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第二部・お見合い 編
初出勤2
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やがてエレベーターは三十三階に着く。
目の前には濃いブラウンの壁に、立体的なロゴでChief Everyと描かれたものが、間接照明で照らされていた。
(インパクトある……。それで、お洒落!)
その左側には、エレベーターに対して斜めに受け付けのカウンターがある。
けれど今は受付係も勤務前なので、誰もいない。
エレベーターを下りた左隣には、さらにエレベーターが四基あって、恐らくビルの一階から繋がっているものだと推測される。
「まず、普段使う社長秘書室や、社長室の案内を私がしますね。その後、始業時間になりましたら、ご自身で秘書課を訪れてください」
「はい」
松井に言われ、佑と三人で廊下の奥に進んで行く。
(高層ビルの三十三階とはいえ、受付と同じ階にあると来客は便利だろうな。多分、それが狙いなんだろうか)
廊下を進むとやがて『社長室』と書かれたドアがあり、佑は「じゃあ」とスマホをかざしてロックを外し、そちらに入っていく。
その隣には『社長秘書室』とあり、松井が同様にドアを開けた。
「どうぞ、我々の城へ」
いつもと変わらない穏やかな声で言い、松井はコートを脱ぐ。
「赤松さんの席は、手前のどちらを使っても結構です」
言われて部屋の中央を見ると、松井のものとおぼしきデスクが窓側に配置され、その手前にデスクが二つ向かい合わせになっている。
(あれ? これはどう見ても秘書の机が三つ……)
「秘書ってもう一人いるんですか?」
香澄の質問に尋ねる前に、松井はドアを開けて隣の準備室らしき部屋に入る。
「ロッカーがありますので、コートや私物はこちらにどうぞ」
「はい」
松井がコートをハンガーに掛けるのを横に、香澄もコートとマフラーを取ってロッカーに収める。
「元々、第二秘書がいたんですよ」
「はい」
これだけの大企業なら、社長づきの秘書が二、三人いてもおかしくない。
「ですが事情があり退職しました。最初は社長が人づてに私に声を掛けてくださり、しばらくの間は私が一人で社長秘書を務めていました。やがて企業の巨大化に伴い、もう一人が増えたのです」
「その方が辞められて、私……なんですね?」
香澄はぼんやりと、女性秘書が出産をして辞めたのだろうか、と考える。
「そうです。私もそろそろ定年が見えてきた年齢ですし、これからの社長とChief Everyを任せる後継者をしっかり育てたいと思っています」
「はい」
松井の言葉を聞き、香澄はしっかり頷く。
佑の〝特別〟だから、ついでに雇ってもらったという〝お飾り秘書〟は絶対に嫌だと思っている。
八谷でも自力でエリアマネージャーの座を勝ち取った自負があり、ジャンルの違う職業になっても、働きたい、認められたいという欲はしっかりある。
今までほぼ仕事中心に生きてきた。
だからこそ、香澄は「周りに絶対認めてもらうんだ」という気持ちで、この日を迎えていた。
佑に強いスカウトを受け、彼に求愛され一緒に暮らしているからと言って、仕事までおんぶに抱っこされるつもりはない。
(しっかり松井さんから学んで、〝自分〟の仕事をするんだ)
話の途中で、松井は秘書室内にあるキッチンの説明をする。
食器は高価な物らしく、取扱注意だ。
コーヒー豆や紅茶、茶葉なども、厳選した物らしく、「せっかくの物ですから美味しい淹れ方をあとで伝授します」と言われ頷く。
何かがあった時のために、胸ポケットにはペンとメモを入れている。
一通り社長秘書室を案内されたあと、松井がデスクに着いたので香澄も倣う。
「先ほどのお話ですが、近いうちに第三秘書も、と社長はお考えです」
「はい」
(やっぱり第二秘書が経験なしだと頼りないよね)
少し落ち込むものの、それは仕方がないと自分に言い聞かせる。
「先に説明させて頂きますが、いずれ私がいなくなっても大丈夫なための人員確保です。社長も私も、札幌での赤松さんの仕事ぶりは見ていますし、期待していますよ」
「はい!」
やはり上司に「期待している」と言われると、「頑張りたい!」と思える。
その後、松井の指示通りメールソフトを立ち上げ、どのようなラベリングの時にどう対処するかを教わる。
デスクの上には仕事用のスマホとタブレットが置かれてあり、電源を入れてアプリの確認などもした。
