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第二部・お見合い 編

片付け

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「どの業界で仕事をしていても、嫌な事を言う人はいるものですよ。私の場合、御劔さんお抱えの家政婦をさせて頂いているので、余計に」

 クスッと笑った斎藤の微笑みの中に、年上の女性ならではの経験値を感じた。

「家政婦業界でも、やっぱり雇い主さんの話になったりするんですか?」

 サラダのためのレタスを洗いながら尋ねると、ドレッシングを作ったあと、玉子焼きに取り掛かっている斎藤が頷く。

「私はフリーでやらせて頂いていますけれどね。それでも登録協会はありますし、派遣会社もあります。会社でやっているところは、社員内での報告、連絡、相談が大切になりますから、自然と情報共有があるんです。勿論、外部には漏らしませんけどね」
「ほぉ……」

「家政婦同士では仕事内容をどうこう言う事はありませんが、やはり雇い主さんについての不満など、ある人はあるようです」
「確かに、全員が理想の顧客とは言えませんものね」

「基本的にご不在の時に掃除も含めやる事が多いのですが、ご在宅の時に仕事をする場合もありまして。その時に色々あるようです」
「はぁ……、なるほど……」

 深くは聞かないが、家の人がいる前で家政婦の仕事をするというのも、ある意味大変そうだ。
 香澄からすれば家事をしてくれてありがたい限りだが、もしかしたら、家政婦だからと言って下に見てくる人もいるのかもしれない。
 斎藤は自分の事なので〝家政婦〟と言っているが、世間的には〝家事代行〟とも呼ばれている。
 女性が就くイメージの強い他の職業も含め、色々大変そうだな、と香澄は思うのだった。



 やがて七時二十分前には朝食ができ、香澄は佑と食卓に向かい合わせに座っていた。

「いただきます」
「いただきます」

 斎藤は早朝からの勤務なのに、恐らくその前に朝食をとったらしい。
 今は残り物を保存容器に入れ、後片付けをしている。
 そして食事の途中にチャイムがなり、斎藤が「松井さんですね」と出迎えに行った。

「おはようございます」

 スーツを着た松井が入ってきて、香澄は食事を中断して立ち上がる。

「おはようございます!」
「おはようございます、赤松さん。私は毎日お迎えに上がりますので、気遣いは無用です」
「は、はい……」

 おずおずと着席したが、どうも落ち着かない。

(でも慣れないといけないんだろうな)

 松井は玄関にあるコートフックに外套を掛けているようで、スーツ姿だ。
 彼は持っていたブリーフケースからタブレット端末を出すと、ダイニングに近付いてスケジュールを確認し始めた。

「本日、午前中に重役会議のあと、昼は朔さま、真澄さまと和食レストランでお食事になります。午後はそのまま、お世話になっている会社三社にご挨拶に伺ったあと、夕食も『eホーム御劔』社長の矢崎(やさき)さまとお食事となります」
「分かりました」

(こうやって食べながらスケジュールを確認するんだ)

 秘書の仕事を確認しつつ、香澄はもくもくと食事を続ける。

「赤松さん」
「ふぁい」

 松井に呼ばれ、香澄は慌てて返事をする。
 視線の先、松井は紙袋から一冊のファイルを取りだし、テーブルの上に置く。

「社長からお窺いかもしれませんが、こちらが秘書の業務内容を纏めた資料になります。目を通して把握して頂けたらと思います」
「はい!」

 ようやく仕事に関わる行動ができると、香澄は背筋を伸ばす。




 食事が終わったあと、佑は身支度をして持ち歩き用の薄型ノートパソコンで、何か作業を始めていた。
 松井は場所が決まっているようにソファに座り、彼もまた自分のタブレット端末を見ている。

(もうこれは、毎日のルーティンなんだろうな)

 香澄はなるべく邪魔をしないように、自分も歯磨きなどを終えたあと、二人の中間に座ってファイルを開き始めた。

「何か分からない事がありましたら、一日の最後に纏めておいて頂けると助かります。翌朝、そちらを見てお食事中に回答致しますので」
「はい」

「社長も仰っていると思いますが、すぐにすべて覚えようとせずとも大丈夫です。何度も繰り返し読んで、あらかた覚えた頃に出社し、一緒に働いていきましょう」
「分かりました」

