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第五部・ブルーメンブラットヴィル 編
俺だって我慢してるんだからな
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「新婚の練習」
にっこり笑われては断れず、赤面して照れながら「じゃあ準備するね」と自分の荷物のもとへ小走りに向かった。
「ドイツのご親戚、どういう方々? なんか、事前に勉強しておいた方がいい事とかある?」
ジェットバスに浸かった香澄の声が、バスルームに反響する。
「いや、特に気にしなくていいんじゃないかな。ドイツ人は……と主語を大きくすると危険だけど、こっちの人たちは一族とか血縁をとても大切にする。その上で、大企業のトップである祖父が〝決定〟したなら、もう誰も何も言わないと思うんだ」
「そっか……」
アドラーとはきちんと交流できたと思っているので、彼が発言権を握っているのなら少し安心できる。
「それに、オーマも温厚な人に見えるけれど、クラウザー一族にとっては絶大な権力を持つ人だからね。何せ祖父を言葉一つで動かせるのは、オーマだけだし」
「そ、そうだね」
言われてみれば、節子が最強のような気がする。
「節子さんって、怒ったりする?」
「記憶にないな。怒るとしても祖父の行動や言動に関してのみだと思う。子供はとっくに自立してるし、孫はただ可愛がればいい。それ以外の人に対して、いちいち目くじらを立てる人ではないと思う」
「そっか……。そうだね。あんなに温厚そうなタケモトのお嬢様なら……」
以前アドラーたちと一緒だった時、酒を飲んで上機嫌になった彼が『彼女の若かった時だ』とスマホの写真を見せてくれた。
白黒写真をスマホで撮影したものだったが、それだけでも節子の美しさはよく分かった。
当時の流行だと付け睫毛をしていたのか分からないが、二十代前半とおぼしき節子は目元がくっきりとしていて、世界でも通用する美貌の女優と言っていいほどだった。
『彼女がパーティーに出ると、〝竹本の真珠〟という異名でも呼ばれていた』
懐かしそうに、けれど今と変わらない愛情をたたえたアドラーを見て、香澄は彼の愛情深さを思い知ったものだ。
きっかけは美貌に惹かれてかもしれないが、その時の情熱が今もあるというのは、本当に素晴らしいと思う。
加えて大企業のお嬢様らしく、どっしり構えて温厚なところにも惹かれたのだろう。
「若い頃は色々あったらしいけどな。ほとんどの人がそうであるように、年を重ねて丸くなっていったみたいだ。日本の大企業の箱入り娘が、ドイツに嫁ぎに来ただなんて、考えただけでも色々ありそうだろ」
「確かに」
思わず笑い、香澄は膝を抱えた。
(お嬢様でも波瀾万丈だったのに、一般人の私なら何が起こるんだろう。ケチョンケチョンになってポイされないといいけど……)
偏見かもしれないが、何せ海外の友人がいないので、漠然と「海外の人は色んな意味で強そう」としか感想がない。
仕事でも実力主義と言われるし、対等に渡り合っていく気の強さ、実力がなければ見放されるのではないだろうか、など不安になってしまう。
アドラー、双子とは接したが、彼らがとても特殊なのは分かっている。
「……考えてもダメだなぁ。本番になって臨機応変に対応しないと」
呟くと、佑が小さく笑って頭を撫でてきた。
「そんなに構えなくていいよ。歓迎ムードなのは分かってる。あとは普通に接して楽しんで」
「……うん」
彼の親戚だというのに、自分に害をなす人だと考えては失礼だ。
なるべく不安は置いておき、今はゆっくり休む事を考えるようにした。
「おやすみ」
「ん」
大きなベッドに一緒に横になると、佑が当然というように香澄を抱いてくる。
「本当は抱きたいけど、まず香澄の体を考えるのが一番。それから、挨拶を無事終わらせる」
「うん、ありがとう」
彼の配慮に感謝し、気持ちだけでもと思ってチュッと顎にキスをした。
――が、その途端にギロリと睨まれたので、慌てて「ごめんなさい」と謝った。
「……あんまり煽ると、あとが怖いよ?」
「す、すみません。穏便にお願い致します」
佑は薄闇のなか香澄を見つめたあと、ハーッと溜め息をつく。
