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第二部・お見合い 編
社員食堂
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もう一度外に出たあと、「本当は必要ありませんけどね」と言って住居スペースの方に進む。
エレベーターに乗って十一階まで行くと、目の前にホテルのロビーのような空間が広がった。
フロントのようにカウンターがあり、そこに年配の男性と三十代ほどの女性が立っていて、二人を見て会釈をしてくる。
「ここが住居スペースのエントランスです。向こうにはポストや宅配ボックスがありますね。コンシェルジュカウンターの向こうから住居スペース、三十二階までありますが、二十階はパブリックスペースで、ジムやプールがあります」
「ほう、凄い」
「三十二階の半分はスカイレストランになっていて、オフィスからも繋がっています。勿論、住居スペースのプライバシーは守られています」
「こう……。オフィスと住居スペースが逆の方が良かった……という事はありませんか? 何か、高層マンションなので、皆さん高い場所に住みたがりそうです」
偏見だが、高層マンションに好んで住まう人は、より高い所を好むのではと思っての質問だ。
「それは初期計画でも上がったのですが、万が一火事や災害があった時、少しでも地上に近い方が避難しやすいと社長が判断されました。高いだけのマンションに住みたいなら、別の場所もあるから……と」
「あぁ……、確かに」
自社の社員の命も勿論大切だろうが、自社ビルに人が住んでいるとなれば、その安全も確保しなければいけない。
「他、TMタワーに住んでいるメリットとして、タワー内での買い物の無料配送や食品の割り引きなどがありますね。時期になればChief Every製品のセールもよりお買い得に……とか」
「それはお得ですね」
「場所的にも駅に近いですし、TMレジデンスに住みたがる方は多いですね」
三十二階まで行けばスカイレストランからオフィスにも繋がっているが、そこまでのエレベーターは住人のみ使える。
オフィスとの境目は、社員証がなければ行き来できないシステムだ。
TMタワーの一般客は商業施設のエレベーターから直接三十二階まで行くので、二人がいた所からオフィスに向かうのは不可能なので、もう一度一階に下りてからオフィスに戻ったのだった。
「それでは」
三十三階まで着いたあと、廊下の途中で井内と別れる。
「ただいま戻りました」
一仕事終えて社長秘書室に入ると、パソコンに向かっていた松井が「お帰りなさい」と顔を上げた。
「どうでしたか?」
「凄かった……です。あと、デパ地下で食べたい物がありました」
「それは何よりです。私も時々、お惣菜を買って帰りますよ。ひとまず、お疲れ様です。お昼休みまであと少しですから、あとはお茶でも飲んで過ごしてください」
「分かりました。社長にもお茶をお出ししますね」
「ええ、お願いします」
立派なビルで働けるのだと理解すると、胸の奥がキラキラした感情で満たされる。
(早く社長のお役に立てるようになろう)
お湯を沸かし、松井マニュアルを思い出しながら緑茶を淹れていく。
そして湯飲みの一つをお盆に置き、少し呼吸を整えてから隣の部屋に続くドアをノックした。
「失礼致します。お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
プレジデントチェアに座っていた佑は顔を上げ、ブルーライト対策の眼鏡を外し微笑んだ。
「見学はどうだった?」
「凄かったです。こんな立派なビルで働けるの、光栄です。社長のお役に立てるよう、粉骨砕身励ませて頂きます」
微笑んだ香澄は、デスクの上に静かに茶托(ちゃたく)に載せられた湯飲みを置いた。
「もう少しで昼か」
佑は伸びをしてから、お茶を一口飲む。
「午後は取材を受けに社外に行くから、同行して松井さんの動きを学ぶといいよ」
「はい」
「昼は一緒に社食で食べようか」
「一緒にいていいんですか?」
