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第一部・出会い 編
プライベートジェット1
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それが十一月下旬の事で、香澄は週明けに東京出張から戻って来た札幌支部長に、事のあらましを伝えた。
支部長は八谷から話を聞いていたようで、思っていたよりもずっとあっさりと退職を認められた。
佑から八谷に連絡があり、その後八谷も本社の方で手を回したのか、続く札幌のエリアマネージャーも本社で候補が決定されるようだった。
十二月はただでさえ忙しいのに、香澄は通常勤務に加え、引き継ぎ業務に追われる。
時々「なぜこんなに忙しいのか」と自分自身に尋ねたくなったが、自分が決めた事なので仕方がない。
八谷の札幌支店の店長や社員たちにも新しいエリアマネージャーの事を伝え、次の人が来たらサポートしてくれるよう頼んだ。
佑からは頻繁にコネクターナウで連絡があり、電話する事もあった。
たわいのない話題ばかりなのだが、香澄の現状を気にしているようにも思える。
そのうち『eホーム御劔』の社員が香澄を訪ねてきて、自宅に荷物がどれぐらいあるかなど確認もした。
結局、プロに任せれば荷物は一日で纏められると分かり、引っ越し当日は新千歳空港まで行けば、佑のプライベートジェットにすべての荷物が載せられるのだと言う。
それを羽田空港に着いたあとは、東京の社員たちが荷物を引き受け、佑の家まで運ぶという流れだ。
本来ならクリスマスは例年通り麻衣と泊まりで過ごしたかったのだが、ほんの少し麻衣と飲んで済ませる。仕事納めのあとは、退社飲み会を忘年会と共に行った。
そして事前に佑が「元旦に少し顔を出して、赤松さんのご親戚に挨拶をしたい」と言い、大事になるので必死に断ったのだが、「いずれ親族になるのだから」と押し切られた。
毎年元旦は中央区にある母方の祖母の家に兄弟、いとこが全員集まるのだが、そこにあの御劔佑が降臨したのだから、とんでもない騒ぎになった。
女性陣は香澄とのなれそめを聞きたがり、男性陣は「まず酒を飲んでからだ」と次々に佑にビールや日本酒を注ぐ。
意外だったのは、佑がどれだけ飲んでも顔色一つ変えず、いつまでも涼しい顔をしてニコニコ対応している事だ。
「イケメンは酒まで強いんだな」と全員が感心し、「香澄をどうぞ宜しくお願いします」という流れになる。
二日まで香澄は実家で過ごし、佑は例のホテルに宿泊していた。
三日になると特別に『eホーム御劔』の社員が香澄の荷物を纏め、そのまま新千歳空港に向かう。
元旦早々申し訳なさがあったが、佑が特別手当を出したらしく喜んで仕事をしてくれた。
あらかじめ売ってしまう家具や、捨てる物などは区別しておいたので、作業は比較的スムーズに済んだ。
香澄は運転手が運転する車に佑と乗り、VIP待遇で空港まで行った。
そして普通なら空港内に入り、保安などを通るはずなのだが、車はそのまま滑走路の中を進む。
佑のプライベートジェットは、一般的な旅客機に比べると小さめと言えるが、個人が所有するには大きすぎるほどだ。
後ろで荷物の運び入れをしている間、香澄は中を案内されていた。
「機長と客室乗務員は、毎回派遣の人にお願いしている。直接雇用の場合、何かあった時に替えがきかないから」
タラップを踏んで中に入ると、入り口には制服を着た機長がいてまず挨拶する事になる。
それから佑は、「客室乗務員さんも」と紹介する。
客室乗務員はお洒落な制服を着ていて、それは佑が自らデザインした物だと言う。
基本的に飛行機は使用しない時は整備など含め、契約を結んでいる航空会社に委託しているのだとか。機長、客室乗務員ともにそのフライトごとに派遣の者に担当してもらうのが、一番合理的らしい。
挨拶が終わったあと、香澄はセレブの世界に足を踏み入れた。
「わぁっ!? あ? え?」
香澄が知っている〝飛行機〟というのは、エコノミークラスだ。
有名航空会社と格安航空会社では、機体、席に多少の違いがあり、サービスの差もあると分かっている。
だが目の前にあるのはそれらとはまったく違う世界だった。
「これってファーストクラスですか!?」
目に入ったのはゆったりとした白い革製のシートだ。
それぞれボックスになっていて、プライバシーが守られるようになっている。
