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第四部・婚約 編
双子の闇
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「簡単にはいかないよ。そういう子は勿論いると思う。でも僕らがそれだけの条件でその子を特別扱いしたら、他の子たちも無理して自分も一歩進んだ関係になろうとする。後腐れなく、楽しくフラットに付き合うのを信条にしてるから、彼女たちに無理な負担を掛けたくないんだ。お互いのためにね」
「……思ったより、色々考えているんですね?」
心の底から思った言葉に、双子が項垂れる。
「あのねー、カスミ。俺たちの事を何だと思ってるの?」
「い、いえ。バカにした訳じゃなくて、もっと刹那的なのかなと思って」
「んー、まぁカスミが思ってるように、体は許しても心は許してないけどね? ぶふっ」
クラウスが自分で言っておきながら、自分の言葉に笑いだす。
アロイスもケタケタ笑いながら「そーなんだよね」と同意する。
「俺たちさぁ、んまー、カスミが聞いたら耳から汚しちゃいそうだけど、大体の事はやってんの。複数プレイにアナルにSMに色々。女の子たちと遊ぶときは基本的にクラも一緒だし、一対一で雰囲気作ってラブラブセックスなんて、タスクみたいなぬるい事やってないの」
(ぬるい事って……)
香澄にとっては恋人と親密な空気を作り、二人だけで過ごすのはごく当たり前の過ごし方だ。
それ以外の事はどうしても〝遊び〟に思えてしまう。
「シェフ呼んで高級食材を料理させて、たっかいワインやシャンパン開けて浴びるように飲んで、気が付いたら誰の穴に入れてんだか分からない状態でセックスが始まってるよね。でもまぁ、温かいし気持ちいいし、いーやって思って、とりあえずスポーツみたいにセックスしまくる」
(誰の穴って……)
香澄はその現場を想像し、赤面する。
「俺たちにとって、女の子とセックスってそういうもん。一人に固執して心を持ってかれるって事はしないの。それをダサいとは思ってないけど、そこまで好きになれないんだよね」
「んー……」
恐らく、自分には分からない双子ならではの闇があるのだと思う。
ここまで極端ならば、恐らく闇しかないだろう。
「いつか、心から好きになれる子ができたらなー、って思うよ? でも現実はそうはいかないんだ」
クラウスはケロリとして言っているように見えるが、香澄には彼らが無理をして明るく振る舞っているように感じられる。
彼らをそこまで極端な道に走らせているものは何だろう? と思っても、この浅い付き合いでは決して教えてくれないだろう事は分かる。
こうして心を開いて色々話してくれているように見えても、双子が見せているのはごく浅い部分である気がする。
自分たちの生き方すら変えてしまった〝理由〟を、彼らは生半可な相手には話さないだろう。
大事な事を笑顔と冗談に交え、煙に巻いてしまう。
これだけ近い場所でプライベートな話をしていても、香澄には双子の本心がちっとも分からなかった。
「……いつか、好きな人ができたらいいですね」
香澄は心からの言葉を向ける。
「そーだね!」
だが思っていた通り、双子の返事はあくまで明るいものだった。
それから銀座まで行くと、大きな交差点近くでサッと車を降り、そこから徒歩数分にある寿司屋に入った。
高級感のある店内は他に人がおらず、カウンターに佑が座っている。
「佑さん」
「……無事で良かった」
彼は戸が開いた瞬間にバッとこちらを見たが、香澄がいつもと変わらない様子で歩み寄ってきたので、心底安心した顔をしていた。
「……しかし」
立ち上がって香澄を迎えた佑は、つま先から頭のてっぺんまでスキャンするように見てくる。
愛する女性が全身をよその男のブランドで包んでいる姿を見て、彼は苦々しい顔をする。
その様子を見て双子はご満悦でニヤニヤし、まるでチェシャ猫のような顔だ。
「まずは座ろうか」
溜め息交じりに佑が言い、カウンター席に四人がつく。
佑は一番奥に座っていたので、香澄は自然とその隣につこうとしたが、佑が「やっぱり取り替えよう」と言って一番奥に座らせようとする。
が、双子が文句を言った。
「僕らが指定した店なんだから、カスミと平等に話させてよ」
言葉の前半と後半が合っていないが、これもまた双子ならではの言い分というかルールで、佑は溜め息をつきながら香澄を真ん中に座らせる。
お茶が出され、大将ではない職人が味噌椀を運んできた。
目の前に用意されている木の板――ゲタの上に、ガリが置かれる。
(高級なお寿司屋さんのガリって、美味しいんだよな……。癖になる……)
佑にもたびたび美味しい寿司店に連れて行ってもらい、贅沢にもその楽しみ方を覚えつつある。
ドリンクメニューが出されて佑は日本酒、双子はビールを頼み、香澄は梅酒ソーダを頼んだ。
飲み物が出され、小鉢に茄子の煮浸しが出される。
大将が言い、最初に馬糞雲丹と紫雲丹の食べ比べが出された。
(贅沢……!)