「赤松さんは今日からだから、俺と一緒にいても誰にも怪しまれないよ」
佑がきちんと〝赤松さん〟と公私を分けてくれたのを聞いて、香澄は安堵する。
「それに、他の部署の人とも交流する機会じゃないか?」
「……だ、大丈夫……でしょうか? その、自惚れかもしれないですが、やっかみとか……」
香澄も会社の人と仲良くなりたい気持ちはあるが、先ほど秘書課に挨拶しに行った時の視線を思い出してしまった。
純粋な興味もあったが、「自分を差し置いてポッと出のあの人が社長秘書に?」という視線も勿論あった。
社内全員の女性が佑に恋をしているなど思わないが、香澄を快く思わない人は少なからずいるだろう。
「新しい秘書として紹介すれば、俺の側にいてもおかしくないし。松井さんも、社食で食べる時はいつも俺と一緒だよ?」
「そうなんですか?」
「秘書課にも仲のいい人はいるけど、その時により……かな。松井さん、基本的に秘書室や、他の所で奥さんお手製の弁当が基本だけど」
「あぁ、そうですよね」
「俺も斎藤さんの弁当の時があるけどね」
「あ、あぁー……。……お揃いになりません?」
同じ家に住んでいたなら、弁当の中身も同じになりがちだ。
幾ら家政婦でも、まったく別の弁当を作れというのは、斎藤に酷な気がする。
「それならここで食べればいいよ。何も人目につく場所に行く必要はないから」
「あ、そうですよね」
八谷に勤めていた時代は、基本的にコンビニおにぎりを事務所で囓っていたので、社員食堂やお弁当などに慣れていない。
「という事で、今日は一緒に社食に行こう。弁当と社食の頻度は一対三ぐらいかな? 弁当の方がエコだけど、社食の味付けを確認するのも兼ねているんだ」
「確かに……、季節でメニューが変わるって井内さんが仰っていました」
「うん。基本的に社食スタッフに味は任せているけど、お金を払ってもらう以上、社員も客だからね。そこはしっかり、周りの反応を見ながらチェックしないとと思ってる」
「なるほど……。では、本日のお昼、ご同行致します」
「ん」
そのあと一度秘書室に戻って一休みしたあと、時間になると、佑が迎えに来た。
「私も本日はご同行しますよ。一緒にいたほうがカモフラージュになると思いますし」
「ありがとうございます」
連れ立って社長秘書室から出たあと、三人は観葉植物で区切られた社長と来客専用エレベーターに乗り、四十一階に向かった。
フロアに着くとすでに人が大勢いて、佑の姿を見て「こんにちは」と気軽に挨拶をしてくる者もいた。
廊下をまっすぐ歩くと先ほども行った広い社員食堂に着き、活気づいた場で社員たちが笑顔を見せていた。
「私は席を取っておきますから、お二人は先にどうぞ」
松井に言われ、佑は「ありがとうございます」と列の方に向かうので、香澄も礼を言って彼に続いた。
「沢山種類がありますね。社長は何をお召し上がりになりますか?」
「和食かな。赤松さんは?」
「んー、全部美味しそうですね……」
思わず本音で「全部」と言ってしまったのだが、その食いしん坊精神が佑にヒットしたらしい。
彼は横を向き、クックック……と肩を揺らして笑う。
そこに、女性の明るい声がした。
「社長、こんにちは! そちらの女性は?」
見ると、二人の後ろに香澄と年齢の近そうな女性が三人並んでいる。
「あぁ、成瀬(なるせ)さん」
佑が女性たちを見て話し掛け、微笑む。
「こちらは赤松香澄さん。今日づけで社長秘書になった人だ」
「へぇー!? 社長秘書に!? 今まで見かけなかった顔だけど、他部署にいた?」
青髪ショートヘアの成瀬に親しげに話し掛けられ、香澄も思わず笑顔になる。
「いえ。その……」
それでも何と説明したものかと思っていた時、佑が補足説明する。
「中途採用なんだ」
「そうなんですね!?」
三人が揃って声を上げ、興味を隠さず香澄を見てきた。
香澄がイタリアンブースに向かうと、三人もついてきて一気に畳みかけてきた。
「赤松さん、一緒に食べていい?」
「え、はい。喜んで」
「よっしゃ!」
もう一人、赤髪ミディアムボブの女性がガッツポーズを取った。
「女子トークしよ」
