上 下
240 / 1,544
第六部・社内旅行 編

彼のためにコーヒーを

しおりを挟む
(行動が早いなぁ)

 基本的に香澄は、どちらかというとのんびりしている。

 佑から言わせると、北海道と沖縄の人間は特にのんびりしているのだとか。
 それでも香澄としては、沖縄のウチナータイムには敵わないと思っている。

 佑は特に多忙な人なので、テキパキとした動きが身についているのだろう。
 分かっているのだが、彼の無駄のない動きを見ていると、美しいと思うし凄いなとも思う。

 香澄は性格的にのんびりしている自覚はあるが、行動はそうトロくない……と思っている。

 しかし自分が考えて行動しようとしている間に、佑は考えている隙もなくパッパッと行動するので、やはり差を感じて「凄いな」に帰結するのだ。

 そんな事を考えながら、香澄は粉状になったコーヒー豆をフィルターにセットし、ぼんやりとお湯が沸くのを待っていた。

 吹き抜けになっているガラスの壁から空を見上げ、夕暮れが近づいて少し色の変わった空に、ビルがくっきりと浮かぶのを何とはなしに見つめる。

 唇はいつのまに、ドヴォルザーク『新世界』の第二楽章『家路』を口笛で吹いていた。

 キッチンの隅に置いてあるスツールに腰掛け、香澄は口笛を吹きながら沸いたお湯でコーヒーをドリップしてゆく。
 お湯で膨らんでハンバーグのような形になった粉を見つつ、香澄はぼんやりと札幌の家族や、佑の両親、ドイツの人々の事を考えていた。

「よし、でーきた、と」

 サーバーの目盛りを見て呟き、ドリッパーのコーヒーがすべて落ちてしまう前にシンクに置く。
 ペーパーフィルターごと粉を捨て、サーバーのコーヒーを軽く掻き混ぜる。

 ――と、ピコンと電子音がしてそちらを見れば、佑がこちらに向けてスマホをかざしていた。

「えっ?」

 いつのまに撮影されていて驚けば、佑はいいものが撮れたという顔で微笑む。

「コーヒーを淹れる可愛い子がいたから、撮影してたんだ」

 歯が浮きそうな台詞をサラッと言われても、佑だから許せてしまう。

「も、もぉ……。私だってそのうち佑さんのこと、盗撮するんだから」
「大歓迎だよ?」

 恥ずかしがらせようと思ったのに、この男はサラッと切り返してくる。

「もおぉ……」

 赤面した香澄は佑に背中を向け、二人分のマグカップを用意しようとすると「俺が取るよ」と彼が動いてくれた。
 コーヒーを注ぎ、自分のカップには牛乳を入れてカフェオレにする。

 そしてお皿に盛ったお茶請けを示して笑った。

「今日の午前中、斎藤さんと一緒にナッツたっぷりお豆腐ブラウニー作ったの」
「あぁ、ナッツ好きだ、嬉しいよ」

 東京に来たばかりの頃、佑はよく外食や、バーに香澄をつれて行ってくれた。
 いま思えば、それらは彼の馴染みの店で、「彼女ができた」と店主に知らせたかったのだろう。

 その時に出してもらった料理や酒なども、ほとんどメニューにはないのを、当時の香澄は知らなかった。

 佑がやけに酒のつまみにナッツ類を食べているな、と気付いたのはその時だ。
 聞けば、健康診断で足りない栄養素を医師に告げられて、積極的にナッツを食べているらしい。

 それを聞いて以来、香澄も佑の健康に気を遣うようになった。
 自分の恋人・婚約者であるから大事にしたいという気持ちもあるし、世界的な企業の社長なので、そうそう体調を崩せないと思ったからだ。
 彼が香澄の手料理を楽しみにしていた事もあり、少しずつ斎藤に料理を習いつつ、栄養面についても勉強している。

 なので、こうしてお菓子を作る時も、さりげなくナッツを……など気を遣っていた。

 二人でソファに座ると、佑が上機嫌でコーヒーを飲む。

「あぁ、幸せだ……」

 一口飲んで、はぁ……と溜め息をつき、彼は香澄の肩を抱き寄せる。

「俺がコーヒー淹れるって言ったのに、結局やらせちゃってごめんな?」
「ううん。佑さんのためにコーヒーを淹れられたの、嬉しい」

 微笑むと、頬にチュッとキスをされた。
 それが嬉しくて、香澄は遠慮がちに尋ねる。

「く……、くっついても、いい?」
「おいで」

 何を今さら、と笑った佑がギュッと抱き締めた。
 香澄も佑の胴に両腕をまわし、胸板に顔をぐりぐりと押しつける。

「……好き。……会いたかった」

 何回告白しても慣れないし、勇気がいる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...