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第六部・社内旅行 編

そりの合わない第三秘書

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 佑が出張に出たあと、河野が訪れる事を、香澄は松井からメッセージを送られて知っていた。
 なのでちゃんと着替えも済ませ、彼を待っていたのだ。

 夏らしい白地に花柄のワンピースを着た香澄は、、松葉杖に頼り玄関に向かう。

 玄関にはサマースーツに身を包んだ、長身の男性が立っていた。
 髪の毛は自然な七三にし、スクエア型の眼鏡をかけている。

「第二秘書の赤松さんですか? 初めまして、河野由貴男と申します」

 河野は折り目正しくお辞儀をし、微かに笑う。

「こちらこそ初めまして。赤松香澄と申します。いまは怪我をしていて会社を休んでいるのですが、復帰しましたらどうぞ宜しくお願い致します」

 用意してあったスリッパを勧めると、河野は「お邪魔致します」と挨拶をして上がる。
 斎藤は彼が持ってきたケーキを受け取り、「お茶を淹れますね」とキッチンに向かった。

「凄い豪邸ですね」
「ふふ。ですよね。私も初めてお邪魔した時、驚いて驚いて……」

 ぴょこんぴょこんと歩いた香澄は、「どうぞお座りください」とソファを勧める。

「失礼ですが、赤松さんは御劔社長の婚約者だとお聞きしました」

 ソファに座った河野にさっそく言われ、香澄は内心冷や汗をかく。

「は……はい。もとは札幌で違う業種勤務でした。そこを社長自らヘッドハンティング……と言いますか、してくださいまして。住居を札幌から東京に移す際、社長から結婚を視野に入れて……と言われました。ですがChief Everyで秘書として働く時は、公私混同せず誠心誠意努めさせて頂く所存です」

 この場には佑も松井もいない。
 斎藤はいるが、仕事に関しては部外者だ。

 あの三人組以外に、こうして自分と佑の関係を話すのは初めての気がする。

 妙に気持ちが焦り、掌に汗をかく。

「それは……当たり前ですので、特にお聞きしていませんが」

(しまった……!!)

 警戒するあまり、余計な事まで口走ってしまった。
 そのせいか、河野の視線が鋭くなった気がする。

「失礼ですが、赤松さんは会社で社長に何と呼ばれていますか? また、その逆は?」

(う……)

 彼の質問を聞いて、なぜだか小学生の時に苦手だった、厳しい女性教諭を思い出した。

「社長の事は社長とお呼びしています。社長もまた、業務中は私を〝赤松さん〟と呼んでくださいます」

 キッチンから斎藤が紅茶を用意する。
 ほんの一瞬だが二人に完全な沈黙が落ち、香澄は変な汗を掻く。

「分からないので正直にお聞きしたいのですが、赤松さんの事を僕は、第二秘書の先輩だと思えばいいのですか? それとも社長の婚約者さんだと思えばいいですか?」

 彼がそう思うのも、もっともだ。
 自分が中途半端な立場にあるのを、香澄が一番分かっている。

「仕事中は第二秘書として扱ってください。接待の席などで、社長は親しい方の前で私を婚約者として同席させる事もあります。そういう時は、少し関係が不明瞭なのだと思います。ですがそれ以外の時は、絶対に公私混同しませんので」

 河野が苦手という訳ではないのだが、自然と言い訳めいた言葉になっていた。

 その時、斎藤が「どうぞ」と紅茶を出した。
 一瞬「助かった」と香澄は話題を変えた。

「今日、河野さんがいらっしゃると聞いて、チョコチップスコーンを作ったんです。もし良かったらお召し上がりください」

 テーブルの上に紅茶と一緒に出されたスコーンを示し、香澄は彼に笑いかける。

「どうも、ご丁寧に」

 しかし河野はお礼を言って紅茶は飲めど、スコーンに手を伸ばす素振りすら見せなかった。

「……では万が一、何かがあった時、まず社長をお助けする次に、赤松さんをお守りすれば良いのですね」
「そんな……、万が一だなんて」

 大げさな、と苦笑するが、河野は至ってまじめな顔だ。

「昨今の世界情勢はあなただって分かっているでしょう。ヨーロッパ、アメリカとて完全に安全な訳ではありません。社長が泊まられるホテルは中心部になるのが自然です。空港だってテロの目標となりがちですし、そう楽観的にもなれません」

「そう……ですね。ですがその時は、私も社長をお守りします。秘書ですから」

 胸を張ってまっすぐ河野を見つめて告げたが、彼は皮肉げな笑みを浮かべる。

「失礼ですが、赤松さんは護身術を習っていますか? 格闘技の経験は?」

 河野が言わんとする事を察し、香澄は決まり悪く黙り込む。
 要するに「口では何を言っても、お前はただの無力な女だ」と言われているのだ。

(悔しい……。私だって本当に社長をお守りしたいと思っているもん)

 ぐ……と、膝の上の手が拳を握る。
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