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第二部・お見合い 編

重役たちと会食1

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 着物を着たスタッフが飲み物のオーダーを尋ねてきて、佑がシャンパンを頼んだので、香澄も同じ物をオーダーした。

(せっかく紹介してくれるんだから、お酒を飲まないとかつまらない事はしないでおこう。でも酔っ払って醜態さらしてもいけないから、今の一杯と乾杯の二杯目だけ。あとはウーロン茶にしておこう)

 特にメニューを見ずに佑と同じシャンパンと決めてしまったのだが、あとからお茶を飲もうとして、お茶一杯にしても玉露やらさまざまなお茶の種類があって、困り果てたのは別の話だ。
 やがて時間前になり、『Chief Every』の副社長、本城学(ほんじょうまなぶ)と、『eホーム御劔』の社長、矢崎雄三(やさきゆうぞう)、Chief Everyの子会社でありIT部門が独立した『M-tec』の社長、真澄豊(ますみゆたか)が揃い、食事が運ばれてきた。
 全員の飲み物が揃って乾杯し、一口飲んだ所で真澄が話し掛けてくる。

「香澄ちゃんって呼んでいい?」
「あっ、はい」

 思わず頷いた香澄の反応をチラッと窺ってから、佑が溜め息をつく。

「真澄、香澄はあまり断れない性格だから、あまりグイグイくるなよ?」
「分かってるって。勿論、そう呼ぶのはプライベートの時だけだし」

 真澄は全体的に〝濃い〟人で、眉毛や髪の毛などの毛量もあり、目も大きく派手目な印象がある。
 パッと見の印象で、アウトドアが好きそうな社交的な人、と思ってしまった。
 本城はがっしりめの体型のナイスミドルで四十代後半ほど、俳優にいそうな雰囲気だ。
 矢崎は逆に細身で眼鏡を掛けたインテリそうな五十代半ばの男性で、物静かそうな感じだった。

「あ、あの。私の事は気にせず、どうぞお気軽に。勿論、公私を分けて頂けたら助かりますが」

 香澄が言うと、真澄はニカッと笑って佑に「なっ?」とサムズアップしてみせる。
 先付にはズワイガニの甲羅の中に、カニの身や野菜、湯葉などがゼリー寄せされ、いくらが掛かった物が出された。

(綺麗。美味しそう)

 ご馳走を前にして香澄はニコニコし、佑や他の人が箸を付けたのを見てから自分も箸を取った。

「二人のなれそめって結局どうなの? 佑からは『札幌でスカウトした』って聞いたけど」

 今度は朔が質問してきて、香澄はギクリと体を強張らせる。

「……ここだけの話にしてほしいんだけど、接待先の店に香澄がエリアマネージャーとして勤務してて、一目惚れしたんだ。それで口説き倒して無理矢理来てもらった」

 佑がバニーガールの件を伏せてくれ、香澄は内心ホッとする。

「へぇ? 香澄ちゃん、素材いいもんね」

 朔までも〝香澄ちゃん〟呼びをしてきて、どことなく面映ゆい。
 佑はチラッと朔の方を見て、食事を続ける。

「社長が決まった相手を見つけて、私は嬉しいですよ。上司ですが年齢的には息子みたいなものですから、早く幸せになってほしいと思っていましたから」

 本城が向かいで微笑み、香澄は何も言えず赤面する。

「ありがとうございます。ですが電撃的に出会っての今が三か月目ですから、まだお互いを知り合っていく段階です」
「いいですねぇ、まだ付き合い立てホヤホヤじゃないですか」

 本城が微笑む隣で、矢崎は早くも先付を食べ終え、黙って日本酒を飲んでいる。

「俺の秘書も、今日は香澄ちゃんの話題で持ちきりだったよ」

 真澄が言い、そこまで話題がいっていたのかと香澄は思わず俯く。

「秘書たちはどんな反応でした?」

 佑がやんわりと全員に尋ね、彼の意図を察した四人が少し間を置く。

「私の秘書……井内は『好感触でした』と言っていましたけどね。ですが社長が気にされている、秘書課内での女性の感情までは少し……。井内は男ですから」

 まず本城が言い、香澄はそこで初めて佑の質問の意図を知る。

「俺の所は独立してるから、情報がまだきてない感じかな。一応、『社内を案内されてる人がいた』っていう話題は出てるけど、それが社長秘書だとはまだ分かっていないみたいだ。でも同じオフィス内だし、時間の問題かな」

 朔が続け、ビールを一口飲んだ真澄が軽く手を挙げる。

「俺の所はちょっと噂になってる感じかな」

 彼の言葉を聞き、香澄はドキッとして顔を上げた。
 食事は盆の上に小鉢が五つのせられた旬菜が出され、小さな胡麻豆腐やおひたし、一口の冷製ポタージュなど、目にも楽しく少しずつ味も楽しめる物だ。
 けれど香澄は会話の内容が気になり、いまいち食事に集中できない。

(佑さんと一緒にいると、多分こうやって食事よりも会話が中心っていう事が多くなるんだろうな。ご馳走は食べられるけど、真剣な話が多いっていうか……。それは心得ておこう)