さらにもう一人の女性は、黒髪ストレートが綺麗だ。
三人に限らないが、Chief Everyは社員の服装が自由な所も多いのか、必ずしも全員がスーツやオフィスカジュアルという訳ではなかった。
エレベーターに乗って十一階まで行くと、目の前にホテルのロビーのような空間が広がった。
フロントのようにカウンターがあり、そこに年配の男性と三十代ほどの女性が立っていて、二人を見て会釈をしてくる。
「ここが住居スペースのエントランスです。向こうにはポストや宅配ボックスがありますね。コンシェルジュカウンターの向こうから住居スペース、三十二階までありますが、二十階はパブリックスペースで、ジムやプールがあります」
「ほう、凄い」
「三十二階の半分はスカイレストランになっていて、オフィスからも繋がっています。勿論、住居スペースのプライバシーは守られています」
「こう……。オフィスと住居スペースが逆の方が良かった……という事はありませんか? 何か、高層マンションなので、皆さん高い場所に住みたがりそうです」
偏見だが、高層マンションに好んで住まう人は、より高い所を好むのではと思っての質問だ。
「それは初期計画でも上がったのですが、万が一火事や災害があった時、少しでも地上に近い方が避難しやすいと社長が判断されました。高いだけのマンションに住みたいなら、別の場所もあるから……と」
「あぁ……、確かに」
自社の社員の命も勿論大切だろうが、自社ビルに人が住んでいるとなれば、その安全も確保しなければいけない。
「他、TMタワーに住んでいるメリットとして、タワー内での買い物の無料配送や食品の割り引きなどがありますね。時期になればChief Every製品のセールもよりお買い得に……とか」
「それはお得ですね」
「場所的にも駅に近いですし、TMレジデンスに住みたがる方は多いですね」
三十二階まで行けばスカイレストランからオフィスにも繋がっているが、そこまでのエレベーターは住人のみ使える。
オフィスとの境目は、社員証がなければ行き来できないシステムだ。
TMタワーの一般客は商業施設のエレベーターから直接三十二階まで行くので、二人がいた所からオフィスに向かうのは不可能なので、もう一度一階に下りてからオフィスに戻ったのだった。
「それでは」
三十三階まで着いたあと、廊下の途中で井内と別れる。
「ただいま戻りました」
一仕事終えて社長秘書室に入ると、パソコンに向かっていた松井が「お帰りなさい」と顔を上げた。
「どうでしたか?」
「凄かった……です。あと、デパ地下で食べたい物がありました」
「それは何よりです。私も時々、お惣菜を買って帰りますよ。ひとまず、お疲れ様です。お昼休みまであと少しですから、あとはお茶でも飲んで過ごしてください」
「分かりました。社長にもお茶をお出ししますね」
「ええ、お願いします」
立派なビルで働けるのだと理解すると、胸の奥がキラキラした感情で満たされる。
(早く社長のお役に立てるようになろう)
お湯を沸かし、松井マニュアルを思い出しながら緑茶を淹れていく。
そして湯飲みの一つをお盆に置き、少し呼吸を整えてから隣の部屋に続くドアをノックした。
「失礼致します。お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
プレジデントチェアに座っていた佑は顔を上げ、ブルーライト対策の眼鏡を外し微笑んだ。
「見学はどうだった?」
「凄かったです。こんな立派なビルで働けるの、光栄です。社長のお役に立てるよう、粉骨砕身励ませて頂きます」
微笑んだ香澄は、デスクの上に静かに茶托(ちゃたく)に載せられた湯飲みを置いた。
「もう少しで昼か」
佑は伸びをしてから、お茶を一口飲む。
「午後は取材を受けに社外に行くから、同行して松井さんの動きを学ぶといいよ」
「はい」
「昼は一緒に社食で食べようか」
「一緒にいていいんですか?」
「赤松さんは今日からだから、俺と一緒にいても誰にも怪しまれないよ」
佑がきちんと〝赤松さん〟と公私を分けてくれたのを聞いて、香澄は安堵する。
