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第四部・婚約 編

負け

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 グダグダ言っている間にも、近くのパーキングに停まっていた車が来て乗り込む事になる。

「あの……、いい加減佑さんに連絡したいんですが」
「えー? 必要ないじゃん。許可取ったんだから」

(だからあれは許可って言わない……!)

 心の中で突っ込むが、実際はなまぬるく微笑んだまま何も言えないでいる。

「ディナーの時間まで、ちょっとその辺ドライブしよっか」

 アロイスはドイツ語で運転手に指示をしたあと、ゆったりと脚を組んだ。
 後部座席に三人で座れば、一般人の乗る自家用車ならギュウギュウになってしまう。
 だがクラウザー社のエンブレムがついた車は恐ろしく広く、真ん中に座っている香澄さえもゆとりを感じるほどだ。
 しかもセダンではなく七人乗りタイプなので、さらに車内を広く感じた。

「それにこっちから連絡しなくて、仕事が終わったら即電話してくると思うけど」

 クラウスに言われて腕時計を見れば、あと十分ほどで十七時だ。

(その時に電話を代わってもらって謝ろう……)

 諦めて溜め息をついた時、クラウスが太腿に手を置いてきた。

「んっ!?」

 ギョッとして左隣を見た時、右側からクラウスが肩を組んでくる。

「う……っ」

 完全に逃げられない密室で、香澄は絶体絶命のピンチに陥った。

「それでさ、カスミの夢ってなに?」
「え? 夢?」

 本当に彼らの望みが分からず、香澄は目を瞬かせる。

「将来はでっかい家に住みたい! とかさ、超高級ジュエリーブランドで身を固めたいとか、世界旅行しまくりたいとか。ワードローブを全部好きなブランドで固めるとか」
「はぁ……」

 言われた事は、ほぼ現在すべて叶っている。
 城のような御劔邸に住まわせてもらっているし、佑が様々な宝石や服、時計にアクセサリーを贈ってくれる。
 正直香澄は高級ブランドのどこが何に凝っているだの、長所やカラーなども分からず、何を取っても自分には猫に小判だと思っている。

「あんまり……」
「えぇ? なんで? でっかいダイヤとか、セレブがつけてるようなジュエリー、服とか欲しくない?」
「あんまり……。というか、私に似合わないと思いますし」
「えぇ? そんなの、自分の好きな物を身につけて、自分が嬉しかったらいいじゃん。誰が似合うとかジャッジするの」

 アロイスの言う事は、海外的な考え方で素敵だと思う。
 けれど宝石やブランド服に関しては、心底「あんまり……」なのでどうしようもない。

「あんまり値段が高いと、興味が湧かないんです。宝石を見て綺麗だなと思いますけど、欲しいと思うのは自分でお金を貯めて手が届く範囲の物だけです。ずっしりしたジュエリーなんて、着けていたら落とさないか傷付けないか心配です。そんな感情が先立ってしまうと、それは身につけて楽しむアクセサリーではなくなるんです。服も同じです。私はChief Everyシリーズぐらいの、センスが良くて自分の稼ぎに対しても丁度いいぐらいの服が好きです」

 双子は困惑した顔を見合わせている。

「お二人みたいに華やかで人目を引く人なら、ハイブランドのモノグラム柄のスウェットとか着ていても、とてもお似合いだと思います。日本人でも、とても垢抜けた人だと『似合うな、素敵だな』と思います。でも、私は〝着られてしまう〟のが分かっていますし、着ても萎縮してしまいます。楽しめない服は、Not to meなんです」

 きちんと説明すると、双子はさすがにファッション界にいるだけあって理解を示してくれる。

「まぁ、確かにNot to me理論を出されると『そーだね』としか言いようがないね」
「いま着てる僕らの服もそう?」

 クラウスに尋ねられ、香澄は自分が着ている何十万円もするワンピースにハイヒールなどの一式を鑑みる。

「ん……。まぁ、正直……は」

 双子が同時溜め息をつき、居たたまれない。

「旅行は? 僕らならどこにだって連れて行ってあげるよ?」

 クラウスが太腿を撫でてくるので、香澄はその手を握って彼の太腿に戻す。

「旅行って、行っても一年に一回ぐらいでしょう。私にとってはそれぐらいの頻度が丁度良くて、短期間にあちこち行くものではないと思っています。出張とかなら仕方ありませんが、楽しむための旅行なら、沢山行き過ぎるとありがたみがなくなるというか……」
「でも、一回行ったぐらいじゃその国のことを知れないよ? 京都だってさ、例えば三泊四日で行ったとして、あとから『行っておきたかった、食べたかった』ってもんが出てくるじゃん。それを挽回したいって思わないの?」

