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第二部・お見合い 編
お見合い1
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「ありがとう」
時刻は夕方になっていたので、そのあと二人で夕食の準備をし、風呂など夜の支度をしてから、自然と二人で佑の寝室に向かった。
照明が落ちてから二人で寝る体勢になり、香澄はモソモソと身じろぎする。
――と、佑の手がそっと香澄のお腹に置かれる。
「……いいか?」
求められ、香澄はジワッと頬を染める。
それでも少し迷ってから、やんわりと断りを入れた。
「昨日もしたし、……また今度」
「……ん。ごめん」
佑の残念そうな声を聞くと、胸の奥に鈍い痛みが走る。
「その代わり、くっついて寝ましょう」
「ん」
お互い横向きに向かい合い、香澄は佑の腕の中でドキドキと胸を高鳴らせる。
いまだにこんなに格好いい人と同棲していると自覚できていない。
佑のファンなら数千、数万もいそうだが、半裸の彼に抱き締められて眠っているだなんて知られたら、殺されてしまうかもしれない。
香澄は佑の特別――だからこそ、複雑な感情を胸に抱いていた。
(大丈夫……だよね)
胸の奥で渦巻いている不安は、昼間に佑から聞いた事が原因だ。
佑には何でもない様子を見せたが、実のところ、彼が見合いに行くと聞いてからずっとその事が心を支配していた。
(綺麗な人なのかな。佑さんみたいな人のお見合い相手なら、家柄も良くて身だしなみにも気を遣ってるに決まってる。……着物とか着てきたりして)
会った事もない見合い相手にコンプレックスを抱き、香澄は一人でジリジリする。
(きっと上品で食事をするにもマナーが行き届いてて……)
想像の〝彼女〟を理想化するたびに、どんどん惨めになってくる。
静かに息をつき、佑の胸板に額をつけた。
すると佑も香澄の頭に額をつけてくれる。
布団の中は二人のぬくもりで満ち、呼吸をすれば佑のいい匂いを鼻腔一杯に吸い込む事になる。
幸せの中にいるのに、香澄は自分を抱いている佑を信じられないでいた。
(彼がこうやって自分の〝中〟に私を入れてくれているのは、とても貴重な事なんだ。佑さん本人も、周りの人もずっと彼女がいなかったって言っていたし……。自分に自信がないから佑さんの愛を信じられないなんて、お粗末すぎる)
結局、香澄の心が揺れ動いているのは、自信のなさからなのだ。
(……まだ出会って間もないからだ。三か月経つ頃にはきっともう少し親密になれて、半年、一年経つ頃にはもっと仲良くなれている。そう信じよう。私自身、佑さんに対してまだ壁があるのかもしれない。素の自分を見せて、早く家族っぽくなれるように努力しなきゃ)
自分自身への課題はそう決めて、思考はまた最初に戻る。
(大して仲を深められていないのに、『浮気』なんて言ったら図々しいし、佑さんは『お断りする』って言ってるんだから、悠然と構えていないと)
グルグルと考えていると、考えすぎて脳が煮えたようになり、頭痛を覚えてきた。
「……はぁ……」
思わず溜め息をつくと、佑が額にキスをしてきた。
「眠れない?」
「……大丈夫、です」
「明日も休みだし、眠れなくても大丈夫だよ」
「ふふ、土曜日の夜って一番贅沢です」
「だよな。俺もそう思う」
二人で小さく笑い合ったあと、佑は香澄の顔を上げさせキスをしてきた。
「……ん、……ン」
ちゅ、ちゅ、と唇をついばまれたあとに解放され、色っぽい吐息が漏れる。
神経を緊張させて考え事をしていたところ、優しいキスをされて気持ちが落ち着く。
(寝よう……)
目を閉じて佑のぬくもりと体にかかる腕の重さに気をやると、少しずつ眠気が訪れて、トプンと眠りに淵に落ちてしまった。
**
日曜日はゆっくり過ごし、その翌週も松井を観察しながら仕事をした。
そして一週間もあっという間で、すぐに週末が迫る。
佑は土曜日の昼に、小野瀬百合恵という女性と食事をするらしい。
こういうとき東京に友達がいれば、寂しさを紛らわせるために遊んでくれるかもしれない。
だが会社にいて、四六時中顔を合わせるのは松井のみだ。