席数はざっと見たところ二十ぐらいだ。
「普通の飛行機とは違うから、クラスはないけど、基本装備はファーストと遜色ない感じかな」
「ファーストって乗ったことありません!」
「そうか、なら堪能してもらえると嬉しい。ざっくり全体を紹介するから、奥へ」
言われて着いていくと、次に広がったのはどう見てもスイートルームのリビングだ。
やはり白いロングソファが配置されていて、前にはローテーブルもある。
壁は重厚なチョコレート色で、足元にある深紅の絨毯や鏡のような光沢を見せるテーブルも相まって、高級ホテルにいるようだ。
もちろん大画面のテレビもあり、ゲーム機まであった。
その次の空間はダイニングになっていて、長いテーブルを向かい合った椅子が囲んでいる。椅子の数もざっと二十席で、この飛行機の基本的な数が分かった。
先ほどのリビングもだが、天井にはデザインチックな照明があり、本当にホテルなのでは、と思う煌びやかさがある。
次の部屋は会議室になっていて、飴色のテーブルを囲んで複数人が対話できるようになっている。
収納式のスクリーンがあり、USBポートや電源などもすべて完備されていた。
さらに奥は佑の書斎になっていて、使い心地の良さそうなデスクやソファセット、クローゼットなどがある。
一人掛けのリクライニングソファは、足を投げ出して座ったら気持ちよさそうだ。
さらにその奥まで来て、香澄は「うっ」と思った。
一番奥はベッドルームになっていて、クイーンサイズのベッドがある。
ゆったり寛ぐためのソファセットがあり、好きな物を飲めるよう冷蔵庫などもある。
大きなクローゼットも勿論あり、ここで着替えて就寝するのだろう。
「一番後ろは、シャワールームと洗面所になっている。手洗いも各所にあるから、好きに使って」
言われて恐る恐る洗面所を覗くと、飛行機にあると思えない光景が広がっている。
照明は金色で高級感があり、黒い壁を後ろに磨き上げられた大きな鏡がある。
洗面のボウルは二つあって、そのどちらも白い大理石だ。
ガラスドアの向こうにあるシャワー室の壁は黒っぽい大理石で、ホースシャワーだけでなく、真上から降り注ぐレインシャワーなども、最新式のタッチパネルで操作できるようになっている。
「パネルは、このガラスを不透明にするのとか、鏡の曇り留め、換気とか色々あるよ」
中に入った佑がパネルの一つをタッチすると、スケスケのガラスドアがサッと真っ白になった。
「わっ、これ、海外ドラマの会議室とかで見るやつ!」
「お気に召して光栄だ」
しかもこのシャワー室が一つだけでなく、奥にもう一つある。
加えて試しに覗いてみたトイレは、香澄がよく知るエコノミークラスのトイレとは大違いだ。
広くて明るく高級感溢れていて、まさしくホテルのトイレという感じだ。
「……凄い……」
もう、溜め息しか出てこない。
「これから出張のたびに、香澄にも乗ってもらうよ」
「あぁ……はい……」
この空飛ぶホテルが身近になっただなんて、いまだに信じられない。
目の前にあるのはショールームか何かで、〝見学〟が終わったら札幌の自宅に帰るのだという気すらする。
「とりあえず、羽田までは一時間半ぐらいだから、一番前の席に戻ろうか」
「は、はい」
香澄は普段着のままで、ジーパンにセーター、その上にコートとマフラー、靴はムートンブーツという格好だ。
自分がこの煌びやかな飛行機に似合わないと思い、気後れして堪らない。
佑もとてもカジュアルな格好だ。
クラッシュデニムにセーター、その上に黒いコートとマフラーという、香澄と大して変わらないコーディネートなのに、全身からこなれ感が伝わってくる。
シンプルなアイテムしか身に纏っていないのに、異様にお洒落に見えるのだ。
(きっとこのモデル体型とか、顔の良さもあるんだろうなぁ……)
溜め息をつきながら一番前まで戻り、「適当な席に座っていいよ」と言われたので、佑が座った席の通路を挟んで向かい側に座った。
ファーストクラスもビジネスクラスも経験がないが、目の前にはエコノミークラスよりずっと大きな液晶画面があり、席の後ろにはコートを入れる細いクローゼットもある。
他には筆記具や本などを置くスペース、棚も完備されていて、ここから動かなくて済むようになっていた。
(ここだけでも、十分だよなぁ……)
恐らく、このボックスはフルフラットになるのだろう。
(どこをどうやってベッドにするのかな?)
