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第四部・婚約 編
寝過ぎた
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月曜日、佑は一人で出社していった。
もとから彼に月曜日は予備で休暇を取るようにと言われいたが、まさかこのような形で休暇が必要になるとは思わなかった。
寝たのは早朝なので、旅行の疲れとセックスの疲れとでぐっすり眠り、目覚めたのは十時すぎだ。
(……やばい。寝過ぎた……)
広いベッドの上で脚を垂直に上げ、目が覚めるまでしばしじんわりと腹筋を鍛える。
(おしっこ……)
動けそうになってから洗面所に向かい、ぼんやりとしたままシャワーを浴びた。
バスルームから出てお気に入りの香りに包まれる頃には、頭がシャッキリとしていた。
(今日はオレンジにしよう。匂いが美味しいやつ)
ダヴィア&ガッリャーノのフルーツコレクションの、オレンジの香水を纏い、みずみずしくはつらつとした気分になってから下に向かった。
「おはようございます」
リビングでは斎藤と島谷(しまたに)という掃除洗濯を主にこなす家政婦が、働きながらおしゃべりに花を咲かせていたところだった。
「「おはようございます」」
二人はにっこりと笑い返してくれ、島谷の手伝いをしていた斎藤がすぐにキッチンに向かう。
「御劔さんは和食をとって行かれましたが、赤松さんはどうされますか?」
「あ、ご飯でいいです。あと、納豆があれば普通に十分ですので……」
香澄の好物は〝たまごちゃん納豆〟で、それと白米さえあれば十分という時もしばしばだ。
「しっかり栄養をつけて頂かないと、私が御劔さんに怒られますから」
笑いながら、斎藤はキッチンでテキパキと動いて、香澄のために食事の準備をしてくれる。
二人の邪魔になってはいけないので、香澄はソファでポチポチとスマホをいじる。
いまだに、二人が働いているのに、自分が何もせず寛いでいるのに慣れない。
とはいえ、「お手伝いします」と言うと「私の仕事ですから」と微笑んで辞退され、お金をもらって働いている人の仕事を奪ってはいけないと思い知らされる。
初めは何回かその問答を繰り返し、そのあともソワソワしては「大丈夫ですからね」と言われる日々を送っている。
「佑さん、何か言ってましたか?」
「『しっかり休ませてください』とは言われましたよ」
「そうですか……」
まさか朝まで抱いていたとは言っていないだろうとは思っていたが、念のため質問して安心する。
しばし沈黙があり、香澄はスマホに視線を戻してポチポチと弄る。
「赤松さん」
「はい」
「御劔さんも飲まれてます、疲労回復に効くにんにくサプリもありますからね」
「はっ……、はいっ」
上ずった声で返事をしたあと、ジワワ……と赤面していく。
だが斎藤は特に悪気もなく、言葉を続けた。
「温泉旅行でゆっくりできても、移動時間もありますし疲れたでしょう。増して御劔さんのご家族も一緒なら、リラックスするにも難しかったと思いますし」
「さ……斎藤さぁん……」
気遣ってくれる彼女の気持ちが嬉しく、香澄は思わず甘ったれた声を出す。
「結婚の日取りはまだ未定でしょうけれど、少しずつ進んでますね」
島谷にニコニコして言われ、香澄はニヤけつつ「はい」と頷く。
島谷は広々としたリビングのあちこちで、拭き掃除をしていた。
(早めにご飯食べちゃおう。寝てたから、掃除機を掛けるのも待っててくれたんだろうし)
テキパキと動いている島谷は、四十台後半の細身の女性だ。
髪を簡単に一本に縛り、ジーパンにTシャツ、エプロンという姿で二日に一度御劔邸を訪れている。
彼女と交代で掃除洗濯を担当している女性もいて、どちらも佑はそこそこ長い付き合いらしい。
どちらも佑が信頼を置く家政婦協会からの派遣のようだ。
特に富裕層の家に勤めるのに慣れた、ベテランであり精鋭の中の一人が彼女たちらしい。
やがて食事の支度ができたようなので、運ぶぐらいはと思い、香澄はキッチンからダイニングを斎藤と一緒に往復して食器を運ぶ。
「いただきます」
ホカホカと湯気を立てたつややかな白米を見ると、いつも幸せな気持ちになる。
大好きな納豆に、ほうれん草の胡麻和え、味噌汁の具が大好きなナスなのは、きっと佑が一言何か伝えてくれたのかもしれない。
程よい塩加減の塩鮭をおかずに、香澄はもりもりとご飯を食べていく。
(休んじゃって申し訳ないな)
