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第四部・婚約 編
私の街へ来ないかね?
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ジュースを飲み終わり少し話した頃合いになり、指でつまめる食事前のお楽しみが出された。
前菜はグリーンピースのスープに、海老のムースがふんわりとのっている。
大きな帆立貝をメインに、ソースやパイ生地、太くて立派なアスパラのポシェ。
魚料理は鰆のポワレ、肉料理は鴨の胸肉。
その頃には御劔家の人々はワインをボトル一本頼んで皆で飲み、メインディッシュが終わったあとのチーズでマリアージュを楽しんでいた。
プレデセールのあとに、旬の柑橘を美しく円形に並べ、ミントを散らした上に、アイスクリームがのったデザートが出る。
満腹になってコーヒー、紅茶、ハーブティーを各自好きな物を選び、小菓子が出された。
(お腹一杯……)
胃はぽんぽこりんになっていて、とても苦しい。
美味しくて出された物はすべて食べたいのに、苦しいというジレンマが香澄を襲う。
おまけに目の前ではガラスのポットに入った、自家製のキャラメルも希望者に配っていて、それも美味しそうだ。
自分の食い気に落ち込んでいた時、佑が声を掛けてくる。
「香澄? なんなら包んでもらう?」
「いいの!?」
思いきり「救われた!」という顔をしたからか、佑と翔が噴き出した。
律も横を向いて肩を揺らし、澪は遠慮なくケラケラ笑っている。
「ランチでこれなら、ディナーはきちんと食べられないんじゃないの?」
そこでアンネが意地悪を言ってくる。
「た、食べられます!」
ディナーのフルコースでは、覚えている限り前菜の皿が三皿出た記憶がある。
「美味しい物は好きです!」
威張る事なのか分からないが、自信満々に言うとアンネがふふんと鼻で笑った。
「なら今度、とっておきのフレンチの店を予約しておくから、来る事ね。ついでにあなた達の結婚式プランを聞いておくわ」
挑むように言われ、香澄は「はい!」とキリリとした顔で頷く。
「……母さん、そこはそうやって言わなきゃいけない部分なのか?」
佑が呆れて溜め息をつき、澪は「素直じゃないなぁ」と笑ってワインをクイーッと飲む。
「香澄さん」
「はいっ」
アドラーに話し掛けられ、香澄はぴっと背筋を伸ばす。
「もし良かったら、今度私の街へ来ないかね?」
「私の……街……」
街を所有しているのだろうか? いや、市長? と軽く混乱している時に、翔が説明してくれた。
「オーパとオーマは、南ドイツにあるブルーメンブラットヴィルっていう街に住んでいるんだ。もともとオーパの家系はドイツの貴族で、そこの領主だった。保存状態のいい城は観光資源になっているし、その一部に今も住んでいたりする」
「ほええ! お城に!」
間抜けな声を上げてしまったが、二人はニコニコしている。
「香澄さんは衛くんの御劔家に嫁ぐ訳だが、ぜひ私の一族にも挨拶をしてほしい。ドイツでは妻の影響もあって、一族は全員親日家で日本語も話せる。街そのものにも日本料理店が多いし、そもそもとても美しい所だ。きっと気に入ると思うのだが」
「はい! ぜひ!」
嬉しくなって元気な返事をした横で、佑が静かに息をつき少し俯いた。
「すぐには無理だと思うが……。六月くらいにはどうかね?」
「割とすぐだな?」
アドラーの提案に、佑が突っ込みを入れる。
「日本の六月は連休がない月で有名なんだが」
「おや、香澄さんの休みについては、割と自由なのだと松井から聞いた」
アドラーがどや顔をし、佑は「いつの間に……」と頭痛を覚える。
香澄はいつでも休みを取れる、さして重要なポストにいないと周囲にも思われていそうで、少し居心地の悪さを覚える。
それをカバーしたのは節子だ。
「社長夫人になったら、そんなものよ? 私は専業主婦だけれど、姉妹は嫁ぎ先に役職を持っても、ほぼ夫の人脈を広げるためのサポーターの役割をしていたわね。オフィスにいてパソコンに向かっているだけが、仕事じゃないのよ?」
「は……はい」
節子は実際にはオフィスでは働いていないし、世代も違う。
けれど彼女は香澄よりずっと広い世界を知っている。
なので彼女に言われると、思わず「そうなんだ……」と頷いてしまう自分がいた。
「佑の助けになりたいと思うのなら、スケジュール調整をして議事録を取るよりも、魅力的なパートナーとして、佑が必要とする人たちに彼や日本、Chief Everyの良さが伝わるように、〝世間話〟が最低限英語でできたらいいわね」
(おうふ!)