「……で、東京観光は満足したか?」
お茶を飲み、佑が溜め息交じりに言う。
「まぁまぁね」
「んま、僕ら東京なら何回も来てるから、今さら観光っていう感じでもないけど」
「…………なら、仕事の途中で人の秘書を奪っていくな」
「ごっ、ごめんなさい…………」
つい謝ると、「香澄はいいんだよ。被害者だから」と背中を撫でられる。
(被害者……)
佑のモンスターペアレント気味なところも、最近徐々に分かってきた。
心の中でつい突っ込みを入れたところ、綺麗に盛られたお造りが出され、新鮮なうちにいただく。
「んっふ……」
(おいっし……。うう、おいし……)
もっもっ……と口を動かしている香澄を、横からアロイスとクラウスが顔を覗き込み「美味そうに喰うねぇ」と笑っている。
次にジュンサイの酢の物、イカの雲丹和え、ニシンの甘露煮に蒸し海老が出される。
「それで、お前らはいつ帰るんだ?」
「むふんっ」
佑の直球すぎる問いかけに、双子ではなく香澄が反応した。
(そんな事聞いていいの?)
せっかくちゅるんと口に迎えたジュンサイが、ちゅるーんと口から出ていきそうになり、香澄は涙目で佑を見る。
けれど彼は香澄が噎せた理由を分かっておらず、「落ち着いて食べていいよ」とお茶を勧めてくるだけだ。
「えー? オーパとオーマが桜を堪能したあとに一緒に帰るから、まだまだいるけど」
「そうか……」
「そんな嬉しそうな顔すんなよー」
双子は分かっていて佑に嫌がらせをする。
「とりあえず、俺たちは今後関わらないからな。一回の来日で、もてなしをするのは一回。今回は想定外の過剰サービスだ」
「えぇ~? おもてなしの国なのに?」
佑と双子たちがいつものやりとりを交わしている間も、焼き物、汁物のいちご煮――アワビと雲丹の汁物が出される。
香澄は会話をするのを佑に任せ、自分は食事をするのに集中していた。
最後はにぎり寿司で、柚子の香りがする甘鯛や、口の中で文字通り溶けていくトロが美味しくて堪らない。
(海老がボイルしているところは、やっぱり本州だなぁ……)
大きな車海老のにぎり寿司も出たが、香澄はいつも札幌で海老の寿司を食べる時は生が普通だ。
以前八谷に勤めていた時代、他の土地の視点で働いていた事もあったが、本州の海老は確かにボイルしてあった。
当時の上司の話では、本州で食べる海老――車海老などは生食に向いておらず、加熱したほうが美味しく食べられるのだそうだ。
逆に北海道でよく食べられている甘海老、牡丹海老は水分量が多く、生食に向いている。
甘海老、牡丹海老を加熱して食べようとすると、逆に美味しくないのだそうだ。
加えて江戸前寿司は、漬けマグロのように一手間加えるのが主流のようで、海老を蒸すのもその手法のうちらしい。
(どこに行っても美味しいものは美味しいなぁ……)
香澄が上質な寿司懐石に舌鼓を打っている間も、佑と双子は品のいい所作で食事をしながらも、静かに言葉の応酬をしている。
「とりあえず、明日からはもう俺たちの事は放っておいてくれ」
「あれぇ……、いつかブルーメンブラットヴィルに来た時、おもてなししなくていいの?」
「それは別の従兄弟たちに頼む」
佑がスンッと相手にしないので、双子たちはぶーたれている。
(そっか、ドイツに他の従兄弟さんもいるんだ)
どんな人なのかなと思っていると、旬の果物であるきよみがデザートとして出された。
「……思ったより、色々考えているんですね?」
心の底から思った言葉に、双子が項垂れる。
「あのねー、カスミ。俺たちの事を何だと思ってるの?」
「い、いえ。バカにした訳じゃなくて、もっと刹那的なのかなと思って」
「んー、まぁカスミが思ってるように、体は許しても心は許してないけどね? ぶふっ」
クラウスが自分で言っておきながら、自分の言葉に笑いだす。
アロイスもケタケタ笑いながら「そーなんだよね」と同意する。