つい、松井の顔を思い浮かべるが、働き始めた当初に佑と松井と三人で話した時の事を思い出す。
もとから彼に月曜日は予備で休暇を取るようにと言われいたが、まさかこのような形で休暇が必要になるとは思わなかった。
寝たのは早朝なので、旅行の疲れとセックスの疲れとでぐっすり眠り、目覚めたのは十時すぎだ。
(……やばい。寝過ぎた……)
広いベッドの上で脚を垂直に上げ、目が覚めるまでしばしじんわりと腹筋を鍛える。
(おしっこ……)
動けそうになってから洗面所に向かい、ぼんやりとしたままシャワーを浴びた。
バスルームから出てお気に入りの香りに包まれる頃には、頭がシャッキリとしていた。
(今日はオレンジにしよう。匂いが美味しいやつ)
ダヴィア&ガッリャーノのフルーツコレクションの、オレンジの香水を纏い、みずみずしくはつらつとした気分になってから下に向かった。
「おはようございます」
リビングでは斎藤と島谷(しまたに)という掃除洗濯を主にこなす家政婦が、働きながらおしゃべりに花を咲かせていたところだった。
「「おはようございます」」
二人はにっこりと笑い返してくれ、島谷の手伝いをしていた斎藤がすぐにキッチンに向かう。
「御劔さんは和食をとって行かれましたが、赤松さんはどうされますか?」
「あ、ご飯でいいです。あと、納豆があれば普通に十分ですので……」
香澄の好物は〝たまごちゃん納豆〟で、それと白米さえあれば十分という時もしばしばだ。
「しっかり栄養をつけて頂かないと、私が御劔さんに怒られますから」
笑いながら、斎藤はキッチンでテキパキと動いて、香澄のために食事の準備をしてくれる。
二人の邪魔になってはいけないので、香澄はソファでポチポチとスマホをいじる。
いまだに、二人が働いているのに、自分が何もせず寛いでいるのに慣れない。
とはいえ、「お手伝いします」と言うと「私の仕事ですから」と微笑んで辞退され、お金をもらって働いている人の仕事を奪ってはいけないと思い知らされる。
初めは何回かその問答を繰り返し、そのあともソワソワしては「大丈夫ですからね」と言われる日々を送っている。
「佑さん、何か言ってましたか?」
「『しっかり休ませてください』とは言われましたよ」
「そうですか……」
まさか朝まで抱いていたとは言っていないだろうとは思っていたが、念のため質問して安心する。
しばし沈黙があり、香澄はスマホに視線を戻してポチポチと弄る。
「赤松さん」
「はい」
「御劔さんも飲まれてます、疲労回復に効くにんにくサプリもありますからね」
「はっ……、はいっ」
上ずった声で返事をしたあと、ジワワ……と赤面していく。
だが斎藤は特に悪気もなく、言葉を続けた。
「温泉旅行でゆっくりできても、移動時間もありますし疲れたでしょう。増して御劔さんのご家族も一緒なら、リラックスするにも難しかったと思いますし」
「さ……斎藤さぁん……」
気遣ってくれる彼女の気持ちが嬉しく、香澄は思わず甘ったれた声を出す。
「結婚の日取りはまだ未定でしょうけれど、少しずつ進んでますね」
島谷にニコニコして言われ、香澄はニヤけつつ「はい」と頷く。
島谷は広々としたリビングのあちこちで、拭き掃除をしていた。
(早めにご飯食べちゃおう。寝てたから、掃除機を掛けるのも待っててくれたんだろうし)
テキパキと動いている島谷は、四十台後半の細身の女性だ。
髪を簡単に一本に縛り、ジーパンにTシャツ、エプロンという姿で二日に一度御劔邸を訪れている。
彼女と交代で掃除洗濯を担当している女性もいて、どちらも佑はそこそこ長い付き合いらしい。
どちらも佑が信頼を置く家政婦協会からの派遣のようだ。
特に富裕層の家に勤めるのに慣れた、ベテランであり精鋭の中の一人が彼女たちらしい。
やがて食事の支度ができたようなので、運ぶぐらいはと思い、香澄はキッチンからダイニングを斎藤と一緒に往復して食器を運ぶ。
「いただきます」
ホカホカと湯気を立てたつややかな白米を見ると、いつも幸せな気持ちになる。
大好きな納豆に、ほうれん草の胡麻和え、味噌汁の具が大好きなナスなのは、きっと佑が一言何か伝えてくれたのかもしれない。
程よい塩加減の塩鮭をおかずに、香澄はもりもりとご飯を食べていく。
(休んじゃって申し訳ないな)
つい、松井の顔を思い浮かべるが、働き始めた当初に佑と松井と三人で話した時の事を思い出す。
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