「俺だって我慢してるんだからな」
拗ねた声で言い、佑は香澄の額にキスをしてくる。
にっこり笑われては断れず、赤面して照れながら「じゃあ準備するね」と自分の荷物のもとへ小走りに向かった。
「ドイツのご親戚、どういう方々? なんか、事前に勉強しておいた方がいい事とかある?」
ジェットバスに浸かった香澄の声が、バスルームに反響する。
「いや、特に気にしなくていいんじゃないかな。ドイツ人は……と主語を大きくすると危険だけど、こっちの人たちは一族とか血縁をとても大切にする。その上で、大企業のトップである祖父が〝決定〟したなら、もう誰も何も言わないと思うんだ」
「そっか……」
アドラーとはきちんと交流できたと思っているので、彼が発言権を握っているのなら少し安心できる。
「それに、オーマも温厚な人に見えるけれど、クラウザー一族にとっては絶大な権力を持つ人だからね。何せ祖父を言葉一つで動かせるのは、オーマだけだし」
「そ、そうだね」
言われてみれば、節子が最強のような気がする。
「節子さんって、怒ったりする?」
「記憶にないな。怒るとしても祖父の行動や言動に関してのみだと思う。子供はとっくに自立してるし、孫はただ可愛がればいい。それ以外の人に対して、いちいち目くじらを立てる人ではないと思う」
「そっか……。そうだね。あんなに温厚そうなタケモトのお嬢様なら……」
以前アドラーたちと一緒だった時、酒を飲んで上機嫌になった彼が『彼女の若かった時だ』とスマホの写真を見せてくれた。
白黒写真をスマホで撮影したものだったが、それだけでも節子の美しさはよく分かった。
当時の流行だと付け睫毛をしていたのか分からないが、二十代前半とおぼしき節子は目元がくっきりとしていて、世界でも通用する美貌の女優と言っていいほどだった。
『彼女がパーティーに出ると、〝竹本の真珠〟という異名でも呼ばれていた』
懐かしそうに、けれど今と変わらない愛情をたたえたアドラーを見て、香澄は彼の愛情深さを思い知ったものだ。
きっかけは美貌に惹かれてかもしれないが、その時の情熱が今もあるというのは、本当に素晴らしいと思う。
加えて大企業のお嬢様らしく、どっしり構えて温厚なところにも惹かれたのだろう。
「若い頃は色々あったらしいけどな。ほとんどの人がそうであるように、年を重ねて丸くなっていったみたいだ。日本の大企業の箱入り娘が、ドイツに嫁ぎに来ただなんて、考えただけでも色々ありそうだろ」
「確かに」
思わず笑い、香澄は膝を抱えた。
(お嬢様でも波瀾万丈だったのに、一般人の私なら何が起こるんだろう。ケチョンケチョンになってポイされないといいけど……)
偏見かもしれないが、何せ海外の友人がいないので、漠然と「海外の人は色んな意味で強そう」としか感想がない。
仕事でも実力主義と言われるし、対等に渡り合っていく気の強さ、実力がなければ見放されるのではないだろうか、など不安になってしまう。
アドラー、双子とは接したが、彼らがとても特殊なのは分かっている。
「……考えてもダメだなぁ。本番になって臨機応変に対応しないと」
呟くと、佑が小さく笑って頭を撫でてきた。
「そんなに構えなくていいよ。歓迎ムードなのは分かってる。あとは普通に接して楽しんで」
「……うん」
彼の親戚だというのに、自分に害をなす人だと考えては失礼だ。
なるべく不安は置いておき、今はゆっくり休む事を考えるようにした。
「おやすみ」
「ん」
大きなベッドに一緒に横になると、佑が当然というように香澄を抱いてくる。
「本当は抱きたいけど、まず香澄の体を考えるのが一番。それから、挨拶を無事終わらせる」
「うん、ありがとう」
彼の配慮に感謝し、気持ちだけでもと思ってチュッと顎にキスをした。
――が、その途端にギロリと睨まれたので、慌てて「ごめんなさい」と謝った。
「……あんまり煽ると、あとが怖いよ?」
「す、すみません。穏便にお願い致します」
佑は薄闇のなか香澄を見つめたあと、ハーッと溜め息をつく。
「俺だって我慢してるんだからな」
拗ねた声で言い、佑は香澄の額にキスをしてくる。
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