 やがて時間になり、二人は玄関に向かう。
 香澄は斎藤と共に玄関まで見送りに行った。

「いってらっしゃいませ」

 松井と斎藤がいる手前、佑とどう話していいか分からず、少し秘書っぽく他人行儀な言い方になる。
 が、佑は構わずいつも通りの笑みを浮かべた。

「いってきます、香澄」

 手を伸ばしてポンポンと頭を撫で、彼は松井が開けた玄関ドアを通って外に出ていった。




 結局その後、香澄は松井のファイルで勉強をする事にした。
 予定では午前中のうちに昨日の買い物商品がドッと届くらしく、その片付けもしなくてはいけない。

「物凄い買い物をされたんですよ……。ありがたいんですけど……」

 朝食後のコーヒーを淹れてくれた斎藤に打ち明けると、彼女は「あー……」と半ば同情の入った表情で微笑んだ。

「荷物の搬入は、離れにいる男性陣が手伝ってくれますが、女性の部屋なのでこまごまとした物の整頓は私が手伝いますね」
「ありがとうございます」

 どう考えても、化粧品をとってもすべて収まるのか分からない。
 どっしりとした収納スペースの多いドレッサーだが、さらに引き出しの中に物を細分化して入れられるケースが必要になるのでは……と思う。
 ドレッサーに収まりきらなかった物も、段ボールのまま放置しきれないし、プラスチックのケースでいいので何か必要になるのでは……と考えた。
 最初にあの自動で服が回るクローゼットを見た時、「こんな広いクローゼットが埋まるほど、服はいらないしな」と思ったが、昨日の買い物量で、すでに収まるかどうかが不安になっている。

(ウォークインクローゼットの方にも置く事を考えないと)

 少し前までは、自分が部屋ほどある広さのクローゼットを使う身になるなど、思ってもみなかった。
 当面の間、荷物整理をし、合間に勉強をする生活をしようと決めるのだった。



 昼前になってドドッと荷物が届き、まず離れで円山たちが対応してくれた。
 円山が受け取りの手続きをし、配達員とその他若い男性二名が、離れにある台車も使い母屋まで荷物を運んできた。
 玄関が埋め尽くされそうになった頃合いで、今度は男性二人が次々に二階に運んでいく。
 香澄と斎藤も勿論手伝っているが、男性二人のパワーとスピードが凄い。

「お二人に任せて、私たちはお部屋の整理をしましょうか」
「は、はい」

 確かにこのままでは、開封していない段ボールで二階のリビングと廊下が埋まりそうだ。
 斎藤があらかじめ予備も用意していた、段ボールの封を開ける道具で開封し、中身を出しては片付けていく。
 最初は実物を前にして「凄い……」とたじろいでいたが、いちいち感動していては片付かない。
 初めのうちこそ、ショッパーやリボン、同封されているサンプルはどこに置こう……など考えていたが、それもひとまとめにしてあとで考える事にした。
 百貨店ではビューティーアドバイザーが白手袋をして扱うコスメの箱を、素手で扱っていく。

(こんな体験、一生しないかもしれない。麻衣に『何てバチあたり!』って言われそう)

 内心泣きながら、表面上は無心で箱を開け、片付け……という事を続けていく。
 やがて段ボールがすべて二階に運ばれ、二人の男性は離れに戻っていった。

「今のお二人、滝沢裕貴(たきざわひろき)さんと、久保夏哉(くぼなつや)さんと仰います。背の高いほうが滝沢さんで、塩顔の方が久保さんです」
「はい」

 手を動かしながら、斎藤が紹介してくれる。

「離れでの警備体制は、円山さんが常駐してお住まいの他、お二人が交代で通いの勤務になっています。時に円山さんがいながらオフという事もあるので、滝沢さんと久保さんのみが警備をする事もあります」
「そうなんですね。あとでご挨拶したいです」
「はい」

 そのあとは、御劔家に出入りする業者の事など、この家に関する話を聞きながら、二人でテキパキと手を動かしていった。
 午前中だけでは勿論片付かず、途中でランチ休憩を取って斎藤と二人で讃岐うどんを食べる。
 そして午後からまた、二人で片付けを始めるのだった。

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