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第六部・社内旅行 編

メモのある朝

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「ん……。……ぅー」

 意識が浮上し、香澄はゆっくりと伸びをする。
 両手が半円を描いて頭の上に届く途中で、体中のあちこちがポキポキと小さく鳴った。

 目を開けると佑の寝室の天井が見える。
 隣を見なくても、香澄はその段階で〝分かった〟。

「もう……出掛けちゃったあとかぁ」

 同じベッドの中に佑はいないし、自分が身じろぎをしても声を掛けてくる人はいない。
 耳を澄ましても、この巨大な御劔邸の中に人の気配はしなかった。

「何時……と、え? 九時半? ……そりゃいないわぁ」

 こんな時間まで寝てしまった自分に呆れ、香澄は思わず声を上げる。

「よい……しょ」

 手をついて起き上がると、ベッドの脇に松葉杖が立てかけてあった。

「……忙しいんだから、こんな細かい事しなくていいのに。優しいんだから、もう」

 生活のそこここに、こうして佑の気遣いが見える。
 部屋のカーテンが閉じたままなのも、香澄が好きなだけ眠っていられるようにという配慮だろう。

「フェリシア、カーテン開けて」

 AIロボットにお願いをすると、カーテンが自動で左右に開いていった。

「お、メモ発見」

 ベッドサイドには佑からのメモがあった。

『おはよう、香澄。昨晩はごめん。飢えすぎてた(笑)』

「飢えていた……ねぇ」

 思わずツッコミを入れるが、その口元はニヤニヤしている。
 なんだかんだ、こうやってメモであっても構ってもらえるのが嬉しいのだ。

 メモを持ったまま、松葉杖を支えに移動する。
 まずは自分の私室へ寄ってメモを置き、それから身支度を整えてエレベーターで階下へ向かった。

 リビングダイニングに入ると、テーブルの上にまたメモがある。

「もぉ……、マメだなぁ」

 クスクスと笑い、香澄はメモを手にする。

「『冷蔵庫の中にサラダとフルーツがあるので、ビタミンをどうぞ。今日は何か甘い物でも買って、早めに帰ります』……か。ん、ふふ。……楽しみにしてます」

 メモはまたあとで部屋に持って行くとして、まず白湯を飲む。

 もともと香澄は起きたてに白湯やグリーンスムージーなど、まったく気にしないタイプだった。
 しかし佑と一緒に住むようになり、彼の体を気遣うのが自分の一番の役目だと思い、色々調べるようになった。

 先日の出張の際のスムージーとトマトジュースもだが、自分の手が届きそうな健康管理には、一応配慮しているつもりだ。

 そのついでで自分も毎日できそうな事なら取り入れている。
 何より、〝佑とおそろい〟と考えるとモチベーションが上がる。

 白湯は体を温め、腸を動かすのに良いそうだ。
 ……と言っても、香澄の超手抜き白湯は、ウォーターサーバーからそのまま注ぐだけだが。

 マグカップに白湯を注ぎ、テレビのニュースを見ながらスマホをチェックする。
 コネクターナウに鬼のように通知があるのは、もう慣れてしまった。

「もー。アロイスさんとクラウスさんも、いい加減飽きてくれればいいのに」

 呆れて溜め息をつき、フリーメールのWメールも開いた。

 メールは仕事用のアカウントに転送されたものをまずチェックする。
 今は業務を休んでいるが、せめて仕事を把握するぐらいはしておきたい。

「……そうだ。もう河野さんは勤務してるんだった。松井さんと佑さんと、男同士三人上手くやってるのかな」

 有能そうな第三秘書を思い出すと、何となく疎外感を覚えてしまう。

「……はやく復帰しなきゃ」

 焦りを感じつつ呟き、仕事用アカウントをのメールをすべて読み終えた。

 次に私用アカウントをチェックしていくと、次々にダイレクトメールをゴミ箱に弾いていく。

 佑と住むようになって、化粧品はデパコスメインになり、カウンターで会員登録なども沢山した。
 ポイントがつくとか、誕生日にギフトがあるなど聞くと、登録せざるを得ないでいる。

 佑を気にしてか、日本企業のブランドなら会社側から新商品を贈ってくれる事もある。

 特に美容企業で最大手の『美人堂』の社長は佑と近い年齢で、どうやら親友関係にあるらしい。
 今度紹介すると言われているけれど、普段身近に耳にしている『美人堂』の社長と会えるだなんて嘘のようだ。

 そんな密な関係にない海外企業のデパコスであっても、基礎化粧品のストックを買おうとカウンターに向かうと、こんなにもらっていいのかと思う程サンプルをもらう。

 なのでメールにダイレクトメールが来ていると、お付き合いのような気持ちで新商品チェックをしてしまう。
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