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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編
自分を、責めないでね
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何事かと左右すら分からず周囲を確認しようとした時――。
『危ない!』
「香澄!!」
佑に呼ばれて振り向くより先に、黒い車が香澄の左側に迫っていた。
ボンッと鈍い音がし、凄まじい衝撃を受けたかと思うと、香澄の体は宙を舞っていた。
――あれ、浮いてる。
そう思った直後体が激しく叩きつけられ、香澄の意識は闇に吸い込まれた。
**
「…………」
ぼんやりと目を開くと、見慣れない天井がある。
白い天井だが、間接照明に照らされて上品さがあるのでホテルかもしれない。
今まで宿泊していた、クラウザー家のホテルとは違うようだけれど……。
どこだろう? と思って身じろぎしかけ、ズキッと激痛が走った。
「いたっ」
「香澄?」
悲鳴を上げた途端、佑の声がする。
それだけで一気に安堵し、香澄は佑を求めた。
「佑……さん」
――手は動く。
右手をゆっくり持ち上げようとすると、視界に佑の顔が映る。
口元には酸素マスクがあり、少し話しづらい。
「動かないでくれ。いま先生を呼ぶから」
そう言った彼は、疲弊しきった、そして今にも泣きそうな顔をしていた。
服装はランチの時のままで、ネクタイを緩めシャツの第一ボタンも外している。
セットしていた髪を何度も触ったのか、綺麗な色の髪がぐしゃぐしゃになっていた。
佑は手を伸ばし、香澄の枕元の何かを押す。――きっとナースコールだ。
状況はまだ理解できていないが、何となくここが病院なのだろうなと察する。
視線を動かすと、病院の部屋というにはあまりに広い空間に思えた。
確認できないが、十畳以上はありそうだ。
「佑さん、……ここは?」
尋ねる声がかすれる。
よほど健康なのか、思い出したように空腹を覚えた。
腹時計は空腹を訴えているが、今が何時なのかまったく分からない。
佑は香澄の頭を優しく撫で、愛おしむ、それでいて切なげな目で見てきた。
「いまはランチをした日の、午前〇時を越えた深夜だ。ここはブルーメンブラットヴィルのクランケンハウス。ドイツには通院のための病院と、入院のための病院がある。その、入院の方だ」
佑に言われた言葉を反芻しつつ、ゆっくり理解する。
「……事故? 怪我の具合は?」
まだ頭がどこかボゥッとするが、やっとあの瞬間を思い出してきた気がする。
思わずテロという言葉も頭をよぎったが――。
「ご老人がアクセルとブレーキを踏み間違えてしまったようだ。助けようとしたが、間に合わなかった。――――――すまない…………」
憔悴しきった佑の唇から、謝罪の言葉が漏れる。
ぼんやりしていていまだ状況の把握ができていないが、そこでやっと、佑が自責の念に駆られて苦しんでいるのだと分かった。
「ん…………っ」
香澄は痛みを堪え、右腕をもたげる。
「駄目だ、香澄」
すぐに注意を受けたが、香澄はその手で佑の頭をいい子、いい子と優しく撫でた。
「……自分を、責めないでね」
その言葉を聞いた瞬間、死んでいた佑の目が潤んだ。
「……っ、俺の事はいいから……っ」
怒ったような表情で言う彼が、愛おしい。
「私は大丈夫だよ。生きてるよ」
安心させるために言葉にして告げると、佑は俯いて潤んだ目を見せないようにして瞬きをした。
「アロイスさんと、クラウスさんは? 節子さんは?」
手を戻し、双子と節子を心配する。
「双子はピンピンしてるよ。オーマは反対方向に行ったから、かすりもしてない」
「……良かったぁ」
香澄は心底安堵し、ハァ……と息をつく。
息を吸って吐くのも、体がギシギシしているような気がするが、佑を心配させたくない。
『危ない!』
「香澄!!」
佑に呼ばれて振り向くより先に、黒い車が香澄の左側に迫っていた。
ボンッと鈍い音がし、凄まじい衝撃を受けたかと思うと、香澄の体は宙を舞っていた。
――あれ、浮いてる。
そう思った直後体が激しく叩きつけられ、香澄の意識は闇に吸い込まれた。
**
「…………」
ぼんやりと目を開くと、見慣れない天井がある。
白い天井だが、間接照明に照らされて上品さがあるのでホテルかもしれない。
今まで宿泊していた、クラウザー家のホテルとは違うようだけれど……。
どこだろう? と思って身じろぎしかけ、ズキッと激痛が走った。
「いたっ」
「香澄?」
悲鳴を上げた途端、佑の声がする。
それだけで一気に安堵し、香澄は佑を求めた。
「佑……さん」
――手は動く。
右手をゆっくり持ち上げようとすると、視界に佑の顔が映る。
口元には酸素マスクがあり、少し話しづらい。
「動かないでくれ。いま先生を呼ぶから」
そう言った彼は、疲弊しきった、そして今にも泣きそうな顔をしていた。
服装はランチの時のままで、ネクタイを緩めシャツの第一ボタンも外している。
セットしていた髪を何度も触ったのか、綺麗な色の髪がぐしゃぐしゃになっていた。
佑は手を伸ばし、香澄の枕元の何かを押す。――きっとナースコールだ。
状況はまだ理解できていないが、何となくここが病院なのだろうなと察する。
視線を動かすと、病院の部屋というにはあまりに広い空間に思えた。
確認できないが、十畳以上はありそうだ。
「佑さん、……ここは?」
尋ねる声がかすれる。
よほど健康なのか、思い出したように空腹を覚えた。
腹時計は空腹を訴えているが、今が何時なのかまったく分からない。
佑は香澄の頭を優しく撫で、愛おしむ、それでいて切なげな目で見てきた。
「いまはランチをした日の、午前〇時を越えた深夜だ。ここはブルーメンブラットヴィルのクランケンハウス。ドイツには通院のための病院と、入院のための病院がある。その、入院の方だ」
佑に言われた言葉を反芻しつつ、ゆっくり理解する。
「……事故? 怪我の具合は?」
まだ頭がどこかボゥッとするが、やっとあの瞬間を思い出してきた気がする。
思わずテロという言葉も頭をよぎったが――。
「ご老人がアクセルとブレーキを踏み間違えてしまったようだ。助けようとしたが、間に合わなかった。――――――すまない…………」
憔悴しきった佑の唇から、謝罪の言葉が漏れる。
ぼんやりしていていまだ状況の把握ができていないが、そこでやっと、佑が自責の念に駆られて苦しんでいるのだと分かった。
「ん…………っ」
香澄は痛みを堪え、右腕をもたげる。
「駄目だ、香澄」
すぐに注意を受けたが、香澄はその手で佑の頭をいい子、いい子と優しく撫でた。
「……自分を、責めないでね」
その言葉を聞いた瞬間、死んでいた佑の目が潤んだ。
「……っ、俺の事はいいから……っ」
怒ったような表情で言う彼が、愛おしい。
「私は大丈夫だよ。生きてるよ」
安心させるために言葉にして告げると、佑は俯いて潤んだ目を見せないようにして瞬きをした。
「アロイスさんと、クラウスさんは? 節子さんは?」
手を戻し、双子と節子を心配する。
「双子はピンピンしてるよ。オーマは反対方向に行ったから、かすりもしてない」
「……良かったぁ」
香澄は心底安堵し、ハァ……と息をつく。
息を吸って吐くのも、体がギシギシしているような気がするが、佑を心配させたくない。
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