷がする事なのだが、今は休みをもらっている香澄が「佑さんのために何かしたい」と請け負っていた。
彼が二階に向かったあと、香澄はキッチンにいる斎藤に声を掛ける。
「斎藤さん、何かお手伝いありますか?」
「では、テーブルのセットをお願いします」
とはいえ、ダイニングテーブルにはすでにランチョンマットが敷かれ、箸なども用意されてある。
香澄は夕食のメニューを確認しつつ、取り皿などを用意し始めた。
「……斎藤さん、あの事、宜しくお願いしますね?」
「ええ、分かっています」
御劔邸で働く人たちには、婦人科へ行った事はすでに知られている。
だが斎藤だけには、病院から帰った後にほんの少し話題にしていた。
斎藤は二人それぞれの主張を知った上で、「良い選択だと思いますよ」と頷いてくれた。
やはり、PMSの悩みは女性ならではで、それに共感してもらえるのはありがたい。
佑が色んな事において偏見がなく協力的だといっても、婦人科に関係する事を一から十まで説明して、自分はこうしたい……と伝えるのは少し気が引けた。
パートナーになるなら、恥ずかしがるどころではないかもしれない。
それでも、避妊のために飲みたいと思った動機も半分ほどあるので、そこを打ち明けるのはややデリケートな問題だ。
佑には、気持ちが整ってから少しずつ打ち明けたい。
なのでそれまでは、斎藤に秘密を守ってもらうようお願いしたのだ。
婦人科のことについては自分で話すので大丈夫として、問題はあのメールのことだ。
誰にも言っていない――言えるはずがない、不吉なメールだ。
悪戯や送り間違い……という可能性にも賭けてみたが、可能性は低いだろう。
なにより件名に香澄のフルネームが書かれてあった。
そしてあの本文。
香澄の生死を問う内容は、事故にあった事を示している。
事故に遭ったのに、なぜ生きているのか。
――いや。事故で死ぬはずだったのに、なぜ生きているのか、かもしれない。
食事の支度をしつつ、香澄はぐ……と唇を引き結び恐怖と戦っていた。
胃の奥底に重たい鉛玉でも入れられたようで、本当はあまり食欲がない。
空元気を出しているものの、周りに気を紛らわせる話し相手がいなければ、一人で落ち込んでしまいそうだった。
夕食は冷しゃぶサラダだ。暑い日なので斎藤が気を遣ってくれたのだろう。
副菜は麻婆茄子でごま油の香りが食欲を誘う。その他は南瓜の煮物と大根の味噌汁だ。
「美味しそう」と思い、いつもなら早く食べたいと食いしん坊を発揮しているだろうに、今は何も反応できなかった。
やがて佑が二階から戻り、キッチンで水を飲む。
「今日も美味しそうですね。腹減ってたんです」
「ありがとうございます。準備はもうできましたので、温かいうちにどうぞ」
「斎藤さん、ありがとうございます。香澄、食べよう」
誘われてダイニングにつくものの、いつものような食欲はない。
「美味しそう」とは強く思うのだが、最初の一口に飲んだ味噌汁の味もよく分からなかった。
斎藤はキッチンで洗い物をし、残った料理をタッパーなどに詰めてしまうと、挨拶をして帰っていく。
機械的に箸を動かし、もくもくと口を動かす。
美味しい――はずなのに、やはり味がよく分からない。
佑に何を話しかけられても上辺の返事しかできず、言い出しにくい事を二つ抱えて気持ちが重たい。
やがて食事が終わると佑が食器を片付けてくれた。
食洗機が動いている間、彼はカフェインレスの紅茶を淹れている。
香澄はダイニングチェアに座ったままで、ぼんやりと佑を見ていた。
――と、話しかけられる。
「……今日、何かあったか?」
「……え?」
顔を上げると、キッチンにいる彼は何とも言えない表情ででこちらを見つめている。
「俺は一応、香澄が言い出してくれるまで待つつもりだったんだけど」
「……え、……と」
佑に言わなければいけない事は二つあるが、そのどちらもまだ情報はいっていないはずだった。
このあとバスルームに向かうのはいつもの事で、そのために風呂の準備はすでにされている。
「夏場はシャワーでいいよ」と言うのだが、血行促進などを考えるとちゃんと浴槽に浸かってほしいと思っていた。
