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第六部・社内旅行 編

留守番の苦悩

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 昼食も美味しいスパゲッティを作ってくれて、至れり尽くせりだ。

「なんだか役立たずですみません……」

 手持ち無沙汰にアイランドキッチンの反対側に立っていると、食器を洗いながら斎藤が笑う。

「怪我人は怪我を治すのが仕事ですからね? 赤松さんに手伝ってほしいなんて思っていません。そんな事をしたら、御劔さんに叱られます」
「うう……。なんだかお姑さんを前に、何もできない嫁のような気分です」

 小さくなりつつ言えば、斎藤が声を上げて笑う。

「アンネさんは、もっとハッキリ仰ると思いますよ?」
「それはそうですが……」

 帰国してその後、香澄はネットで商品を選び、久住に買い物に行ってもらって、アンネ、そして自分の家族にお詫びの手紙と菓子折を送っていた。

 アンネからは一度電話があり「仕方のない事なんだから、あまり気にしないようにね」と労りの言葉をもらった。

 帰国したからか、澪がちょこちょこ現れては話し相手になってくれるのがありがたい。
 基本的に夕方近くに現れるので、その時間帯には何かお菓子などを出せるようにしていた。

 そんな中、澪と会話をしていたのを思い出す。

『アンネさんから労りのお言葉を頂いたあと、音信不通になってしまったんですが、大丈夫でしょうか?』

『あ、ママなら普段からあちこちアクティブに行ってるから、気にしなくていいよ。こないだなんてフラッといなくなったかと思ったら、沖縄まで行ってダイビングしてたって言ってたなぁ』

『ア、アクティブ!』

 驚くと、澪はケラケラ笑う。

『基本的に気まぐれで神出鬼没だから、気にしなくていいよ』

 実の娘からそう言ってもらえたので、今は安心できている。

(そういう奔放なところは、アロイスさんとクラウスさんとちょっと似てるよなぁ……)

 彼女が聞いたら睨んできそうな事を考え、香澄はミルクティーを啜った。

 その時、ソファの向かいで一休みをしていた斎藤が、「よし!」と言って立ち上がった。

「これからお夕食の仕込みをしますね。終わりましたら一緒に甘い物でも頂きましょうか」
「はい」

 こういう風に優しくされると、年の離れた姉ができたように思える。

「脚は痛みませんか? リハビリの通院日は今のところ週二回と伺っていますが、もし何かあれば仰ってくださいね?」
「あ! いえ! それはもう全然大丈夫です。手術から大分経って痛み止めも必要なくなりましたし。無理をしなければ、それほど痛みません」

「そうですか? 御劔さんからは、赤松さんが不自由しないように目を光らせてほしいと言われていますから、本当に何でも仰ってくださいね?」

 どうやら斎藤は母性の強いタイプらしく、香澄が怪我をして戻ってきてから、以前に増して過保護や世話焼きの面を見せている。
 ありがたいばかりなのだが、余計な手間は掛けられない。

「恐縮です……」

 ペコペコと頭を下げていると、斎藤も香澄の時間を気にしたらしい。

「私はキッチンで手を進めていますから、香澄さんはお仕事などどうぞ」
「あ、はい」

 佑が買ってくれたキャスター付きのテーブルは、ソファに座りながらパソコン作業をするのに丁度いい。

 何気なくビジネス用のスケジュールアプリを見ていると、七月も予定がギュウギュウだ。
 国内海外の出張が沢山あり、月の半分近くをあちこち駆け回っている。

 今までは香澄も同行していたので、御劔邸は留守になる事が多い。
 しかし防犯に関しては、離れで常駐している円山がしっかりし、留守でも島谷が通って掃除をしているのでまるきりの留守にはならない。

(今は留守番だもんなぁ。……仕方ない)

「寂しい」と言うのはタブーだ。

 佑はどれだけ疲れていても、キスやハグを欠かさない。
 倒れてしまいそうな時だってセックスしようとするので、香澄が懸命に「ノー」を言って調整しているぐらいだ。

 そこまでの愛を受けているのに……。と、ふといつもの悪い思考が巡ってしまう。

(ダメダメ! 後ろ向き思考はさんざんしたはずなんだから! もっとアロイスさんとクラウスさんみたいに、楽観的にならないと!)

 ブンブンと首を振ったあと、両手でピシャ! と頬を叩く。

 またスケジュールを確認していると、七月の三週目の週末に懇親会があるのを発見した。

(あ……。そうだった。たしか社員で一泊二日の温泉だっけ……)

 いいな……と思いつつ、自分はこんな足なので参加できないだろうと落ち込む。

 成瀬たちには、「社長にお願いして、その時だけ参加したらどう?」と言われている。

 しかし休養している身で、お楽しみの時だけ復活するのもいかがなものか? と思うのだ。
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