昼に社員食堂に行くと、例の三人組が必ず声を掛けてくれて、楽しく過ごせる。
連絡先も交換してもらえたが、まだこちらから「お茶しませんか?」と誘うにはいきなりすぎる気がした。
なので、土曜日は翌週にバレンタインも控えているので、散歩がてら百貨店のバレンタインの催事に行く事にした。
そして土曜日、佑は昼前に家を出る。
彼にその気はまったくないのだが、見合いという事なのできちんと質のいいスーツを着た。
小金井が運転する車に乗り、有楽町にあるフレンチレストランまで行き、時間を確認して店に向かう。
店の最高責任者であるメートル・ドテルが佑を迎え、彼の名前を聞くとすぐに個室に通してくれた。
白い壁には絵画がかかり、温かな照明のあるウッド調の部分は重厚なチョコレート色だ。
照明が煌々と光るというよりも、優しく落ち着いた灯りに包まれた空間になっている。
ホールには白いクロスが掛かったテーブルが並び、着飾った客たちが品良く食事をしていた。
それを横目に佑は個室に入り、自分が一番乗りだった事に少し安堵する。
時間を確認すると十五分前で、まもなく両親と小野瀬家も来るだろう。
(気が重たいな)
目の前には店のロゴの入った色鮮やかなアンダープレートがあり、その上に綺麗に畳まれたナプキンが置かれてある。
磨き抜かれたカトラリーもしっかりセットされ、グラスも一点の曇りもない。
美味しい食事をするのは好きなので、慣れているとは言えいつもレストランに来ると楽しい気持ちになる。
だがこれから来るのは断らなければいけない見合い相手で、百合恵の反応を考えると気が重たい。
少し経つと衛とアンネが現れ、佑が座っている側の上座に腰掛ける。
衛もスーツ姿で、アンネはブランド物のジャケットにブラウス、タイトスカートだ。
「早かったじゃない」
「少し前に着いただけだ」
「食事が終わったあと、私たちは外す予定よ。きちんとお伝えする事があるなら、二人の時に上手くやってちょうだい」
「分かった」
「佑の職種を考えたお相手に声を掛けたつもりだけど、結果的にあなたの仕事にマイナスが出るかは、あなた次第よ」
「分かってる」
相手の小野瀬家は、繊維会社を経営している。
佑のアパレル会社とは切っても切れない業界で、現在直接取り引きはしていないものの、敵には回したくない。
直接やり取りがなくても、小野瀬繊維から業界に佑について悪い噂が流れれば、今後の仕事に差し障りが出るかもしれない。
先週母から今日の予定を聞いた時から、どう言えば上手く収まるかずっと考えてきた。
だが結局相手ありきの事なので、佑の最善の回答でも百合恵が気に食わなければ何の意味もない。
(誠実に対応しよう)
アンネが先走ったがゆえにこのような事になったのだが、母が一人で何でも決めてしまうのは昔からだ。
佑も兄弟たちもそれには慣れていて、尻拭い的な行動が得意になっていた。
やがて小野瀬家の三人も個室に登場した。
「こんにちは。どうも、このたびはご多忙な中ありがとうございます」
眼鏡を掛け温厚そうな小野瀬社長が頭を下げ、佑たちも席から立って会釈をする。
「御劔佑さん、お噂はかねがね窺っていました。今日はお会いできて嬉しいです」
頬を赤らめて会釈をした百合恵は、日本美人という第一印象だった。
線が細くすらりとしていて、どこか柳を思わせる雰囲気がある。
青い振り袖を纏った彼女は、黒髪を結って纏めていたが、きっと解けばサラサラとしたロングヘアなのだろう。
すんなりとした眉に少し細めで黒目がちの目、鼻も唇も小作りで、まさに日本人形のようという感じだ。
彼女の母も似た雰囲気で、三人ともニコニコしてこちらを見ていた。
佑はビジネススマイルを浮かべ、小野瀬家の三人が座ってから再び腰掛ける。
やがてドリンクメニューが運ばれてきて、佑はノンアルコールのワインを頼んだ。
母方の家系が酒にめっぽう強く、佑は飲んでも簡単には酔わない。
それでも大切な席で酒を飲むのは控えておいた。
加えてこれは個人的な思いだが、恐らく微妙な気持ちになっている香澄が一人で過ごしているのに、自分一人だけ酒を飲むつもりになれないというのもある。
