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第二部・お見合い 編

オンとオフ

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 翌日から、新しい職場で順調に仕事をこなせていけたと思っている。
 出社してその日のスケジュールを確認し、デスクワークとしては秘書課から転送されたメールのチェックや書類作成など。
 秘書課はChief Everyの秘書たちだが、香澄と松井はグループを総合する社長である佑の秘書だ。
 Chief Everyだけでなく、CEP、eホーム御劔からどんどん仕事が回ってきて、それをこなすのに精一杯になる。

 八谷にいた頃はホールスタッフをする社員に比べれば、事務作業が多かった方だった。
 だが今はそれとは比べものにならない。
 佑と交流のある、様々な相手に向けて書類を作る必要がある。
 英文の書類は松井が担当してくれているので、今はまだ助かっていた。
 だが彼がやむを得ず休む時などを考えると、自分も書類作成ができ、海外出張に同行して問題なくアシスタントできる英語力が必要だと痛感する。

(仕事のためにもっと頑張らないと……!)

 松井は決して、香澄を役立たずなど言わない。
 指示を仰げば丁寧に教えてくれるし、時に厳しい事も言うが、すべて道理に適っている。
 決して感情的にならないし、常に温厚なままなので先輩としては最高だった。

 だが彼がとても優秀だからこそ、香澄は「早く追いつきたい。『頼りになりますね』と言われるようになりたい」と焦るようになっていた。
 佑が言っていた語学レッスンの教師は、決められた曜日に自宅に来てくれている。

(もっとレッスンの回数を増やしてもらいたいって、伝えよう)

 仕事をすればするほど、「もっと」という欲が沸き起こる。
 元々香澄が持っていたポテンシャルが、Chief Everyに入って様々な刺激を受け、さらなる成長をしたいと望み、疼いている。

 毎日仕事を楽しいと思い、オフィスでは過集中と言えるほど打ち込み、佑と同行して外出した時は、周囲に気を配った。
 佑、松井、仕事相手、あらゆる人の目線や口調、話している内容や身振り手振り、それらからあらゆる情報を吸い取ろうと観察する。
 人間観察は、八谷時代に身につけたスキルだ。
 顔と名前を覚えるのも得意で、その点については松井に褒められた。
 そして会食や会議、商談などで佑が先方にどのような態度を取ったかを記憶に残し、今後その相手とまた仕事をする時に、佑にどのような情報を与えれば一番いいのか学んでゆく。

「あの方は和食がお好きだから、次の会食の時には気に入るようなレストランをピックアップ」
「あの方はお嬢様へのお土産をご所望だから、スイーツが持ち帰りできるフレンチなどをセレクト」
「あの方は最近体調を気にされているから、ヘルシーな食事を出す店を選択」

 会食をするレストランひとつにしても、香澄はそのようにどんどん情報を得ていった。
 松井ファイルにもそれらの情報は書かれてあったが、すべて覚えるよりもこうして肌で感じていった方が早い気がした。
 今になって、松井が「ファイルを元に、あとは実践で」と言っていたのがよく分かる。
 家に帰ったあとも名刺交換した相手のデータを纏めたり、贔屓にしている店以外に、良い店がないかチェックをする。
 佑は「少しオンオフを切り替えた方がいいよ」と言ってくれるが、香澄は「もっと……」「早く……」と焦りを感じて堪らない。

 そんな香澄に業を煮やした佑が、寝る時間になり問答無用で香澄を抱き上げたのは、一月三十一日金曜日の夜だ。




「っきゃあっ!?」

 いまだリビングでノートパソコンを開いてカタカタとタイピングしていた香澄を、佑が抱き上げた。

「っ佑さんっ!?」
「家に帰ってまで仕事をするんじゃない」

 香澄を小脇に抱えたまま、佑は作りかけのデータを上書き保存し、シャットダウンしてしまう。
 そしてのしのしとリビングを出て、フェリシアに照明を落とさせた。

「な……っ、何……っ!?」
「さっきテーブルの上にあったのは?」
「ぱっ……ぱそこん……」
「そうじゃない。その隣」

 佑は玄関ホールを突っ切り、階段を上がっていく。

「ノ、ノートとシャーペン?」
「もう一つは?」
「……ドラエナ……」

 ドラエナとは、『ドラゴンエナジー』というカフェイン系のエナジードリンクだ。

「そんな物を飲んでまで、仕事をするもんじゃない」
「そんな物って……ぁあっ!」

 ボフンッとキングサイズのベッドに放り出され、香澄は悲鳴を上げる。

「無理をして倒れられたら困る」

 仰向けになった香澄の上に佑が四つ這いになって覆い被さり、ジロリと見下ろしてきた。

「う……。す、……すみません……」
「ホワイト企業で何度もトロフィーをもらっているChief Everyの秘書が、一人でブラック化して倒れただなんて、世間に示しが付かない」
「……仰る通りです……」