キョロキョロしていたところ、客室乗務員に声を掛けられた。
「こちら、飲み物と軽食のメニューになります。離陸後、機体が安定してからになりますが、お窺いに参りますのでどうぞご覧になってください」
「ありがとうございます」
受け取ったメニューは高級レストランのように丈夫な紙でできている。
乗客は香澄と佑、そして外で働いている運転手たち数人しかいないのに、メニューには沢山の飲み物や軽食が書かれてあった。
支部長は八谷から話を聞いていたようで、思っていたよりもずっとあっさりと退職を認められた。
佑から八谷に連絡があり、その後八谷も本社の方で手を回したのか、続く札幌のエリアマネージャーも本社で候補が決定されるようだった。
十二月はただでさえ忙しいのに、香澄は通常勤務に加え、引き継ぎ業務に追われる。
時々「なぜこんなに忙しいのか」と自分自身に尋ねたくなったが、自分が決めた事なので仕方がない。
八谷の札幌支店の店長や社員たちにも新しいエリアマネージャーの事を伝え、次の人が来たらサポートしてくれるよう頼んだ。
佑からは頻繁にコネクターナウで連絡があり、電話する事もあった。
たわいのない話題ばかりなのだが、香澄の現状を気にしているようにも思える。
そのうち『eホーム御劔』の社員が香澄を訪ねてきて、自宅に荷物がどれぐらいあるかなど確認もした。
結局、プロに任せれば荷物は一日で纏められると分かり、引っ越し当日は新千歳空港まで行けば、佑のプライベートジェットにすべての荷物が載せられるのだと言う。
それを羽田空港に着いたあとは、東京の社員たちが荷物を引き受け、佑の家まで運ぶという流れだ。
本来ならクリスマスは例年通り麻衣と泊まりで過ごしたかったのだが、ほんの少し麻衣と飲んで済ませる。仕事納めのあとは、退社飲み会を忘年会と共に行った。
そして事前に佑が「元旦に少し顔を出して、赤松さんのご親戚に挨拶をしたい」と言い、大事になるので必死に断ったのだが、「いずれ親族になるのだから」と押し切られた。
毎年元旦は中央区にある母方の祖母の家に兄弟、いとこが全員集まるのだが、そこにあの御劔佑が降臨したのだから、とんでもない騒ぎになった。
女性陣は香澄とのなれそめを聞きたがり、男性陣は「まず酒を飲んでからだ」と次々に佑にビールや日本酒を注ぐ。
意外だったのは、佑がどれだけ飲んでも顔色一つ変えず、いつまでも涼しい顔をしてニコニコ対応している事だ。
「イケメンは酒まで強いんだな」と全員が感心し、「香澄をどうぞ宜しくお願いします」という流れになる。
二日まで香澄は実家で過ごし、佑は例のホテルに宿泊していた。
三日になると特別に『eホーム御劔』の社員が香澄の荷物を纏め、そのまま新千歳空港に向かう。
元旦早々申し訳なさがあったが、佑が特別手当を出したらしく喜んで仕事をしてくれた。
あらかじめ売ってしまう家具や、捨てる物などは区別しておいたので、作業は比較的スムーズに済んだ。
香澄は運転手が運転する車に佑と乗り、VIP待遇で空港まで行った。
そして普通なら空港内に入り、保安などを通るはずなのだが、車はそのまま滑走路の中を進む。
佑のプライベートジェットは、一般的な旅客機に比べると小さめと言えるが、個人が所有するには大きすぎるほどだ。
後ろで荷物の運び入れをしている間、香澄は中を案内されていた。
「機長と客室乗務員は、毎回派遣の人にお願いしている。直接雇用の場合、何かあった時に替えがきかないから」
タラップを踏んで中に入ると、入り口には制服を着た機長がいてまず挨拶する事になる。
それから佑は、「客室乗務員さんも」と紹介する。
客室乗務員はお洒落な制服を着ていて、それは佑が自らデザインした物だと言う。
基本的に飛行機は使用しない時は整備など含め、契約を結んでいる航空会社に委託しているのだとか。機長、客室乗務員ともにそのフライトごとに派遣の者に担当してもらうのが、一番合理的らしい。
挨拶が終わったあと、香澄はセレブの世界に足を踏み入れた。
「わぁっ!? あ? え?」
香澄が知っている〝飛行機〟というのは、エコノミークラスだ。
有名航空会社と格安航空会社では、機体、席に多少の違いがあり、サービスの差もあると分かっている。
だが目の前にあるのはそれらとはまったく違う世界だった。
「これってファーストクラスですか!?」
目に入ったのはゆったりとした白い革製のシートだ。
それぞれボックスになっていて、プライバシーが守られるようになっている。
席数はざっと見たところ二十ぐらいだ。
「普通の飛行機とは違うから、クラスはないけど、基本装備はファーストと遜色ない感じかな」
「ファーストって乗ったことありません!」
「そうか、なら堪能してもらえると嬉しい。ざっくり全体を紹介するから、奥へ」