「それは……次回のお楽しみじゃありません? まぁ、国内なら比較的簡単に行けるので、年に二回ぐらい、長期休みに行くのならいいと思いますが」
「んー、そうじゃなくてさぁ。働くの辞めて、いい宿に長期滞在して、好きに観光して美味いもん喰うの。俺たちと一緒にいたら、叶えてあげるよ?」

 ますます彼らの望みが分からなくなり、香澄はまた困惑した顔をする。

「……とても失礼な質問をしますが、どうしてお二人と一緒にいるのが前提なんです?」
「「えええ!?」」

 とうとう二人がそろって不満げな声を上げた。

「だって僕らだよ!? カッコイイでしょ?」
「はい」

「『アロクラ』の経営者でデザイナー! 凄くない?」
「凄いです」

「セックス上手いよ?」
「知りません」

「ちん×でかいよ?」
「知りません」

「結婚したら一生遊んで暮らせるよ?」
「どうしてお二人と結婚しないといけないのか、分かりません」

「付き合いたくないの? 女の子が大好きな〝イケメンセレブ外国人スパダリ〟だよ?」
「……佑さん一人で間に合ってます……」

 ぼんやりと、「この人たちは何がしたいんだろう?」と思い、なかば首を傾げつつ香澄は応える。
 逆に双子も困惑しきった顔をし、香澄をまじまじと見てくる。

「……ホントに普通の子?」

 アロイスの質問に、クラウスが分からないという様子で首を左右に振っている。

(困ったなぁ……)

 香澄は溜め息をつき、〝予想〟を話す。

「違っていたら自意識過剰で恥ずかしいんですが、もしかしてお二人って、私がお二人の事をそれらの条件で好きになると思っていましたか?」

 尋ねると、二人がピシッと固まった。

(……あれ。地雷踏んだかな……)

「えぇと……、お二人の事はとてもステータスの高い方だと思いますし、合う人には合って素敵だと思います。明るいですしユニークですし、ムードメーカー的な人が好きっていう人は、すぐに恋に落ちるんじゃないかなと思います」

 アロイスが長い溜め息をつき、脚を組み替える。

「カスミにとってはまったく魅力的じゃない?」
「……残念ながら、私は条件で人を好きにならない……と思います」
「でもさ、タスクだって僕らと似たようなもんじゃん」
「条件は似ていても、中身はまったく違いますし、私との関係性も違いますよね?」

 クラウスが乱暴に息をつき、やはり脚を組み替えてシートに背中を預ける。

「僕らよりタスクのが〝上〟なんだ」

(困ったな……)

 子供っぽい論理を振りかざす双子に、カスミはほとほと困り果てる。

「佑さんと初めて出会った時、確かに『有名人だな』とは思いました。ですが一人のお客様としてお迎えして、そのあとにスカウトを受けました。彼が持つあらゆるステータスに惹かれていたなら、その時に何も迷わずすぐに仕事を辞めて東京に行く事を決意していたと思います。ですが私は、芸能人と遜色ない男性との夢みたいな生活より、自分がコツコツ積み上げた地味な生活を手放すのが非常に惜しかったです。家族も友達も札幌にいますし、飲食店での仕事が性に合っていてとても楽しかったんです。ハッキリ言えば、住む場所を変えての転職はリスクにしかならないと初めは考えていました」

 珍しく、双子は黙って聞いてくれている。

「それを、佑さんは時間を掛けてとても丁寧に説得してくれました。あの熱意がなければ、私は動かなかったと思います。ある種賭けのような人を伴侶、仕事のパートナーとして選び、自分の人生も任せる……。一般人にとってはとても怖い選択です。それを『賭けてみよう』と思わせる将来性と私に対する誠実さと愛情がありました」

 話して、自分の事ながら随分思い切った選択をしたものだと、思わず笑ってしまう。

「お二人はとても素敵です。ですが私が佑さんに感じる魅力や絆、信頼は抱けていません。これからぜひ、日本にいらっしゃったり、私たちがドイツに向かう時があったら、ぜひ佑さんの従兄さんとして仲良くしてください。少しずつ距離を縮めていきましょう」

 ニッコリ笑いかけると、双子が同時に溜め息をつき天井を仰いだ。

「負け!」
「えっ?」
「負けた!」
「えぇっ?」

 双子が〝何〟と勝負していたのか分からず、香澄は交互に左右を見て事情を知りたがる。
 すると今までより随分リラックスした様子のアロイスが、種明かしを始めた。

「俺たち、カスミがタスクの見た目や、金に惹かれて接近したタイプの女だと思ってたの」
「はぁ……」

 まぁ、警戒する気持ちは分かるなと思いつつ、香澄は生返事をする。
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