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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編
地に縫い止められた赤い蝶
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節子との食事の時、クラウザー家の護衛と共に彼らも同行していた。
ただ、あまりに大勢だと佑たちの人数に対して護衛が多すぎになり、物々しくなる。
だから離れた場所に待機してもらっていた。
その指示を出したのは佑だ。
手が届く距離に香澄がいたのに、守り切れなかったのは自分だ。
護衛にも離れていていいと言ったので、彼らを責める権利もない。
発散しようのない怒りを抱いた佑は、それを己の心の内に向けてしまっていた。
勿論、護衛四人に運転手は頭を下げ、「申し訳ございませんでした」と謝罪した。
だが幾ら謝られても香澄は事故に遭ってしまったし、時間は戻らない。
彼らには「もう謝らなくていい」と伝え、ドイツに残る三人には香澄の徹底した護衛を頼んだ。
小山内、呉代には同行してもらうが、日本までの短い旅路の中でも、これ以上の謝罪や、畏まった態度は不要と伝えた。
できるだけ何も考えず、佑は病院の外に出ると車に乗り込んだ。
思考を動かそうとすると自責の念に駆られてしまう。
車窓の外にあるブルーメンブラットヴィルの夜景を見ながら空港に向かい、すでに離陸準備の整っているプライベートジェットに乗った。
客室乗務員が出迎え、いつものように接してくれる。
彼女たちも何が起こったかは聞かされているだろうが、動揺した様子を見せず徹底してプロの仕事をしてくれているのでありがたい。
深夜発だが、今ばかりは酒を飲んで眠ってしまいたかった。
シートについてシャンパンをもらったあと、高度が安定してから水割りとワインを数杯飲んだ。
そして誰にも何も言わず、最後部にあるベッドルームに向かった。
寝間着用のスウェットパンツとTシャツに着替え、一人だとやけに広く感じるようになったベッドに横になる。
目を閉じれば、いつもなら疲れもあり、すぐに眠れるはずだった。
けれど横になった状態で薄目を開くと、あるべき小さな体が側にいない。
無意識に腕を横に投げ出して、彼女を抱けるようにしている自分に苦笑する。
「香澄……」
名前を呼ぶだけで切なくなる。
目を閉じて無理矢理眠ろうとするが、眠れるはずもない。
すぐ隣にいた、笑顔を見せていた香澄が、一瞬で撥ね飛ばされてしまった。
人間の体というものはこんなにも飛ぶのか、と思うほど長い一瞬のあと――、彼女は石畳に叩きつけられた。
双子も護衛も、一瞬固まってしまい、何もできなかった。
弾かれたように佑が駆け出すと、アロイスとクラウスも思わず罵り言葉を口にしたあと、護衛に指示を出す。
幸か不幸か、車は鈍い音をたてて街灯にぶつかって止まった。
少しの間、ギュルギュルとタイヤのゴムと地面が擦れる嫌な音がし、周囲にゴムが焦げる嫌な臭いが漂う。
恐慌状態に陥った人々の中からは、女性や子供の声も聞こえた。
ブルーメンブラットヴィルの住民は普通に仕事、学校にいる時間だが、ドイツの主立った都市ならば世界中から観光客が来ている。
クラウザー家の者として、双子たちはテキパキと指示を出し人々や立ち往生した車を誘導し始めた。
警察を呼び、救急車を呼び、アドラーにもすぐ連絡をする。
そんな中、赤い振り袖の袖を広げ倒れている香澄は、地に落ちた蝶のように思えた。
はたはたと羽を震わせることもなく、ただぐったりとしていて――。
つい先ほどまでは「美しい振り袖の赤」と思っていたのに、血を連想してしまい、ザッと血の気が引いた。
「……かすみ……」
いつもならツルリとした彼女の頬には、擦り傷ができていた。
せっかく結い上げた髪はグシャグシャになり、目を閉じたまま眠ったように動かない。
野次馬の中から「Kimono?」「Japanese?」と好奇の目を向ける者がいる気配があり、スマホを掲げている。
『事故に遭った被害者を撮るな!』
アロイスかクラウスのどちらかが怒鳴り、クラウザー家の護衛、佑の護衛たちが動いている。
「っかす、……み」
彼女の傍らに膝をついた佑は、手を伸ばしかけ、ハッと止める。
強く頭を打っているかもしれない。
なら、下手に動かさない方がいい。
その時、アロイスが走って側までやってきた。