さらにドアで隔てられた社長室にも入り、佑が普段どのような場所で仕事をしているかも知る。
一面の窓を背景にデスクがあり、その前に高級家具の応接セットがある。
壁際には書類が収められた棚が並び、コーナーには観葉植物も置かれて目に優しい。
「こちらは隠し部屋になります」
佑がデスクについてパソコンを見ている前で、松井は壁際まで行く。
彼は近付かないと分からない場所にある出っ張りに指を掛け、パカリと壁に隠してあるボタンを出した。
「おお……」
思わず声を出す香澄の前で松井はボタンを押す。
するとスーッと目の前の壁がスライドした。
「い、いいんですか?」
「はい。お疲れの時、空き時間でお休みになられる時があります。その時に起こす必要もありますから」
言われた通り、隠し部屋の中にはベッドやソファセット、テレビなど寛げる空間があった。
その奥にはどうやら洗面所やバスルームもあるらしく、ここだけでも生活できそうだ。
「あそこにあるのが、先ほど言っていましたエレベーターになります」
「あ、ホントだ」
松井が手で示した先、隠し部屋の中にエレベーターが一基ある。
「そこはあとで、俺が案内するよ」
デスクから佑が声を掛けてきたが、香澄は仕事モードなので「はい」と会釈をするのみだ。
そのあと始業時間が近くなり、また社長秘書室に戻った。
どのような内容のメールがきているか確認していると、松井が声を掛けてきた。
「そろそろ秘書課の方に挨拶をどうぞ」
「あっ、はい!」
「井内さんという、副社長秘書にオフィスとビル内の案内を頼んでいます」
「分かりました。行ってきます!」
香澄はパソコンをスリープにし、「よし!」と気合いを入れて社長秘書室を出た。
先ほどのエレベーターホールに向かうと、受付に女性が二人いた。
「あ、初めまして。私、本日から社長の第二秘書となりました、赤松香澄と申します」
ペコリと頭を下げ挨拶をすると、受付の女性も会釈をしてくれた。
会社の顔とも言える受付には挨拶をしなくては、と思ったので、それができて満足する。
社長室含め、重役や秘書たちがいるのは同じフロアだ。
エレベーター前にあるマップを見て確認してから、香澄は廊下を進んでいった。
秘書課とプレートのあるドアをノックすると、すぐに「はい」と応じる人がいた。
「失礼致します。本日から社長の第二秘書として働かせて頂きます、赤松香澄と申します。ご挨拶に参りました」
(うっ……)
ドアから一歩入って挨拶をし、顔を上げると視線を浴びていると気付いて一瞬たじろぐ。
(わっ……綺麗な……人……)
パッと見たところ、十人ほどの秘書たちがいて、特に女性は清潔感のある美人ばかりだ。
男性も見た目から「仕事ができそう」という雰囲気があり、一気に場違い感を覚える。
「僕は井内響(いうちきょう)と申します。松井さんよりお話は伺っています」
横から声を掛けられ、はっとそちらを見ると背が高く、優しげな男性が微笑んでいる。
「あっ、赤松です! どうぞ宜しくお願い致します」
「では行きましょうか。ビル内は広いので、午前中一杯使うと思います」
「はい!」
その後、井内と共にエレベーターホールまで行き、ワンフロア上に向かう。
三十四階に着くと、やはりChief Everyのロゴがある。
「会社のロゴはChief Everyオフィスのすべての階にあります。Chief Everyというブランドで働いている意識を持ってほしいという、社長の理念です」
「はい」
確かにファッション雑誌を開けば、必ずあらゆるジャンルで目にするChief Everyは、ブランド力がある。
その上位にあるCEPがパリコレにも出るラグジュアリーブランドなら、なおさらだ。
オフィスフロアは基本的にガラスパーテーションで区切られ、三十三階よりずっと開放的で明るく見える。
三十四階から三十七階まで、総務部、法務部、人事部、経理部、商品開発部、IT部、営業部、販売・販売促進部、企画部がある。
IT部はまるごと子会社『M-tec』のフロアになっていて、そこに朝に名前を聞いた真澄豊という社長がチームを率いているようだ。
三十九、四十階はCEPのフロアであり、そこはChief Everyとは独立して朔というメインデザイナー中心に仕事をしているらしい。
目の前には濃いブラウンの壁に、立体的なロゴでChief Everyと描かれたものが、間接照明で照らされていた。
(インパクトある……。それで、お洒落!)