「俺たちさぁ、んまー、カスミが聞いたら耳から汚しちゃいそうだけど、大体の事はやってんの。複数プレイにアナルにSMに色々。女の子たちと遊ぶときは基本的にクラも一緒だし、一対一で雰囲気作ってラブラブセックスなんて、タスクみたいなぬるい事やってないの」
(ぬるい事って……)
香澄にとっては恋人と親密な空気を作り、二人だけで過ごすのはごく当たり前の過ごし方だ。
それ以外の事はどうしても〝遊び〟に思えてしまう。
「シェフ呼んで高級食材を料理させて、たっかいワインやシャンパン開けて浴びるように飲んで、気が付いたら誰の穴に入れてんだか分からない状態でセックスが始まってるよね。でもまぁ、温かいし気持ちいいし、いーやって思って、とりあえずスポーツみたいにセックスしまくる」
(誰の穴って……)
香澄はその現場を想像し、赤面する。
「俺たちにとって、女の子とセックスってそういうもん。一人に固執して心を持ってかれるって事はしないの。それをダサいとは思ってないけど、そこまで好きになれないんだよね」
「んー……」
恐らく、自分には分からない双子ならではの闇があるのだと思う。
ここまで極端ならば、恐らく闇しかないだろう。
「いつか、心から好きになれる子ができたらなー、って思うよ? でも現実はそうはいかないんだ」
クラウスはケロリとして言っているように見えるが、香澄には彼らが無理をして明るく振る舞っているように感じられる。
彼らをそこまで極端な道に走らせているものは何だろう? と思っても、この浅い付き合いでは決して教えてくれないだろう事は分かる。
こうして心を開いて色々話してくれているように見えても、双子が見せているのはごく浅い部分である気がする。
自分たちの生き方すら変えてしまった〝理由〟を、彼らは生半可な相手には話さないだろう。
大事な事を笑顔と冗談に交え、煙に巻いてしまう。
これだけ近い場所でプライベートな話をしていても、香澄には双子の本心がちっとも分からなかった。
「……いつか、好きな人ができたらいいですね」
香澄は心からの言葉を向ける。
「そーだね!」
だが思っていた通り、双子の返事はあくまで明るいものだった。
それから銀座まで行くと、大きな交差点近くでサッと車を降り、そこから徒歩数分にある寿司屋に入った。
高級感のある店内は他に人がおらず、カウンターに佑が座っている。
「佑さん」
「……無事で良かった」
彼は戸が開いた瞬間にバッとこちらを見たが、香澄がいつもと変わらない様子で歩み寄ってきたので、心底安心した顔をしていた。
「……しかし」
立ち上がって香澄を迎えた佑は、つま先から頭のてっぺんまでスキャンするように見てくる。
愛する女性が全身をよその男のブランドで包んでいる姿を見て、彼は苦々しい顔をする。
その様子を見て双子はご満悦でニヤニヤし、まるでチェシャ猫のような顔だ。
「まずは座ろうか」
溜め息交じりに佑が言い、カウンター席に四人がつく。
佑は一番奥に座っていたので、香澄は自然とその隣につこうとしたが、佑が「やっぱり取り替えよう」と言って一番奥に座らせようとする。
が、双子が文句を言った。
「僕らが指定した店なんだから、カスミと平等に話させてよ」
言葉の前半と後半が合っていないが、これもまた双子ならではの言い分というかルールで、佑は溜め息をつきながら香澄を真ん中に座らせる。
お茶が出され、大将ではない職人が味噌椀を運んできた。
目の前に用意されている木の板――ゲタの上に、ガリが置かれる。
(高級なお寿司屋さんのガリって、美味しいんだよな……。癖になる……)
佑にもたびたび美味しい寿司店に連れて行ってもらい、贅沢にもその楽しみ方を覚えつつある。
ドリンクメニューが出されて佑は日本酒、双子はビールを頼み、香澄は梅酒ソーダを頼んだ。
飲み物が出され、小鉢に茄子の煮浸しが出される。
大将が言い、最初に馬糞雲丹と紫雲丹の食べ比べが出された。
(贅沢……!)