『タスク、オーパに連絡したけど、友達が理事をやってるクランケンハウスを手配してくれたって』
クランケンハウスとは、入院専門の病院だ。
ただ、あまりに大勢だと佑たちの人数に対して護衛が多すぎになり、物々しくなる。
だから離れた場所に待機してもらっていた。
その指示を出したのは佑だ。
手が届く距離に香澄がいたのに、守り切れなかったのは自分だ。
護衛にも離れていていいと言ったので、彼らを責める権利もない。
発散しようのない怒りを抱いた佑は、それを己の心の内に向けてしまっていた。
勿論、護衛四人に運転手は頭を下げ、「申し訳ございませんでした」と謝罪した。
だが幾ら謝られても香澄は事故に遭ってしまったし、時間は戻らない。
彼らには「もう謝らなくていい」と伝え、ドイツに残る三人には香澄の徹底した護衛を頼んだ。
小山内、呉代には同行してもらうが、日本までの短い旅路の中でも、これ以上の謝罪や、畏まった態度は不要と伝えた。
できるだけ何も考えず、佑は病院の外に出ると車に乗り込んだ。
思考を動かそうとすると自責の念に駆られてしまう。
車窓の外にあるブルーメンブラットヴィルの夜景を見ながら空港に向かい、すでに離陸準備の整っているプライベートジェットに乗った。
客室乗務員が出迎え、いつものように接してくれる。
彼女たちも何が起こったかは聞かされているだろうが、動揺した様子を見せず徹底してプロの仕事をしてくれているのでありがたい。
深夜発だが、今ばかりは酒を飲んで眠ってしまいたかった。
シートについてシャンパンをもらったあと、高度が安定してから水割りとワインを数杯飲んだ。
そして誰にも何も言わず、最後部にあるベッドルームに向かった。
寝間着用のスウェットパンツとTシャツに着替え、一人だとやけに広く感じるようになったベッドに横になる。
目を閉じれば、いつもなら疲れもあり、すぐに眠れるはずだった。
けれど横になった状態で薄目を開くと、あるべき小さな体が側にいない。
無意識に腕を横に投げ出して、彼女を抱けるようにしている自分に苦笑する。
「香澄……」
名前を呼ぶだけで切なくなる。
目を閉じて無理矢理眠ろうとするが、眠れるはずもない。
すぐ隣にいた、笑顔を見せていた香澄が、一瞬で撥ね飛ばされてしまった。
人間の体というものはこんなにも飛ぶのか、と思うほど長い一瞬のあと――、彼女は石畳に叩きつけられた。
双子も護衛も、一瞬固まってしまい、何もできなかった。
弾かれたように佑が駆け出すと、アロイスとクラウスも思わず罵り言葉を口にしたあと、護衛に指示を出す。
幸か不幸か、車は鈍い音をたてて街灯にぶつかって止まった。
少しの間、ギュルギュルとタイヤのゴムと地面が擦れる嫌な音がし、周囲にゴムが焦げる嫌な臭いが漂う。
恐慌状態に陥った人々の中からは、女性や子供の声も聞こえた。
ブルーメンブラットヴィルの住民は普通に仕事、学校にいる時間だが、ドイツの主立った都市ならば世界中から観光客が来ている。
クラウザー家の者として、双子たちはテキパキと指示を出し人々や立ち往生した車を誘導し始めた。
警察を呼び、救急車を呼び、アドラーにもすぐ連絡をする。
そんな中、赤い振り袖の袖を広げ倒れている香澄は、地に落ちた蝶のように思えた。
はたはたと羽を震わせることもなく、ただぐったりとしていて――。
つい先ほどまでは「美しい振り袖の赤」と思っていたのに、血を連想してしまい、ザッと血の気が引いた。
「……かすみ……」
いつもならツルリとした彼女の頬には、擦り傷ができていた。
せっかく結い上げた髪はグシャグシャになり、目を閉じたまま眠ったように動かない。
野次馬の中から「Kimono?」「Japanese?」と好奇の目を向ける者がいる気配があり、スマホを掲げている。
『事故に遭った被害者を撮るな!』
アロイスかクラウスのどちらかが怒鳴り、クラウザー家の護衛、佑の護衛たちが動いている。
「っかす、……み」
彼女の傍らに膝をついた佑は、手を伸ばしかけ、ハッと止める。
強く頭を打っているかもしれない。
なら、下手に動かさない方がいい。
その時、アロイスが走って側までやってきた。
『タスク、オーパに連絡したけど、友達が理事をやってるクランケンハウスを手配してくれたって』
クランケンハウスとは、入院専門の病院だ。
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