ニコニコした節子が、一番スパルタな事を言う。
前菜はグリーンピースのスープに、海老のムースがふんわりとのっている。
大きな帆立貝をメインに、ソースやパイ生地、太くて立派なアスパラのポシェ。
魚料理は鰆のポワレ、肉料理は鴨の胸肉。
その頃には御劔家の人々はワインをボトル一本頼んで皆で飲み、メインディッシュが終わったあとのチーズでマリアージュを楽しんでいた。
プレデセールのあとに、旬の柑橘を美しく円形に並べ、ミントを散らした上に、アイスクリームがのったデザートが出る。
満腹になってコーヒー、紅茶、ハーブティーを各自好きな物を選び、小菓子が出された。
(お腹一杯……)
胃はぽんぽこりんになっていて、とても苦しい。
美味しくて出された物はすべて食べたいのに、苦しいというジレンマが香澄を襲う。
おまけに目の前ではガラスのポットに入った、自家製のキャラメルも希望者に配っていて、それも美味しそうだ。
自分の食い気に落ち込んでいた時、佑が声を掛けてくる。
「香澄? なんなら包んでもらう?」
「いいの!?」
思いきり「救われた!」という顔をしたからか、佑と翔が噴き出した。
律も横を向いて肩を揺らし、澪は遠慮なくケラケラ笑っている。
「ランチでこれなら、ディナーはきちんと食べられないんじゃないの?」
そこでアンネが意地悪を言ってくる。
「た、食べられます!」
ディナーのフルコースでは、覚えている限り前菜の皿が三皿出た記憶がある。
「美味しい物は好きです!」
威張る事なのか分からないが、自信満々に言うとアンネがふふんと鼻で笑った。
「なら今度、とっておきのフレンチの店を予約しておくから、来る事ね。ついでにあなた達の結婚式プランを聞いておくわ」
挑むように言われ、香澄は「はい!」とキリリとした顔で頷く。
「……母さん、そこはそうやって言わなきゃいけない部分なのか?」
佑が呆れて溜め息をつき、澪は「素直じゃないなぁ」と笑ってワインをクイーッと飲む。
「香澄さん」
「はいっ」
アドラーに話し掛けられ、香澄はぴっと背筋を伸ばす。
「もし良かったら、今度私の街へ来ないかね?」
「私の……街……」
街を所有しているのだろうか? いや、市長? と軽く混乱している時に、翔が説明してくれた。
「オーパとオーマは、南ドイツにあるブルーメンブラットヴィルっていう街に住んでいるんだ。もともとオーパの家系はドイツの貴族で、そこの領主だった。保存状態のいい城は観光資源になっているし、その一部に今も住んでいたりする」
「ほええ! お城に!」
間抜けな声を上げてしまったが、二人はニコニコしている。
「香澄さんは衛くんの御劔家に嫁ぐ訳だが、ぜひ私の一族にも挨拶をしてほしい。ドイツでは妻の影響もあって、一族は全員親日家で日本語も話せる。街そのものにも日本料理店が多いし、そもそもとても美しい所だ。きっと気に入ると思うのだが」
「はい! ぜひ!」
嬉しくなって元気な返事をした横で、佑が静かに息をつき少し俯いた。
「すぐには無理だと思うが……。六月くらいにはどうかね?」
「割とすぐだな?」
アドラーの提案に、佑が突っ込みを入れる。
「日本の六月は連休がない月で有名なんだが」
「おや、香澄さんの休みについては、割と自由なのだと松井から聞いた」
アドラーがどや顔をし、佑は「いつの間に……」と頭痛を覚える。
香澄はいつでも休みを取れる、さして重要なポストにいないと周囲にも思われていそうで、少し居心地の悪さを覚える。
それをカバーしたのは節子だ。
「社長夫人になったら、そんなものよ? 私は専業主婦だけれど、姉妹は嫁ぎ先に役職を持っても、ほぼ夫の人脈を広げるためのサポーターの役割をしていたわね。オフィスにいてパソコンに向かっているだけが、仕事じゃないのよ?」
「は……はい」
節子は実際にはオフィスでは働いていないし、世代も違う。
けれど彼女は香澄よりずっと広い世界を知っている。
なので彼女に言われると、思わず「そうなんだ……」と頷いてしまう自分がいた。
「佑の助けになりたいと思うのなら、スケジュール調整をして議事録を取るよりも、魅力的なパートナーとして、佑が必要とする人たちに彼や日本、Chief Everyの良さが伝わるように、〝世間話〟が最低限英語でできたらいいわね」
(おうふ!)
ニコニコした節子が、一番スパルタな事を言う。
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