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第四部・婚約 編

ゴメンね

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「それでさ、あわよくば僕らに惚れさせて、あいつに『それみた事か!』ってやってやりたかったの。僕らみたいなのに近付いてくる女の子って、大体目的は似たり寄ったりだから」
「私自身については否定しますが、お二人のような社会的立場の方から見ると、世の中の女性がそのように思えるのは分かる気がします」

「まー……、俺たち、こう見えて結構色んな目に遭ってるんだ。だから素直で可愛い女の子を見ても、『どうせ裏の顔があるんだろ?』って思っちゃうし、好き好き言われても『あー、はいはい。俺たちの顔と体と社名とクラウザー家が好きで、セックス上手くて何でも買ってあげるところが好きなんだね』ってなっちゃう」
「『束縛しないところが好き』って言われるけど、僕らが本気になったらすっごい嫉妬するし束縛すると思うけどね? 言ってくる子には本気になってないだけなんだけどな」
「……何となく、想像でしかありませんが、羨ましがられる立場にいても、満たされている訳ではないのはお察しします」

 理解を示すと、双子は同じタイミングで溜め息をついて脚を組み替える。

「そーなの。だからカスミも同じって思っちゃった。ゴメンね?」

 軽く謝られ、カスミは微笑んだ。

「いいえ。ちょっと困ったなとは思いましたけど、結局お二人とも佑さんの事が好きで、心配されてただけみたいで良かったです」

 けれどそう言うと、双子はまた顔を見合わせて微妙な顔をした。

「えぇ……? 僕ら、あいつの事が好きなの?」
「うーん……。いや、一応親愛なる従弟殿だし?」

 ゴニョゴニョと相談をしている二人を見て、香澄は思わず笑う。

(素直な気持ちについては、正直じゃないんだな)

「お二人が心配するような事は、ありませんよ。佑さんは過去に女性でつらい思いをしたのか分かりませんが、私が側にいるのは〝間違えて〟いないと信じたいです」

 自分が佑にとって最良の相手であると、香澄の性格ではハッキリと言い切る事はできない。
 それでも不器用ながら佑を心配する双子たちに、自分は敵ではないと伝えたい気持ちはあった。

「まー、そうだね。タスクもガキじゃないし」
「ちょっと騙されやすいところあるから、ほんのちょーっと心配だけどね」
「優しいって言ったら言葉が綺麗だけど、脇が甘いんだよあいつ」
「そうそう。自分はいけてるつもりなんだぜ」

 何だかんだ言って、双子は一つ年下の佑の事を心配しているのだろう。
 双子とは翔が一番相性が良さそうだが、だからこそ翔についてはあまり心配する事がないのかもしれない。
 似た者同士なので「こいつなら問題があっても上手く切り抜けられるだろう」と予想すれば、さほど心配する事はないのだろう。
 何より御劔家の男兄弟の中で一番下なので、兄二人の〝あれこれ〟を目の当たりにして、良くも悪くも勉強している。

 逆に律は優等生でしっかりしていて、双子が口出しする間もない。
 佑も優等生な雰囲気はあるが、次男であるが故に自由にやっている分、起業など初めての事も多く、〝起業したアパレル界の先輩〟である双子が世話を焼きたがっているとも考えられる。

(根っこはいい人なんだなぁ……)

 その過程のあれこれが、非情にややこしくて時に迷惑な事もあるが、やはり身内なのだろう。
 会話は双子が主に佑についてからかうような内容で話しているが、今までのように香澄を困らせる事はなく、終始なごやかにドライブが進んでいた。

 ――と、アロイスのスマホが着信を告げる。

「おー、きたきた」

 彼は実に楽しそうな反応をし、ニヤニヤしながらスマホをタップしてスピーカーにした。

「もしもーし」
『……どこにいる』

 押し殺した佑の声からは、隠しきれない怒りが滲み出ている。

(やばい……)

 自分が仕事を抜け出したままなのを思いだし、仕方のない事とはいえ、香澄は猛省して佑に話し掛けた。

「もしもし、佑さん? 仕事の途中で消えてしまってごめんなさい」

 香澄の声を聞き、スピーカーの向こうで佑が溜め息をついたのが聞こえた。

『無事か? 何もされてない?』
「大丈夫だよ。安心して」

 もう一度、佑の溜め息が聞こえる。
 今度は安堵の意味だろう。

『今、どこにいるんだ? 仕事が終わったから迎えに行く』

 尋ねた佑に、クラウスが適当な返事をした。

「んーとね、その辺走ってる」
『車か!』

 とっさに突っ込んできた佑の反射の良さに、香澄は思わず拍手しかける。

「近くにいるから安心して? カスミにんまいもん喰わせてただけだから」
『それは俺の役割だ……』

(餌を与えられる事になってる……)

 香澄も思わず心の中で突っ込みを入れた上で、自分がすっかり食いしん坊キャラに設定されている現実に思わずうなる。

「まー、何はともあれ、このままお持ち帰りはしないから、引き取りにきなよ」

(不在配達!)