「……で、東京観光は満足したか?」
お茶を飲み、佑が溜め息交じりに言う。
「まぁまぁね」
「んま、僕ら東京なら何回も来てるから、今さら観光っていう感じでもないけど」
「…………なら、仕事の途中で人の秘書を奪っていくな」
「ごっ、ごめんなさい…………」
つい謝ると、「香澄はいいんだよ。被害者だから」と背中を撫でられる。
(被害者……)
佑のモンスターペアレント気味なところも、最近徐々に分かってきた。
心の中でつい突っ込みを入れたところ、綺麗に盛られたお造りが出され、新鮮なうちにいただく。
「んっふ……」
(おいっし……。うう、おいし……)
もっもっ……と口を動かしている香澄を、横からアロイスとクラウスが顔を覗き込み「美味そうに喰うねぇ」と笑っている。
次にジュンサイの酢の物、イカの雲丹和え、ニシンの甘露煮に蒸し海老が出される。
「それで、お前らはいつ帰るんだ?」
「むふんっ」
佑の直球すぎる問いかけに、双子ではなく香澄が反応した。
(そんな事聞いていいの?)
せっかくちゅるんと口に迎えたジュンサイが、ちゅるーんと口から出ていきそうになり、香澄は涙目で佑を見る。
けれど彼は香澄が噎せた理由を分かっておらず、「落ち着いて食べていいよ」とお茶を勧めてくるだけだ。
「えー? オーパとオーマが桜を堪能したあとに一緒に帰るから、まだまだいるけど」
「そうか……」
「そんな嬉しそうな顔すんなよー」
双子は分かっていて佑に嫌がらせをする。
「とりあえず、俺たちは今後関わらないからな。一回の来日で、もてなしをするのは一回。今回は想定外の過剰サービスだ」
「えぇ~? おもてなしの国なのに?」
佑と双子たちがいつものやりとりを交わしている間も、焼き物、汁物のいちご煮――アワビと雲丹の汁物が出される。
香澄は会話をするのを佑に任せ、自分は食事をするのに集中していた。
最後はにぎり寿司で、柚子の香りがする甘鯛や、口の中で文字通り溶けていくトロが美味しくて堪らない。
(海老がボイルしているところは、やっぱり本州だなぁ……)
大きな車海老のにぎり寿司も出たが、香澄はいつも札幌で海老の寿司を食べる時は生が普通だ。
以前八谷に勤めていた時代、他の土地の視点で働いていた事もあったが、本州の海老は確かにボイルしてあった。
当時の上司の話では、本州で食べる海老――車海老などは生食に向いておらず、加熱したほうが美味しく食べられるのだそうだ。
逆に北海道でよく食べられている甘海老、牡丹海老は水分量が多く、生食に向いている。
甘海老、牡丹海老を加熱して食べようとすると、逆に美味しくないのだそうだ。
加えて江戸前寿司は、漬けマグロのように一手間加えるのが主流のようで、海老を蒸すのもその手法のうちらしい。
(どこに行っても美味しいものは美味しいなぁ……)
香澄が上質な寿司懐石に舌鼓を打っている間も、佑と双子は品のいい所作で食事をしながらも、静かに言葉の応酬をしている。
「とりあえず、明日からはもう俺たちの事は放っておいてくれ」
「あれぇ……、いつかブルーメンブラットヴィルに来た時、おもてなししなくていいの?」
「それは別の従兄弟たちに頼む」
佑がスンッと相手にしないので、双子たちはぶーたれている。
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