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第四部・婚約 編

帰宅

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 その後、食事を終えて部屋に戻り、少しだけ佑といちゃついて露天風呂に入ったあと、明日は午前中でチェックアウトなので寝る事にした。

**

 香澄の今までの経験だと、温泉旅館の朝食はもれなくビュッフェだったのだが、やはり高級旅館は違う。
 夕食をとったレストランとは違う場所が朝食会場で、純和風に骨董が混じった不思議な空間で、ビュッフェではない給仕形式で朝食が出る。

 はじめにリンゴ酢が出され、スッキリしたあとにガラスボウルに入った色とりどりのサラダを食べる。
 目の前では固形燃料で温められた、一人用の釜にカニご飯がある。
 宝石箱にも見える綺麗な陶器の箱の中では、乾燥剤を濡らすと高温になるのを利用して海鮮蒸しが作られていた。
 出汁が美味しい豆腐の味噌汁はたっぷりとした器に入り、IHコンロで温められていた湯豆腐は一欠片がとても大きい。
 それも豆の味がしっかりとしていて美味しく、一人二欠片をたっぷり食べた。
 そして厨房から焼きたてのプルプルホカホカのだし巻き卵が運ばれてきて、香澄が目をキラキラさせて拍手している先で、人数分が切り分けられる。
 一欠片がとても大きく、ゴージャスな気持ちになる。
 デザートにはクリームブリュレと、小鉢に入ったフルーツ盛り合わせ、そして美味しい珈琲が出されてフィニッシュだ。

 宿を出る前にもう一度露天風呂に入り、メイクをして準備をする。

「お疲れ様」

 洗面所の女優ライトがついた鏡の前でリップを塗っていると、佑がやってきて頬にキスをしてきた。

「佑さんもお疲れ様」
「香澄は余計に気を遣っただろ。母と双子以外は友好的にしてくれたとはいえ、義理の家族になる人たちだから、どうしても気を張って疲れたと思う」

 佑は洗面台に置かれてあったブラシを手に取り、香澄の髪を丁寧に梳いてくれる。

「帰ったら沢山甘やかしてあげるから、何でも我が儘を言っていいよ」
「んふふ。そんなのいいよ。皆さんに良くして頂いて、こんなに素敵な旅館に泊まれたんだもの。かえってご馳走してもらって申し訳ない」
「結婚しても、俺は香澄ファーストを貫くから」

 佑が身を屈め、香澄の頭にキスをしてきた。

「ありがと」

 鏡越しに微笑みかけ、彼を振り仰ぐと、佑が唇にキスをしてくる。

「あっ」

 リップを塗り立てなのを思いだしてすぐに彼の胸板を押したが、もう遅い。

「……ついてる」

 香澄がトントンと自分の口元を指差すと、唇を赤くした佑が鏡を見て破顔した。

**

 ひとまず車に乗ったあとは現地解散となり、二人は小金井が運転する車に乗って白金台の屋敷を目指した。

 双子は都内にホテルを取っているらしく、佑は「何なら最初からホテルに行けば良かったのに」と文句を言っている。
 アドラーと節子は箱根前はアンネたちの家に泊まっていたが、ずっと世話になるも申し訳ないからと言って、これからは基本的にホテルに泊まり自由行動をするようだ。

 一度、節子の実家である竹本の家にも挨拶するそうで、彼女は「いつか香澄さんに私の親族も紹介するわね。いざという時に助けてもらうといいわ」と言っていた。
 気持ちはありがたいのだが、国産車シェア率ダントツ一位の大企業創業者一族に紹介すると言われても、なんとも言いがたい。
 アドラーはアドラーで、「今度ドイツに来たらブルーメンブラットヴィルを案内させてもらおう。ぜひうちの城にも泊まってくれ。何ならクラウザーの工場見学も興味があったら」など言っている。
 二人とも厚意そのもので言ってくれているのは分かるが、規模が規模なので素直に喜べない自分がいる。

「オーパとオーマのは、基本的に気にしなくていいから。そのうち付き合いで親族に会ったり、ドイツにもいつか行くだろう。それでも香澄は御劔家に嫁ぐのであって、あの人たちの家に直接関係しない。それは覚えておいて」
「う、うん……」