他の五人も飲み物を頼み、少ししてから手で摘まめる一口大のアミューズ・ブーシュが出てきた。
時刻は夕方になっていたので、そのあと二人で夕食の準備をし、風呂など夜の支度をしてから、自然と二人で佑の寝室に向かった。
照明が落ちてから二人で寝る体勢になり、香澄はモソモソと身じろぎする。
――と、佑の手がそっと香澄のお腹に置かれる。
「……いいか?」
求められ、香澄はジワッと頬を染める。
それでも少し迷ってから、やんわりと断りを入れた。
「昨日もしたし、……また今度」
「……ん。ごめん」
佑の残念そうな声を聞くと、胸の奥に鈍い痛みが走る。
「その代わり、くっついて寝ましょう」
「ん」
お互い横向きに向かい合い、香澄は佑の腕の中でドキドキと胸を高鳴らせる。
いまだにこんなに格好いい人と同棲していると自覚できていない。
佑のファンなら数千、数万もいそうだが、半裸の彼に抱き締められて眠っているだなんて知られたら、殺されてしまうかもしれない。
香澄は佑の特別――だからこそ、複雑な感情を胸に抱いていた。
(大丈夫……だよね)
胸の奥で渦巻いている不安は、昼間に佑から聞いた事が原因だ。
佑には何でもない様子を見せたが、実のところ、彼が見合いに行くと聞いてからずっとその事が心を支配していた。
(綺麗な人なのかな。佑さんみたいな人のお見合い相手なら、家柄も良くて身だしなみにも気を遣ってるに決まってる。……着物とか着てきたりして)
会った事もない見合い相手にコンプレックスを抱き、香澄は一人でジリジリする。
(きっと上品で食事をするにもマナーが行き届いてて……)
想像の〝彼女〟を理想化するたびに、どんどん惨めになってくる。
静かに息をつき、佑の胸板に額をつけた。
すると佑も香澄の頭に額をつけてくれる。
布団の中は二人のぬくもりで満ち、呼吸をすれば佑のいい匂いを鼻腔一杯に吸い込む事になる。
幸せの中にいるのに、香澄は自分を抱いている佑を信じられないでいた。
(彼がこうやって自分の〝中〟に私を入れてくれているのは、とても貴重な事なんだ。佑さん本人も、周りの人もずっと彼女がいなかったって言っていたし……。自分に自信がないから佑さんの愛を信じられないなんて、お粗末すぎる)
結局、香澄の心が揺れ動いているのは、自信のなさからなのだ。
(……まだ出会って間もないからだ。三か月経つ頃にはきっともう少し親密になれて、半年、一年経つ頃にはもっと仲良くなれている。そう信じよう。私自身、佑さんに対してまだ壁があるのかもしれない。素の自分を見せて、早く家族っぽくなれるように努力しなきゃ)
自分自身への課題はそう決めて、思考はまた最初に戻る。
(大して仲を深められていないのに、『浮気』なんて言ったら図々しいし、佑さんは『お断りする』って言ってるんだから、悠然と構えていないと)
グルグルと考えていると、考えすぎて脳が煮えたようになり、頭痛を覚えてきた。
「……はぁ……」
思わず溜め息をつくと、佑が額にキスをしてきた。
「眠れない?」
「……大丈夫、です」
「明日も休みだし、眠れなくても大丈夫だよ」
「ふふ、土曜日の夜って一番贅沢です」
「だよな。俺もそう思う」
二人で小さく笑い合ったあと、佑は香澄の顔を上げさせキスをしてきた。
「……ん、……ン」
ちゅ、ちゅ、と唇をついばまれたあとに解放され、色っぽい吐息が漏れる。
神経を緊張させて考え事をしていたところ、優しいキスをされて気持ちが落ち着く。
(寝よう……)
目を閉じて佑のぬくもりと体にかかる腕の重さに気をやると、少しずつ眠気が訪れて、トプンと眠りに淵に落ちてしまった。
**
日曜日はゆっくり過ごし、その翌週も松井を観察しながら仕事をした。
そして一週間もあっという間で、すぐに週末が迫る。
佑は土曜日の昼に、小野瀬百合恵という女性と食事をするらしい。
こういうとき東京に友達がいれば、寂しさを紛らわせるために遊んでくれるかもしれない。
だが会社にいて、四六時中顔を合わせるのは松井のみだ。
昼に社員食堂に行くと、例の三人組が必ず声を掛けてくれて、楽しく過ごせる。
連絡先も交換してもらえたが、まだこちらから「お茶しませんか?」と誘うにはいきなりすぎる気がした。