その左側には、エレベーターに対して斜めに受け付けのカウンターがある。
けれど今は受付係も勤務前なので、誰もいない。
エレベーターを下りた左隣には、さらにエレベーターが四基あって、恐らくビルの一階から繋がっているものだと推測される。
「まず、普段使う社長秘書室や、社長室の案内を私がしますね。その後、始業時間になりましたら、ご自身で秘書課を訪れてください」
「はい」
松井に言われ、佑と三人で廊下の奥に進んで行く。
(高層ビルの三十三階とはいえ、受付と同じ階にあると来客は便利だろうな。多分、それが狙いなんだろうか)
廊下を進むとやがて『社長室』と書かれたドアがあり、佑は「じゃあ」とスマホをかざしてロックを外し、そちらに入っていく。
その隣には『社長秘書室』とあり、松井が同様にドアを開けた。
「どうぞ、我々の城へ」
いつもと変わらない穏やかな声で言い、松井はコートを脱ぐ。
「赤松さんの席は、手前のどちらを使っても結構です」
言われて部屋の中央を見ると、松井のものとおぼしきデスクが窓側に配置され、その手前にデスクが二つ向かい合わせになっている。
(あれ? これはどう見ても秘書の机が三つ……)
「秘書ってもう一人いるんですか?」
香澄の質問に尋ねる前に、松井はドアを開けて隣の準備室らしき部屋に入る。
「ロッカーがありますので、コートや私物はこちらにどうぞ」
「はい」
松井がコートをハンガーに掛けるのを横に、香澄もコートとマフラーを取ってロッカーに収める。
「元々、第二秘書がいたんですよ」
「はい」
これだけの大企業なら、社長づきの秘書が二、三人いてもおかしくない。
「ですが事情があり退職しました。最初は社長が人づてに私に声を掛けてくださり、しばらくの間は私が一人で社長秘書を務めていました。やがて企業の巨大化に伴い、もう一人が増えたのです」
「その方が辞められて、私……なんですね?」
香澄はぼんやりと、女性秘書が出産をして辞めたのだろうか、と考える。
「そうです。私もそろそろ定年が見えてきた年齢ですし、これからの社長とChief Everyを任せる後継者をしっかり育てたいと思っています」
「はい」
松井の言葉を聞き、香澄はしっかり頷く。
佑の〝特別〟だから、ついでに雇ってもらったという〝お飾り秘書〟は絶対に嫌だと思っている。
八谷でも自力でエリアマネージャーの座を勝ち取った自負があり、ジャンルの違う職業になっても、働きたい、認められたいという欲はしっかりある。
今までほぼ仕事中心に生きてきた。
だからこそ、香澄は「周りに絶対認めてもらうんだ」という気持ちで、この日を迎えていた。
佑に強いスカウトを受け、彼に求愛され一緒に暮らしているからと言って、仕事までおんぶに抱っこされるつもりはない。
(しっかり松井さんから学んで、〝自分〟の仕事をするんだ)
話の途中で、松井は秘書室内にあるキッチンの説明をする。
食器は高価な物らしく、取扱注意だ。
コーヒー豆や紅茶、茶葉なども、厳選した物らしく、「せっかくの物ですから美味しい淹れ方をあとで伝授します」と言われ頷く。
何かがあった時のために、胸ポケットにはペンとメモを入れている。
一通り社長秘書室を案内されたあと、松井がデスクに着いたので香澄も倣う。
「先ほどのお話ですが、近いうちに第三秘書も、と社長はお考えです」
「はい」
(やっぱり第二秘書が経験なしだと頼りないよね)
少し落ち込むものの、それは仕方がないと自分に言い聞かせる。
「先に説明させて頂きますが、いずれ私がいなくなっても大丈夫なための人員確保です。社長も私も、札幌での赤松さんの仕事ぶりは見ていますし、期待していますよ」
「はい!」
やはり上司に「期待している」と言われると、「頑張りたい!」と思える。
その後、松井の指示通りメールソフトを立ち上げ、どのようなラベリングの時にどう対処するかを教わる。
デスクの上には仕事用のスマホとタブレットが置かれてあり、電源を入れてアプリの確認などもした。
さらにドアで隔てられた社長室にも入り、佑が普段どのような場所で仕事をしているかも知る。
一面の窓を背景にデスクがあり、その前に高級家具の応接セットがある。