「それに、他の部署の人とも交流する機会じゃないか?」
「……だ、大丈夫……でしょうか? その、自惚れかもしれないですが、やっかみとか……」
香澄も会社の人と仲良くなりたい気持ちはあるが、先ほど秘書課に挨拶しに行った時の視線を思い出してしまった。
純粋な興味もあったが、「自分を差し置いてポッと出のあの人が社長秘書に?」という視線も勿論あった。
社内全員の女性が佑に恋をしているなど思わないが、香澄を快く思わない人は少なからずいるだろう。
「新しい秘書として紹介すれば、俺の側にいてもおかしくないし。松井さんも、社食で食べる時はいつも俺と一緒だよ?」
「そうなんですか?」
「秘書課にも仲のいい人はいるけど、その時により……かな。松井さん、基本的に秘書室や、他の所で奥さんお手製の弁当が基本だけど」
「あぁ、そうですよね」
「俺も斎藤さんの弁当の時があるけどね」
「あ、あぁー……。……お揃いになりません?」
同じ家に住んでいたなら、弁当の中身も同じになりがちだ。
幾ら家政婦でも、まったく別の弁当を作れというのは、斎藤に酷な気がする。
「それならここで食べればいいよ。何も人目につく場所に行く必要はないから」
「あ、そうですよね」
八谷に勤めていた時代は、基本的にコンビニおにぎりを事務所で囓っていたので、社員食堂やお弁当などに慣れていない。
「という事で、今日は一緒に社食に行こう。弁当と社食の頻度は一対三ぐらいかな? 弁当の方がエコだけど、社食の味付けを確認するのも兼ねているんだ」
「確かに……、季節でメニューが変わるって井内さんが仰っていました」
「うん。基本的に社食スタッフに味は任せているけど、お金を払ってもらう以上、社員も客だからね。そこはしっかり、周りの反応を見ながらチェックしないとと思ってる」
「なるほど……。では、本日のお昼、ご同行致します」
「ん」
そのあと一度秘書室に戻って一休みしたあと、時間になると、佑が迎えに来た。
「私も本日はご同行しますよ。一緒にいたほうがカモフラージュになると思いますし」
「ありがとうございます」
連れ立って社長秘書室から出たあと、三人は観葉植物で区切られた社長と来客専用エレベーターに乗り、四十一階に向かった。
フロアに着くとすでに人が大勢いて、佑の姿を見て「こんにちは」と気軽に挨拶をしてくる者もいた。
廊下をまっすぐ歩くと先ほども行った広い社員食堂に着き、活気づいた場で社員たちが笑顔を見せていた。
「私は席を取っておきますから、お二人は先にどうぞ」
松井に言われ、佑は「ありがとうございます」と列の方に向かうので、香澄も礼を言って彼に続いた。
「沢山種類がありますね。社長は何をお召し上がりになりますか?」
「和食かな。赤松さんは?」
「んー、全部美味しそうですね……」
思わず本音で「全部」と言ってしまったのだが、その食いしん坊精神が佑にヒットしたらしい。
彼は横を向き、クックック……と肩を揺らして笑う。
そこに、女性の明るい声がした。
「社長、こんにちは! そちらの女性は?」
見ると、二人の後ろに香澄と年齢の近そうな女性が三人並んでいる。
「あぁ、成瀬(なるせ)さん」
佑が女性たちを見て話し掛け、微笑む。
「こちらは赤松香澄さん。今日づけで社長秘書になった人だ」
「へぇー!? 社長秘書に!? 今まで見かけなかった顔だけど、他部署にいた?」
青髪ショートヘアの成瀬に親しげに話し掛けられ、香澄も思わず笑顔になる。
「いえ。その……」
それでも何と説明したものかと思っていた時、佑が補足説明する。
「中途採用なんだ」
「そうなんですね!?」
三人が揃って声を上げ、興味を隠さず香澄を見てきた。
香澄がイタリアンブースに向かうと、三人もついてきて一気に畳みかけてきた。
「赤松さん、一緒に食べていい?」
「え、はい。喜んで」
「よっしゃ!」
もう一人、赤髪ミディアムボブの女性がガッツポーズを取った。
「女子トークしよ」
さらにもう一人の女性は、黒髪ストレートが綺麗だ。
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