上 下
167 / 1,544
第五部・ブルーメンブラットヴィル 編

いつでも俺を有効利用して

しおりを挟む
「香澄の口から悪夢(アルプトラオム)がまた出そうになったら、こうやって俺が抱き締めて全部食べてしまおう」
「……論破、じゃなくて……。実力行使?」

 てっきり佑の事だから、丁寧に香澄の心理を解きほぐし、その対策などを教えてくれるのかと思っていた。
 なのに彼はぐずる子供を宥めるような、言ってしまえば幼稚っぽく可愛らしい手段で慰めてきた。

「んふ……っ、ふふ……」

 思わず笑うと、佑が額をつけてきて二人で肩を揺らし笑う。

 ひとしきり笑ったあと、優しく笑った佑が香澄の頬を両手で包んだ。
 そしてヘーゼルの瞳でまっすぐに見つめてくる。

「香澄。俺は君の夫になるが、生まれも思考も価値観も、まったく別の人間だ」
「……うん」

 当然の事を言われ、スッと納得する。

「俺の心を香澄が透視できないように、俺も香澄が考えている事、悩みをすべて察する事はできない」

 それももっともだと思い、香澄は頷く。

「エスパーのように察知できなくても、こうやって不安を伝えてくれれば、俺は理解できる。もしそれが解決できる事なら、俺はすぐにだって動くだろう。でも香澄が一番必要としているのは、自信を持つ事だろう?」
「……うん」

 札幌で出会った時から、直感的に分かっていた。

 仮にこの完璧な佑がすべての道を整え、スムーズに進める道を用意してくれたとしても、進むか進まないかは香澄の判断による。

 そして香澄の同意なく無理に事を進める佑でもない。

 一歩を踏み出し、彼と共に歩いて行くのは香澄自身だ。

「だから香澄の不安が溢れそうになったら、いつでも俺を有効利用して。気が済むまで話を聞くし、使える手段をすべて使おう。必要なら何でも買うし、キスでもハグでもセックスでも、喜んでする」

 彼の思いやりに、香澄は別の意味で涙を浮かべる。

「これから俺は香澄の夫になり、一番側にいる存在となる。つらい時は俺の事をすべて有効活用してくれ」
「ありがとう」

 彼の気持ちが嬉しくて、香澄は涙を零して笑った。
 そのあと、不思議に思って聞いてみる。

「……佑さんって悩みあるの?」

 佑が自分をそうやって救おうとしてくれるなら、自分だって同じようにしたい。

〝世界の御劔〟の悩みを自分ごときが解決できるとは思っていない。
 けれど知って共有するだけでも楽になる時だってある。

「仕事については毎度の事だけど、信頼を置く役員や秘書、社員と一つ一つクリアできていると信じている。……というより、俺の悩みの六、七割は香澄のことかな?」
「えっ?」

 そこで自分の名前が出ると思わず、香澄が素っ頓狂な声を上げる。

「まだどこか遠慮のある香澄に、もっと心を砕いてほしいとか、ベッドであんなプレイ、こんなプレイをしたいとか、本当は評判のいいラブホに行ってみたいけど、マスコミに見つかったら面倒だよなぁ……とか。色々」
「……大学生のカップルですか」

 思わず笑い半分に突っ込むと、佑も笑ってくれる。

 ――と思えば、不意に真顔になった。

 そして何かを考えて落ち込んでいる……ように見えたので、尋ねてみた。

「どうしたの?」
「……いや、原西さんの事を考えてイラついてた」

 ――あ、ヤバイ。
 ――これは、自分で自分にスイッチ入れちゃったやつだ。

 瞬時に香澄の頭の中で、緊急アラートが鳴る。

 健二のことはもう片付いたというのに、佑は割といつまでもネチネチ嫉妬する。

「佑さん、いつまでも健二くんのネタ引っ張るね? 味のしなくなったガムは捨てて忘れてね」

 宥めるのだが、彼は溜め息交じりにおかしな事を言う。

「――俺が香澄の〝初めて〟を全部もらいたかった。いっそのこと幼馴染みだったら良かったのに」
「……もぉー……。発想が飛躍しだしたなぁ……」
「……香澄、甘えさせて」

 すっかりいじけた佑が抱きついてきて、そこから先は香澄がクスクス笑いながら佑をあやす番になった。

 意図的なのか分からないが、それで随分と香澄の心もリラックスした気がした。



**
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...