壁際には書類が収められた棚が並び、コーナーには観葉植物も置かれて目に優しい。
「こちらは隠し部屋になります」
佑がデスクについてパソコンを見ている前で、松井は壁際まで行く。
彼は近付かないと分からない場所にある出っ張りに指を掛け、パカリと壁に隠してあるボタンを出した。
「おお……」
思わず声を出す香澄の前で松井はボタンを押す。
するとスーッと目の前の壁がスライドした。
「い、いいんですか?」
「はい。お疲れの時、空き時間でお休みになられる時があります。その時に起こす必要もありますから」
言われた通り、隠し部屋の中にはベッドやソファセット、テレビなど寛げる空間があった。
その奥にはどうやら洗面所やバスルームもあるらしく、ここだけでも生活できそうだ。
「あそこにあるのが、先ほど言っていましたエレベーターになります」
「あ、ホントだ」
松井が手で示した先、隠し部屋の中にエレベーターが一基ある。
「そこはあとで、俺が案内するよ」
デスクから佑が声を掛けてきたが、香澄は仕事モードなので「はい」と会釈をするのみだ。
そのあと始業時間が近くなり、また社長秘書室に戻った。
どのような内容のメールがきているか確認していると、松井が声を掛けてきた。
「そろそろ秘書課の方に挨拶をどうぞ」
「あっ、はい!」
「井内さんという、副社長秘書にオフィスとビル内の案内を頼んでいます」
「分かりました。行ってきます!」
香澄はパソコンをスリープにし、「よし!」と気合いを入れて社長秘書室を出た。
先ほどのエレベーターホールに向かうと、受付に女性が二人いた。
「あ、初めまして。私、本日から社長の第二秘書となりました、赤松香澄と申します」
ペコリと頭を下げ挨拶をすると、受付の女性も会釈をしてくれた。
会社の顔とも言える受付には挨拶をしなくては、と思ったので、それができて満足する。
社長室含め、重役や秘書たちがいるのは同じフロアだ。
エレベーター前にあるマップを見て確認してから、香澄は廊下を進んでいった。
秘書課とプレートのあるドアをノックすると、すぐに「はい」と応じる人がいた。
「失礼致します。本日から社長の第二秘書として働かせて頂きます、赤松香澄と申します。ご挨拶に参りました」
(うっ……)
ドアから一歩入って挨拶をし、顔を上げると視線を浴びていると気付いて一瞬たじろぐ。
(わっ……綺麗な……人……)
パッと見たところ、十人ほどの秘書たちがいて、特に女性は清潔感のある美人ばかりだ。
男性も見た目から「仕事ができそう」という雰囲気があり、一気に場違い感を覚える。
「僕は井内響(いうちきょう)と申します。松井さんよりお話は伺っています」
横から声を掛けられ、はっとそちらを見ると背が高く、優しげな男性が微笑んでいる。
「あっ、赤松です! どうぞ宜しくお願い致します」
「では行きましょうか。ビル内は広いので、午前中一杯使うと思います」
「はい!」
その後、井内と共にエレベーターホールまで行き、ワンフロア上に向かう。
三十四階に着くと、やはりChief Everyのロゴがある。
「会社のロゴはChief Everyオフィスのすべての階にあります。Chief Everyというブランドで働いている意識を持ってほしいという、社長の理念です」
「はい」
確かにファッション雑誌を開けば、必ずあらゆるジャンルで目にするChief Everyは、ブランド力がある。
その上位にあるCEPがパリコレにも出るラグジュアリーブランドなら、なおさらだ。
オフィスフロアは基本的にガラスパーテーションで区切られ、三十三階よりずっと開放的で明るく見える。
三十四階から三十七階まで、総務部、法務部、人事部、経理部、商品開発部、IT部、営業部、販売・販売促進部、企画部がある。
IT部はまるごと子会社『M-tec』のフロアになっていて、そこに朝に名前を聞いた真澄豊という社長がチームを率いているようだ。
三十九、四十階はCEPのフロアであり、そこはChief Everyとは独立して朔というメインデザイナー中心に仕事をしているらしい。
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