言われて着いていくと、次に広がったのはどう見てもスイートルームのリビングだ。
やはり白いロングソファが配置されていて、前にはローテーブルもある。
壁は重厚なチョコレート色で、足元にある深紅の絨毯や鏡のような光沢を見せるテーブルも相まって、高級ホテルにいるようだ。
もちろん大画面のテレビもあり、ゲーム機まであった。
その次の空間はダイニングになっていて、長いテーブルを向かい合った椅子が囲んでいる。椅子の数もざっと二十席で、この飛行機の基本的な数が分かった。
先ほどのリビングもだが、天井にはデザインチックな照明があり、本当にホテルなのでは、と思う煌びやかさがある。
次の部屋は会議室になっていて、飴色のテーブルを囲んで複数人が対話できるようになっている。
収納式のスクリーンがあり、USBポートや電源などもすべて完備されていた。
さらに奥は佑の書斎になっていて、使い心地の良さそうなデスクやソファセット、クローゼットなどがある。
一人掛けのリクライニングソファは、足を投げ出して座ったら気持ちよさそうだ。
さらにその奥まで来て、香澄は「うっ」と思った。
一番奥はベッドルームになっていて、クイーンサイズのベッドがある。
ゆったり寛ぐためのソファセットがあり、好きな物を飲めるよう冷蔵庫などもある。
大きなクローゼットも勿論あり、ここで着替えて就寝するのだろう。
「一番後ろは、シャワールームと洗面所になっている。手洗いも各所にあるから、好きに使って」
言われて恐る恐る洗面所を覗くと、飛行機にあると思えない光景が広がっている。
照明は金色で高級感があり、黒い壁を後ろに磨き上げられた大きな鏡がある。
洗面のボウルは二つあって、そのどちらも白い大理石だ。
ガラスドアの向こうにあるシャワー室の壁は黒っぽい大理石で、ホースシャワーだけでなく、真上から降り注ぐレインシャワーなども、最新式のタッチパネルで操作できるようになっている。
「パネルは、このガラスを不透明にするのとか、鏡の曇り留め、換気とか色々あるよ」
中に入った佑がパネルの一つをタッチすると、スケスケのガラスドアがサッと真っ白になった。
「わっ、これ、海外ドラマの会議室とかで見るやつ!」
「お気に召して光栄だ」
しかもこのシャワー室が一つだけでなく、奥にもう一つある。
加えて試しに覗いてみたトイレは、香澄がよく知るエコノミークラスのトイレとは大違いだ。
広くて明るく高級感溢れていて、まさしくホテルのトイレという感じだ。
「……凄い……」
もう、溜め息しか出てこない。
「これから出張のたびに、香澄にも乗ってもらうよ」
「あぁ……はい……」
この空飛ぶホテルが身近になっただなんて、いまだに信じられない。
目の前にあるのはショールームか何かで、〝見学〟が終わったら札幌の自宅に帰るのだという気すらする。
「とりあえず、羽田までは一時間半ぐらいだから、一番前の席に戻ろうか」
「は、はい」
香澄は普段着のままで、ジーパンにセーター、その上にコートとマフラー、靴はムートンブーツという格好だ。
自分がこの煌びやかな飛行機に似合わないと思い、気後れして堪らない。
佑もとてもカジュアルな格好だ。
クラッシュデニムにセーター、その上に黒いコートとマフラーという、香澄と大して変わらないコーディネートなのに、全身からこなれ感が伝わってくる。
シンプルなアイテムしか身に纏っていないのに、異様にお洒落に見えるのだ。
(きっとこのモデル体型とか、顔の良さもあるんだろうなぁ……)
溜め息をつきながら一番前まで戻り、「適当な席に座っていいよ」と言われたので、佑が座った席の通路を挟んで向かい側に座った。
ファーストクラスもビジネスクラスも経験がないが、目の前にはエコノミークラスよりずっと大きな液晶画面があり、席の後ろにはコートを入れる細いクローゼットもある。
他には筆記具や本などを置くスペース、棚も完備されていて、ここから動かなくて済むようになっていた。
(ここだけでも、十分だよなぁ……)
恐らく、このボックスはフルフラットになるのだろう。
(どこをどうやってベッドにするのかな?)
キョロキョロしていたところ、客室乗務員に声を掛けられた。
「こちら、飲み物と軽食のメニューになります。離陸後、機体が安定してからになりますが、お窺いに参りますのでどうぞご覧になってください」
「ありがとうございます」
受け取ったメニューは高級レストランのように丈夫な紙でできている。
乗客は香澄と佑、そして外で働いている運転手たち数人しかいないのに、メニューには沢山の飲み物や軽食が書かれてあった。
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