なので、土曜日は翌週にバレンタインも控えているので、散歩がてら百貨店のバレンタインの催事に行く事にした。
そして土曜日、佑は昼前に家を出る。
彼にその気はまったくないのだが、見合いという事なのできちんと質のいいスーツを着た。
小金井が運転する車に乗り、有楽町にあるフレンチレストランまで行き、時間を確認して店に向かう。
店の最高責任者であるメートル・ドテルが佑を迎え、彼の名前を聞くとすぐに個室に通してくれた。
白い壁には絵画がかかり、温かな照明のあるウッド調の部分は重厚なチョコレート色だ。
照明が煌々と光るというよりも、優しく落ち着いた灯りに包まれた空間になっている。
ホールには白いクロスが掛かったテーブルが並び、着飾った客たちが品良く食事をしていた。
それを横目に佑は個室に入り、自分が一番乗りだった事に少し安堵する。
時間を確認すると十五分前で、まもなく両親と小野瀬家も来るだろう。
(気が重たいな)
目の前には店のロゴの入った色鮮やかなアンダープレートがあり、その上に綺麗に畳まれたナプキンが置かれてある。
磨き抜かれたカトラリーもしっかりセットされ、グラスも一点の曇りもない。
美味しい食事をするのは好きなので、慣れているとは言えいつもレストランに来ると楽しい気持ちになる。
だがこれから来るのは断らなければいけない見合い相手で、百合恵の反応を考えると気が重たい。
少し経つと衛とアンネが現れ、佑が座っている側の上座に腰掛ける。
衛もスーツ姿で、アンネはブランド物のジャケットにブラウス、タイトスカートだ。
「早かったじゃない」
「少し前に着いただけだ」
「食事が終わったあと、私たちは外す予定よ。きちんとお伝えする事があるなら、二人の時に上手くやってちょうだい」
「分かった」
「佑の職種を考えたお相手に声を掛けたつもりだけど、結果的にあなたの仕事にマイナスが出るかは、あなた次第よ」
「分かってる」
相手の小野瀬家は、繊維会社を経営している。
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直接やり取りがなくても、小野瀬繊維から業界に佑について悪い噂が流れれば、今後の仕事に差し障りが出るかもしれない。
先週母から今日の予定を聞いた時から、どう言えば上手く収まるかずっと考えてきた。
だが結局相手ありきの事なので、佑の最善の回答でも百合恵が気に食わなければ何の意味もない。
(誠実に対応しよう)
アンネが先走ったがゆえにこのような事になったのだが、母が一人で何でも決めてしまうのは昔からだ。
佑も兄弟たちもそれには慣れていて、尻拭い的な行動が得意になっていた。
やがて小野瀬家の三人も個室に登場した。
「こんにちは。どうも、このたびはご多忙な中ありがとうございます」
眼鏡を掛け温厚そうな小野瀬社長が頭を下げ、佑たちも席から立って会釈をする。
「御劔佑さん、お噂はかねがね窺っていました。今日はお会いできて嬉しいです」
頬を赤らめて会釈をした百合恵は、日本美人という第一印象だった。
線が細くすらりとしていて、どこか柳を思わせる雰囲気がある。
青い振り袖を纏った彼女は、黒髪を結って纏めていたが、きっと解けばサラサラとしたロングヘアなのだろう。
すんなりとした眉に少し細めで黒目がちの目、鼻も唇も小作りで、まさに日本人形のようという感じだ。
彼女の母も似た雰囲気で、三人ともニコニコしてこちらを見ていた。
佑はビジネススマイルを浮かべ、小野瀬家の三人が座ってから再び腰掛ける。
やがてドリンクメニューが運ばれてきて、佑はノンアルコールのワインを頼んだ。
母方の家系が酒にめっぽう強く、佑は飲んでも簡単には酔わない。
それでも大切な席で酒を飲むのは控えておいた。
加えてこれは個人的な思いだが、恐らく微妙な気持ちになっている香澄が一人で過ごしているのに、自分一人だけ酒を飲むつもりになれないというのもある。
他の五人も飲み物を頼み、少ししてから手で摘まめる一口大のアミューズ・ブーシュが出てきた。
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