そして風呂の準備は本来なら斎藤や島谷がする事なのだが、今は休みをもらっている香澄が「佑さんのために何かしたい」と請け負っていた。
彼が二階に向かったあと、香澄はキッチンにいる斎藤に声を掛ける。
「斎藤さん、何かお手伝いありますか?」
「では、テーブルのセットをお願いします」
とはいえ、ダイニングテーブルにはすでにランチョンマットが敷かれ、箸なども用意されてある。
香澄は夕食のメニューを確認しつつ、取り皿などを用意し始めた。
「……斎藤さん、あの事、宜しくお願いしますね?」
「ええ、分かっています」
御劔邸で働く人たちには、婦人科へ行った事はすでに知られている。
だが斎藤だけには、病院から帰った後にほんの少し話題にしていた。
斎藤は二人それぞれの主張を知った上で、「良い選択だと思いますよ」と頷いてくれた。
やはり、PMSの悩みは女性ならではで、それに共感してもらえるのはありがたい。
佑が色んな事において偏見がなく協力的だといっても、婦人科に関係する事を一から十まで説明して、自分はこうしたい……と伝えるのは少し気が引けた。
パートナーになるなら、恥ずかしがるどころではないかもしれない。
それでも、避妊のために飲みたいと思った動機も半分ほどあるので、そこを打ち明けるのはややデリケートな問題だ。
佑には、気持ちが整ってから少しずつ打ち明けたい。
なのでそれまでは、斎藤に秘密を守ってもらうようお願いしたのだ。
婦人科のことについては自分で話すので大丈夫として、問題はあのメールのことだ。
誰にも言っていない――言えるはずがない、不吉なメールだ。
悪戯や送り間違い……という可能性にも賭けてみたが、可能性は低いだろう。
なにより件名に香澄のフルネームが書かれてあった。
そしてあの本文。
香澄の生死を問う内容は、事故にあった事を示している。
事故に遭ったのに、なぜ生きているのか。
――いや。事故で死ぬはずだったのに、なぜ生きているのか、かもしれない。
食事の支度をしつつ、香澄はぐ……と唇を引き結び恐怖と戦っていた。
胃の奥底に重たい鉛玉でも入れられたようで、本当はあまり食欲がない。
空元気を出しているものの、周りに気を紛らわせる話し相手がいなければ、一人で落ち込んでしまいそうだった。
夕食は冷しゃぶサラダだ。暑い日なので斎藤が気を遣ってくれたのだろう。
副菜は麻婆茄子でごま油の香りが食欲を誘う。その他は南瓜の煮物と大根の味噌汁だ。
「美味しそう」と思い、いつもなら早く食べたいと食いしん坊を発揮しているだろうに、今は何も反応できなかった。
やがて佑が二階から戻り、キッチンで水を飲む。
「今日も美味しそうですね。腹減ってたんです」
「ありがとうございます。準備はもうできましたので、温かいうちにどうぞ」
「斎藤さん、ありがとうございます。香澄、食べよう」
誘われてダイニングにつくものの、いつものような食欲はない。
「美味しそう」とは強く思うのだが、最初の一口に飲んだ味噌汁の味もよく分からなかった。
斎藤はキッチンで洗い物をし、残った料理をタッパーなどに詰めてしまうと、挨拶をして帰っていく。
機械的に箸を動かし、もくもくと口を動かす。
美味しい――はずなのに、やはり味がよく分からない。
佑に何を話しかけられても上辺の返事しかできず、言い出しにくい事を二つ抱えて気持ちが重たい。
やがて食事が終わると佑が食器を片付けてくれた。
食洗機が動いている間、彼はカフェインレスの紅茶を淹れている。
香澄はダイニングチェアに座ったままで、ぼんやりと佑を見ていた。
――と、話しかけられる。
「……今日、何かあったか?」
「……え?」
顔を上げると、キッチンにいる彼は何とも言えない表情ででこちらを見つめている。
「俺は一応、香澄が言い出してくれるまで待つつもりだったんだけど」
「……え、……と」
佑に言わなければいけない事は二つあるが、そのどちらもまだ情報はいっていないはずだった。
43
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる