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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

節子のおもてなし

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「わぁ、素敵。完全に和室ですね」
「夫が特別に作ってくれたのよ」

 通された部屋は、まるで日本の高級温泉宿のようだ。

 廊下に並んでいたのは城の内装に合わせたデザインのドアだが、それを開けると目の前に履き物を脱ぐ場所があり、上がり框に障子があった。

 慣れた所作で節子が静かに障子を引くと、中は十畳ほどの畳の部屋となっていた。
 書院造りの床の間には見事な日本画の掛け軸と、絵皿が飾られてある。
 違い棚にはこけしやガラスケースに入った日本人形があり、小さな香炉などもあった。
 部屋の中央にはテーブルがあり、こちらの人に合わせたのか、座りやすいよう掘りごたつになって座椅子が並んでいる。

 中庭に面した窓は、城の外観を大切にしたいので外側のデザインは変えていないようだ。
 だが内側は窓格子があり、壁際の狭いスペースには白黒の玉砂利が敷かれてあった。

 天袋や地袋にも墨絵が施されていて、一目見てドイツにおいてとても手間と金の掛かった部屋だと分かった。

 何よりも、和室の中にあるドーンとした着物に目がいってならない。

 着物を掛ける衣桁には、節子が香澄に用意したのか美しい振り袖が掛かっていた。
 黒からベージュ、濃い目の赤とグラデーションしている振り袖で、華やかな百合柄が入っている。
 撞木(しゅもく)にかかっている帯は黒で、畳の上にある漆塗りの箱には黄色い帯揚げが入っていた。

 その色合いがドイツの国旗を思わせ、彼女のセンスに脱帽する。

「ふふ、この部屋でたまに夫とお茶を飲むのよ」

 節子が言う通り、和室の中には炉があり、そこにどっしりとした茶釜が置かれてあった。
 茶釜はすでにホカホカと湯気を立てていて、節子は「カジュアルにいきましょ」と、その側に腰掛ける。
 お茶の道具もきちんとセットされ、彼女は慣れた手つきでお茶を点てていく。

「いつか香澄さんに、私の点てたお茶を飲んでほしいと思っていたの」
「あ、も、勿体ないおもてなしをありがとうございます。……あの、私お茶とか習っていなくて、失礼があったらすみません!」

 せっかく彼女が礼を尽くしてくれているのに、きちんとした作法を知らず香澄は赤面する。

「そのあたりは気にしないで。夫も他の家族も、正式に習った人は少ないわ」

 それを聞き、「確かに……」となる。

「ブルーメンブラットヴィルは日本びいきの街で、夫が和食料理店や日本文化を教える人を広く募集して、文化に興味を持っている人が多いのは確かだわ。中にはカルチャースクールで着付けやお茶などを教えている所もあるの。うちの一族でそういう事をきちんとできる子は、教室に通ってはいるわね」

「そうなんですね。凄いです」

 シャカシャカと美しい所作でお茶を点てたあと、節子はそっと茶碗を香澄によこした。

(えっと……確か……)

 箱根の温泉での事を思い出し、香澄は以前佑に教えてもらった通りの作法で、丁寧にお茶を頂く。

 その手が震えていたからか、香澄がお茶碗を鑑賞して畳の上に戻し、「結構なお点前でした」と頭を下げたあと、節子が柔和に微笑んだ。

「どうか私を前に緊張しないでね。佑の祖母で、関わっている家や企業もあって、緊張してしまうのは察するわ。でも、私は香澄さんと佑の事を応援しているし、敵や障害と思わないでね」
「ありがとうございます」

 彼女のその心が、何よりも嬉しかった。

「綺麗な振り袖でしょう? 香澄さんが婚前の間に着てもらいたいと思っていたの」

 その時、節子が衣桁に掛けられた振り袖を示し、香澄は恐縮しきって頭を下げる。

「ありがとうございます」
 汚したらどうしようと怯えながらも、表面上はにこやかにお礼を言う。

「勝手に用意してしまってごめんなさいね。佑から報告を受けた時点で嬉しくなっちゃって、こっそり写真で雰囲気を教えてもらって、お知り合いの呉服屋さんに連絡をしていたの」
「いえ、本当に恐れ多いほどのご厚意、ありがとうございます」

 お礼を言ったあと、節子がこうして和服や茶道を嗜んでいるのなら、自分も興味を示した方がいいと痛感した。

「お茶、とても美味しかったです。私も帰国したら、お茶や着付け講座とかに行ってみようと思います」
「あら、嬉しいわ。もしそういう講座に興味があるなら、私のお知り合いにいい先生がいるから紹介するわ。佑にも伝えておくわね」
「ありがとうございます」

 節子に合わせてチャレンジしようと思ったのに、そのハードルがグインと上がってしまった。
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