 食を大切にする香澄としては、せっかくのご馳走なら集中して味わいたい。
 だが佑が忙しい人なのも理解しているし、彼と一緒にいると何かしら大切な話がつきまとうのも、短い付き合いでよく分かっていた。

「俺の秘書が赤松さんの事を『知ってますか?』って聞いてきたから、佑から聞いてた一般的な回答はしておいた。冗談交じりに『社長秘書の繰り上がり狙ってた?』って聞いたら、ビミョーな反応だったな。あと、そういうのをガチで望んでる秘書もいたみたいで」

(あー……。やっぱり……)

 ねっとりとした豆腐を一口くちに入れ、香澄は胡麻の香りを感じながら息をつく。
 佑ほどの若く美しく、才気溢れる独身社長なら、その傍らにいたいと望む女性秘書がいてもおかしくない。
 競争率が恐ろしく高い中、有能な松井がいたから、全員牽制し合って現状維持が続いていたに違いない。
 その前にいた第二秘書も男性だったらしいし、佑が意図的に女性を側に置かなかった可能性もある。

(それで女性の私が来たなら、新しい秘書が来た以上に話題になるに決まってる)

「まぁ、今まで佑は側に女性秘書を置かなかったし、話題になって当然じゃないか?」

 真澄が、香澄がいま思ったのと同じ事を言う。

「一般社員に対してフレンドリーだからこそ、社員の中には勘違いする者もいた。今まで何度告白されたか知らないけどさ」

 真澄の言葉を聞いて思い出したのは、昼間に社員食堂で成瀬から聞いた話だ。
 恐らく彼女が言っていた飯山という女性たちも、ガチ勢と言われる部類なのだろう。

「俺は社員には手を出さないと決めてる」

 美しい所作で食事をしながら、佑が言う。

「それは分かってるけどさ、香澄ちゃんが例外なんだろ? これから荒れるかもしれないけど、自分でしっかり責任持てよ? って話だ」

 会話が少し不穏になり、香澄はチラッと佑を窺う。
 彼は物言いたげに真澄を見つめていたが、息をつき頷いた。

「分かってる。今はなるべく、会社で普通に接するように心がけるし、必要以上に親密そうな空気も出さない」
「どうだかなぁ。俺、昼に社食で見かけたけど、向ける目がもう違ってたけど」

 朔に突っ込まれ、佑は意識していなかったのかガクッと俯いた。

「それだけ夢中になってるのは分かるけどさ……、脇の甘さから崩れてくのだけはやめろよ? 最悪、皆の前で関係を公言しちゃう形になるかもしれないけど、そうなったら香澄ちゃんが可哀想だ」
「……分かってる」

 佑はまた同じ返事をし、あまり気が乗ってなさそうに箸を動かす。
 いつも自信満々で香澄を引っ張っていく佑が、友人に忌憚ない意見を言われている姿は新鮮だった。

(これだけ遠慮なく言える友達なんだ……。高校時代からって言ってたっけ)

 十年以上の付き合いで、今は仕事のパートナーなら、お互い意見を戦わせる事もあるだろう。
 その上で親友関係が続いているのなら、絆が深い訳だ。

「脅す訳じゃないけど、香澄ちゃんは覚悟があって入社したんだよね?」
「真澄」

 矛先を香澄に変えた真澄を、佑が制す。

「はい」

 だが香澄も、佑に一方的に守られてばかりではないと、一度は覚悟を決めた。
 きっぱりと返事をすると、四人の香澄を見る目が少し変わった気がした。

「勿論、札幌を出る前に沢山悩みました。自分のような者が社長に選ばれるなんて、ただでは済まないと思っています。会社内でも、いずれ世間的にも、何か言われるだろうという覚悟は決めました。……実際、何かが起こらないと、どれだけの規模の問題なのか分かりませんが……」

 佑が無言で隣から手を伸ばし、香澄の左手を握ってくる。

「嫌な思いをさせてさせてすまない」とその手が言っている気がし、香澄は微笑んで彼の手を握り返した。
「そこまできちんと覚悟決めてるなら、俺は全面的に協力したい」

 だが真澄にそう言われ、朔にも「俺も」と言われて香澄は「えっ?」と彼らを見る。

「佑から話は聞いてたけど、香澄ちゃんがどういう子かは知らなかったから、ちょっと試すような言い方をしてごめん。見た所きちんとしていてまともそうだし、言い方は悪いけど自分の分をわきまえてる。……佑が選んだのがそういう子で良かったって、今思ってるよ」
「あ……、確かに、初対面ですものね……。大切な親友がこんなにハイスペックなら、心配して当然ですし」

 遅れて真澄たちが何を心配していたのかを理解し、香澄は苦笑いする。

「ごめん。疑ってた訳じゃないんだ。ただ俺たちにとって、佑は大切な友人であり、その存在が世界を動かす大事な人物だ。正直、今までも佑に近付こうとした女性が大勢いた。分かりやすいハニトラには引っかからなかったものの、ずっと特定の相手を作らなかった佑が、わざわざ札幌から連れて来たっていうから、少し心配になっちゃったんだ」

 朔も言い訳をし、「ごめんね」と両手を合わせる。

「いいえ。皆さんが社長を大切にしてくださっているのが分かって、嬉しいです」

 本心からの言葉を言うと、それまで黙っていた矢崎が口を開いた。
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