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第四部・婚約 編

アリだな

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「きゅ、急に積極的になって、変に思ってほしくないんだけど」
「思わないよ。嬉しい」

 その言葉を聞いて安心し、香澄はアンネの電話があってから考えていた事を口にした。

「アンネさんには、札幌の家族に今度はきちんと結婚の報告として挨拶に行ったら? って言われたの」

 隣で佑が溜め息をついたが、彼の話はあとで聞くとして続きを言う。

「なんか……。アリだな、って思って。最初にうちの両親には佑さんの存在をもう知られていて、何も言われてないけど期待はされてると思う。それで佑さんのご家族にもお会いして、きっと同じように考えられていると思う。佑さんはすでに結婚する気でいてくれて、あとは私次第」

 佑が心配げな視線を向けてくるが、それに対してニコッと笑ってみせた。

「別に、〝圧〟に負けたとかじゃないの。私がいつまでも踏み出せないで怖がっているのが、何か『駄目だな』って思って。親友が側にいたら、もっと早い段階で『何やってんの』って背中を叩かれてる気がする」
「そうか」

 香澄が前向きになったのだと理解した佑は、嬉しそうに微笑む。

「だから、また怖じ気づいてしまわないうちに、札幌の家族に挨拶に行きたい」
「分かった。ご挨拶に行こう」

 話したあとは、スッキリと少しの興奮とで心が満ちる。
 リビングの窓の向こう、御劔邸の敷地内には桜の木があって薄紅色の花を咲かせている。
 敷地が広く、カーテンを開けていても人に見られない設計になっているので、こうして夜にライトアップされた庭を見られる。

「春だねぇ……」
「そうだな」

 佑が香澄の肩を抱き、チュッと額にキスをした。

「初まりの季節だから、一歩前に進まないと」
「俺は隣にいるからな」

 勇気を振り絞った香澄に、佑が安心させるように言い、頭をポンポンと撫でる。

「ありがとう」

 微笑んでから、香澄はスマホを手に取り、親友に『もう少ししたら札幌に行くかも』とメッセージを送った。





 都内のホテルのスイートルームにいる双子は、夕方になり外出してディナーをとる準備をしていた。

『これからどーする? オーパとオーマについて京都行く?』
『日本の桜は綺麗だからなぁ……。魅力的だよね。一年に一回だし』
『おっと』

 アロイスのスマホが着信を告げ、彼は液晶画面に出た名前を見て眉を上げる。

『おや、珍しい。マティアスからだ。もしもーし』

 電話に出ると、スピーカーの向こうから低く落ち着いた声がする。

《日本はいま、十五時すぎで合ってるだろうか?》

『ぶふっ、そんな細かいトコ気にして電話掛けてくんの、お前だけだわ』

 イタリアの小洒落たスーツを身に纏ったアロイスは、ソファに座って長い脚を組む。

『どーした?』

《いや。…………日本はどうだ?》

『あー、お前日本好きだもんね! 羨ましいのか?』

《羨ましい。俺は仕事漬けでなかなか旅行に行けない》

『まぁまぁ。ボスに掛け合ってみなよ。……ってまぁ、お前のボスは、お前がいないと何もできないだろうけど。優秀すぎる秘書も困りもんだな』

 その声に、相手――マティアスは何も言わなかった。

『なんなら、ボスを焚きつけて日本の出張でもさせてみたら? あいつもファッションブランドの社長なら、他国にインスピレーション受けるでしょ』

《そうしてみる。さしあたって、土産を頼みたい》

『あっはは! 土産ね。OK! 希望があるならリスト作ってメッセージしといてよ。俺たち、これから京都にも向かうんだけど、京都土産もOKだよ』

《京都!》

 マティアスは明らかに興味があるという声を出したあと、悔しげに黙る。

《俺は絶対いつか、現地に行って〝ぶぶ漬け〟を出されてみせる……》

 いわゆる、長居をしすぎると出されるというぶぶ漬け文化だが、それを知った彼はやけに気に入って、されてみたいと思うようになったらしい。

『はいはい。分かったからリスト作っておいて。俺たちはこれからディナーだから。しゃぶしゃぶ食いに行くの』

《しゃぶしゃぶ!》

 またマティアスが羨ましそうな声を出す。

 分かっていながら、アロイスは『じゃーね!』と軽やかに言って電話を切ってしまった。
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