 あまりに人権が無視されているので、心の中で突っ込む声もやや的を外している。

「僕ら、これから銀座の寿司屋行くから、現地集合ね」

 そう言ってクラウスは寿司屋の店名を告げ、トンとスマホをタップして電話を切ってしまった。

「お寿司ですか」
「そ! 今回の来日に合わせて予約しておいたから、楽しみなんだ」

 クラウスが嬉しそうに言い、香澄は自分の腹具合モードを変更する。

(お寿司のお腹にしておこう)

「お二人がセレクトするお店なら、楽しみです」
「そーお? そう言ってくれると嬉しいな! 俺たちも一応グルメなつもりだからね」

 車は夕方の店から代々木公園をぐるりとまわり、今は目黒の方に向けて走っている。
 恐らく湾岸近くまで辿り着いたら、再び品川近辺を通って銀座に向かうのだろう。

「普段はどういう物を食べているんですか?」
「んー、色々かな? 新規に訪れる都市とかなら、事前に有名なレストランとかは調べておくけど。あらかた有名店を攻め終わったあとは、その間に仲良くなった人から聞いたB級グルメを攻めるね。国によってゲテモノ扱いされてる物が、フツーに食べられている事もあるし、その辺は偏見なしに楽しむよ」
「あぁ……、お二人らしいです」

「今度一緒にスペイン行こうよ。牛のキンタマのオムレツあるから」
「ぶふっ!」

 いきなりハードルの高いメニューを出され、香澄は噴き出した。

「えー? 結構有名でない? 食べても大した事ないよ?」
「……初めて聞きました……」

「北欧は? 行った事ある? めっちゃザリガニ喰うけど」
「あ、あぁ~……、エビ、カニに似てる事を考えると、なくもない……ですね。見ようによってはシャコの姿形のほうがえぐい事もありますし」

「そうだ! あっはは! バロットはヤバかった!」
「あ、あぁ……!」

 香澄は孵化寸前のアヒルの卵をゆで卵にした物を思いだし、しょっぱい顔になる。

「私、何があってもあれは無理です……。ビジュアルがきつい……。味はどうなんです?」
「見た目ショッキングだけど、食べると割と納得って感じだったよね?」
「うん、卵の方の味は濃くて、雛の方は柔らかい鶏肉って感じで」
「ううう……」

 似たような理由で、香澄はピータンも敬遠している。
 臭豆腐、くさや、シュールストレミング……等々、文字を読んだだけでも「ちょっと……」となる物も多い。
 びっくり記事系のものを読むと、中国では十歳以下の男児の尿で煮たゆで卵があるらしく、無形文化財にも登録されていると聞き、世界の広さを知った。

「私、子供時代に読んでいた科学系の雑誌で、ラップランドではトナカイを余す事なく使うっていう記事も読みましたね」
「あー、ラップランドだけじゃなくて、フィンランドとかあっちのほうでは普通に食べるみたいだね。アルパカも食べるみたい」

「はああ……。フランスのエスカルゴ、カエルもありますしね……」
「グルヌイユね。あれは普通に揚げられて出てくるから、ホントに酒のつまみだよ」

「オーストラリアに行ったら、ワニとカンガルーの肉の試食とか、ざらにあると思うよ。ワニは淡泊だけど、カンガルーは割といける」
「やっぱり、歴史の深さとか土地に根付いている動物とか、色々ありますよねぇ……」

 ぼんやり呟くと、双子がニコニコ笑ってる。

「カスミって結構話が分かるタイプじゃん。そこまで理解があるなら、ちょっと勇気出したらいけるよ。今度一緒にゲテモノ喰いの旅に行こう?」
「え、遠慮します!」
「僕らの周りにいる女の子は、悲鳴を上げて嫌がるからねー。一緒にいて楽しい子がいいよ」

 ケタケタと笑うクラウスの言葉を聞き、ふ……と彼らが周りにいる女性たちの事を、さほど大切に思っていないと言っていたのを思い出した。

「女性たちの中にも、色んな人がいてそういうのにもチャレンジする人はいると思いますが」

 思った事を言ってみると、クラウスが肩をすくめる。
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