 一般的に考えて、夫になる人の祖父母の親族まで気を回すのは、やりすぎだろう。
 札幌の赤松家の父方母方の事を考えても、何かあった時に会うのは伯父伯母いとこまでで、それ以上遠縁の人は関わらない。
 会う機会があったとしても冠婚葬祭なので、余程の事がなければ交流を持たないのが普通だろう。

(でも世界のクラウザー社の会長さんと、タケモトのお嬢さんに言われると……。うっ、胃が……)

 にこやかな彼らの事を考えるとプレッシャーが掛かり、香澄はあえて好きなコンビニアイスの事を考え始めた。

**

「ただいまー……」

 もはやこの豪邸相手に「ただいま」と言って懐かしむ気持ちになれるので、慣れとは恐ろしい。
 御劔邸は相変わらず豪華なのにスッキリ片付いている。

「お帰りなさい。楽しかったですか?」

 日曜日だが、箱根に行っている金、土曜日と今日の休日を取り替え、斎藤が出迎えてくれる。

「お二人とも、楽な格好に着替えてきてください。飲み物は何がいいですか?」
「あぁー……、斎藤さんだ……」

 母のような斎藤の優しさが染みる。
 彼女が家政婦としてあれこれしてくれるのは佑に雇われているからだが、家に帰って「ただいま」を言える相手がいるというのはいい。

「何か、スッキリするジュースありますか?」
「分かりました。レモンとバナナのスムージーを作りますね。御劔さんは?」
「同じ物でいいです」
「はい」

 荷物は小金井が階段前まで運んでくれ、ボストンバッグを持って自分の部屋に上がる。

「疲れたー……」

 ボストンバッグをその辺に置くと、ベッドまで歩み寄ってボフッと倒れ込む。

(ここ数日、このパターンが多いな……)

 安心して眠っていい場所に帰ると、一気に気持ちが緩む。
 香澄はモソリと仰向けになると、足の親指を使って靴下を脱ごうとする。
 モゾモゾして靴下が半脱ぎになった時、佑がヒョコッと顔を覗かせた。

「下行く? …………あ」
「んあー…………。見なかった事に……」

 ぐうたらしている香澄は、取り繕う元気もなくベッドの上に仰向けになっている。
 そんな姿を見て、佑はクスクス笑いだした。

「靴下、脱ぎたい? 履きたい?」
「んー……、脱ぎたい」
「了解」

 佑は香澄の靴下をスポン、スポンと取り、上半身でねじれているニットに手を掛けて脱がせてくる。

「はい、ばんざいして」
「んー」

 両腕を上げると佑がニットを脱がせてくれ、畳んでベッドの上に置く。

「ジーパンも脱がせるよ」

 ウエストに手が掛かり、ボタンを外しファスナーを下ろされたかと思うと、ライトブルーのジーパンが脱がされる。
 それも佑は三つ折りにし、クローゼットに向かった。

「楽な服は……と」
「パジャマみたいなのがいい」

 疲れのあまり甘えると、佑がクスッと笑って「了解」と返事をする。
 やがて佑は引き出しから、有名ハイブランドのロゴが入ったセットアップを出した。

「あの……、佑さん」
「ん?」
「らくちんブラも出して……」

 だらけきって下着の準備もねだると、佑が破顔した。

「分かった。締め付け続けた三日間、お疲れ様」

 佑がまたクローゼットに向かっている間、香澄はキャミソールの下でブラジャーのホックを外す。

「ふう……」
「随分無防備だな?」

 戻って来た佑が手にしていたのは、香澄が望んでいたスポーツブラではなく、総レースのブラレットだった。

「やだ。なんでそんなやらしいの持ってくるの? しかも黒。スポブラでいいのに」
「香澄が俺に任せたんだろ? これも楽だよ」
「もー……。知った口を利く……」

 香澄はもっそりと起き上がり、佑が渡してきたブラレットに不承不承腕を通す。

「見せて」

 機嫌良さそうに言う佑に向けて、香澄は一瞬だけ両手を挙げて「はい!」とブラレットを着けた姿を見せた。
 そしてすぐにキャミソールを着る。
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