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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

愛する気持ちは変わらないよ

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「……君は……」

 唇を噛む佑は、もっと何か沢山の事を口にしたいようだった。

「他に犠牲者は? ドライバーさんは無事だったの?」

 香澄はさらに尋ねる。

 自分はこうやって生きていて、立派な病室にいるのだから幸運だ。
 日本でもこの手の事故はよく見るので、何より他の犠牲者と高齢ドライバーが気になった。

「……他にも二、三人撥ねられたが、亡くなった方はいないようだ。車は街灯に衝突して停止。乗っていた高齢の男性は、いま取り調べを受けている」
「……そっか……」

 囁くような声を聞いて、佑はグッと眉間に皺を寄せた。

 そのあと、自分の気持ちを落ち着かせるために息を吐き、香澄の状態を教えてくれた。

「香澄の怪我は、左脚膝下の複雑骨折。他に背中を強打しかすり傷も多くあるが、そちらは安静にしていれば良くなるらしい。骨折の方は、リハビリ期間も含め全治五か月から半年は見た方がいいと言われた」

「……うん。車に撥ねられて命があったんだから、骨折で済んで良かったって思わないと」

 努めて前向きに捉えられているのは、まだ意識がぼんやりしていて、いつもの思考回路になっていないからかもしれない。

「……診察? 手術? って済んでるの?」
「ああ、もう全部終わってる。麻酔も切れる頃だろうから、目を覚ますのを待っていたんだ」

 視界の中にガサッとした物があるのはずっと見えていて、顔も怪我を負ったのだろうと理解した。

「顔の怪我、酷い?」

 香澄が顔を気にしているのを知り、佑は唇を引き結んでから答える。

「擦り傷だが、きちんと治ると言っていた」
「そっか……。なら、いいんだけど……」

(でも、万が一顔に傷が残って、佑さんの愛情が離れたらやだな)

 初めて不安を覚えて黙っていると、彼がその気持ちを察して言う。

「仮に顔に傷が残っても、香澄を愛する気持ちは変わらないよ」
「……うん。ありがとう」

 泣きそうな顔で微笑んだからか、彼がやるせない表情で息をつく。

 その時、病室のドアをノックする音がして、看護師と医師が入ってきた。

 真夜中なら患者の対応をせず、翌朝にするものだ。
 だがアドラーの街という事で、何らかの融通が利いたのかもしれない。

『こんばんは。気分はどうですか?』

 医師の言葉は英語だったので、香澄は安堵する。

 佑の家まで講師に来てもらって学んだとはいえ、まだドイツ語を流暢に話せるというほどではない。
 英語なら何とかなると思っていたが、思考の切り替えを負担と思ったのか、佑が助け船を出してくれた。

「香澄、俺が全部訳すから日本語でいい」
「あ……、うん。ありがとう」

 それから幾つか質問を受け、現状体の状態がどんな感じかなどを尋ねられた。

 空腹だということを伝えると、医師は笑って『何かこっそり用意させましょう』と言ってくれる。
 加えて香澄本人に詳しい手術の様子や、今後どのようなスケジュールで治療してゆくかを伝えてゆく。

『私は担当医ではないのですが、担当の先生が明日伺いますよ』と担当医の名前も教えてくれた。

 どうやらこの個室があるフロアは、特別な場所らしい。
 フロア常駐の看護師が、主に香澄の面倒をみてくれる事になった。

「では、軽食を持ってきますね」

 看護師が告げ、二人は立ち去って行った。

「ここは祖父の親友の病院だ。秘密も守られるし、食事も美味しいと思う」
「ありがとう。……でも、あの。入院費とか幾らかかるの? 海外保険って入ってたよね?」

 佑以外の人と話したことで、急に現実を思い出してきた。

 旅行前に各種手続きはちゃんとして、保険も最上級のものに入ったはずだった。
 そうでなければ、万が一の時規格外の値段を求められてしまう。

 以前ネットで「海外で死亡した時、遺体輸送だけで数百万かかるので保険に入っていた方がいい」と書かれてあるのを読んで、ゾッとしたのを覚えている。

「香澄。そういうのは心配しなくていい。香澄は俺の妻になるんだから、健康に関わる金は全部俺が払う」

 いつも通りの佑に申し訳なさを覚えつつ、香澄は「ありがとう」と礼を言う。

 そのあと、佑は少し表情を引き締め、話題を変える。

「香澄が事故に遭った事を、日本のご家族に伝えた。うちの家族にも。母はすぐに来ると言っていたし、香澄のご家族もきっと心配だろうから、俺の飛行機を飛ばしてこちらに来て頂く形になった」

「ほ、本当? ……燃料代とか……、ごめんなさい」

 まさか自分の怪我を理由に、飛行機が日本とドイツを往復すると思わなかった。
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