上 下
192 / 1,549
第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

懐かしの御劔邸へ

しおりを挟む
「ではこちらでホテルを手配するので、そこに泊まりませんか? 知り合いが経営しているので融通が利きます」

 そう言うと、佑は栄子の返事を聞く間もなく、どこかへ電話をかけた。
 相手が出るまでゆっくり歩いて三人から離れ、距離をとった場所で誰かと声量を抑えた声で会話を始める。

「やだ。また佑さんに頼っちゃって……」
「栄子さん、うちの佑なんてどんどん使ってやってください。あの子、顔が広い事と無駄にお金を持ってる事しか、取り柄がないんですから」

 アンネの言い方は、割と身も蓋もない。

(けど、これがアンネさんなんだよなぁ……)

 苦笑いしつつ、香澄はさりげなく佑を目で追う。
 やがて、彼が戻ってきた。

「お義母さん。国内ターミナル内にあるホテルをおさえられましたから、今夜はそちらにどうぞ。俺の名前で部屋を取ってしまったのは、すみません。ですが御劔の名前を名乗れば、話は通じるようになっていますから」
「本当にごめんなさいね。佑さん」

「いいえ、どうぞお気にせず。もしお礼を……と考えてくださるのなら、今度札幌に伺ったとき、手料理が食べたいです」

 佑らしい〝お願い〟に、香澄は微笑ましくなる。

「まぁ、上手ね。分かりました。本当にありがとう」

 その後、佑は佐野を栄子につけて国内ターミナルまで送ろうとした。
 しかし栄子は「子供じゃないから、一人で行けます」とやんわり断る。

 やがてプライベートジェットのもとまで、佑の車が三台つく。
 一台は佑と香澄が乗り、もう一台はアンネ、もう一台は栄子をそれぞれの目的地まで送って行く。
 当然護衛たちも別れて同乗する事となる。

「じゃあ、香澄。元気でね。そのうち電話をちょうだい」
「うん。今回は色々ごめんね。ありがとう! 絶対完治させるから」

 母親と別れの挨拶をし、香澄は栄子と別れた。

「じゃあ私も家に戻るわ」
「アンネさん、本当にありがとうございました。またどうぞ宜しくお願いします」

 ペコリと頭を下げると、アンネはヒラリと手を振って歩いていった。

「さて、行こうか」

 車に乗ると、ようやくあの白金台の御劔邸に戻れるのだと安心する。
 あれだけ気が休まらない豪邸だと思っているのに、こうやって離れてみるとすっかり〝自分の住まい〟として認識しているようだった。

「佑さん。明日は何か、お醤油味かお味噌味の物が食べたいな」
「じゃあ、朝食は和食で決定だな。白米に鮭に味噌汁、漬物」
「わーい」

「落ち着いたら、紹介先の病院にも行かないとな。今も松葉杖を使って歩けているようだし、多少は散歩をした方が体にもいいだろう。でも外出する時は絶対に誰かに声を掛けて」
「はい」

 車は湾岸の高速道路を進み、やがてレインボーブリッジが見えてくる。

「……あぁー……。何だか帰ってきたなぁ」

 見慣れたと思っていた東京の景色が、こんなにも懐かしい。

「三週間はやっぱり長いな。日本食、飢えてるだろ」
「飢えてまーす」

 あはは、と笑い、香澄はスマホを開く。

「麻衣に帰国したって連絡しよっと」

 スマホでメッセージをポチポチ打ったあと、自撮りで怪我をした左足とピースサインをしている自分の手を撮る。
 それに加工アプリで『元気!』と文字を入れ、ポンと送った。

「なんだかドッキリな旅行になったね」

 冗談めかしていったのだが、佑はズン……と落ち込んで返事をする。

「俺はあまりのショックで死ぬかと思ったよ。先日、鏡で白髪を見つけた」
「え!? 嘘! やだ。ごめんなさい」

 佑に白髪と言われてピンとこないが、それだけのショックを与えてしまったようだ。

「もう大丈夫だよ。」
「ん」

 香澄の肩に佑の手がまわり、ちゅ、とこめかみに唇が落ちる。



 そのまま、車は見慣れた景色を車窓に映し白金に向かった。



**
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...