 佑は溜め息をつき、しゅんとして脱力した香澄の頭を撫でてきた。

「仕事に身を入れてくれるのは嬉しいし、仕事を楽しいと感じてくれるのも嬉しい。でもちゃんとオンオフを切り替えて。そうでないなら、もう少し負担する仕事を軽くするよう松井さんと相談する」

 そう言われ、やる気に満ちていた気持ちがしぼんでいく。

「……申し訳ございません。自己管理、ちゃんとします」

 佑の言う通り、オンオフを切り替えて自己管理ができてこそ、佑の秘書として相応しい。

「……松井さんも、週末は奥さんと一緒に料理を作ったり、ドライブや小旅行を楽しんでいるって言っていました。奥さんと映画にも行くし、目に付いたお店に入って食事を楽しんで……」

 口にすると、松井が随分人生を謳歌しているように感じる。
 それに引き換え自分は必死さが浮き彫りになり、どうにも軽やかに生きていない。

「松井さんと自分を比べるのはよすんだ。圧倒的な経歴の差があるし、年齢、経験共に勝てないだろう」
「……はい。……んっ」

 話しながら、佑は香澄のルームウェアを脱がしてくる。

「家では香澄を恋人として可愛がらせてほしい」

 今度は指の背で頬を撫でられ、愛しげな目で見つめられた。

(そうだ……。東京に来たのは、仕事もあるけど佑さんの気持ちに応えるためでもあって……)

 何かに没頭しやすい性格だと自覚はしていても、これではあまりにもお粗末だ。

「……私、自分に余裕がなかったのかもしれません」
「うん」

 香澄のルームパンツを脱がせ、佑は返事をする。

「『環境が変わったし、全部頑張らないと』って、気合いを入れすぎていたのかも」
「うん。気持ちは分かる。でも、もう少し肩の力を抜いていいよ。昼間は仕事をして、夜はプライベートで恋をして……。できるだろう?」
「……はい」

 言われたのは、ごく簡単な事だ。
 秘書なので定時のあとも会食の同行など仕事はあるが、家に帰れば二人は社長と秘書ではなく、同棲する男女になる。
 昼間は仕事、仕事が終わったら自由時間。
 家に帰れば恋人になろうと言ってくれているハイスペック美男がいて、彼といちゃつき、愛情を深め、また朝になれば仕事に向かう。

(皆が普通にしてる事だ。……『それができない』って落ち込むんじゃなくて、佑さんの言う通り肩の力を抜くんだ……)

 佑は目の前でTシャツを脱ぎ、また香澄の頭を撫でてくる。

「ん……」

 佑の手はよしよし、と頭を撫でたあと、香澄の頬も撫でる。
 そして美しい顔が迫ったかと思うと、優しく唇を押しつけられた。

「ん、……ん」

 ちゅっちゅっと音を立ててキスをされ、色々考えていた脳内がぼんやりとしてくる。


(いい匂い……)

 息継ぎの合間に佑の匂いを吸い込み、ゆっくり吐くと同時に体をリラックスさせた。

「可愛いよ、香澄。本当は昼間からずっと、君が気になって仕方がなかった。意識的に『仕事をしないと』と思わないと、目で香澄を追い続けてしまいそうだった」
「それは駄目」

 クスクス笑って、香澄は佑の唇をちう……と吸う。

「ずっと触りたかった」

 佑の手が背中に潜り込み、プツンとブラジャーのホックを外す。

「ん……っ、ぁ……」

 佑の手が潜り込み、香澄の乳房を撫でてくる。
 何度か彼の手が往復するうちに、刺激を受けた先端がツンと尖ってきた。

「ん、ん……、ン」

 また唇が重なり、今度は彼の舌が潜り込む深いキスをされる。
 勃起した乳首を指で優しくクリクリと撫でられると、自然とお腹の奥が甘く疼いてきた。
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