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第一部・出会い 編
親友の一押し
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お互い何らかのチャンスがあった時は、全力でお祝いをする。それが親友のあるべき姿だと思っている。
かといって、お互い積極的に彼氏を作ろうとしていないのに、誰か紹介するとか、無理にくっつけようとする行為もしない。
二人とも「なるようになるさ」の気持ちで生きていて、その距離感が丁度良かった。
「うーん、クソ客というか、とんでもないお客様がいて」
「とんでもないって? ネガティブな意味じゃないの?」
焼きそばを食べつつ、麻衣が首を傾げる。
「……御劔佑さんって知ってる?」
声を潜めてソロリと尋ねると、麻衣は口を動かしながら目を見開き、オーバーなまでに無言で頷く。
口の中の物を呑み込んでから、彼女も声を抑えて返事をした。
「まさかあの〝世界の御劔〟が来店したの?」
「うん……。それで……その」
「ナンパされた?」
茶化す麻衣を軽く睨み、香澄はぽそぽそと小声で続ける。
「東京に行って、Chief Everyで働かないかって誘われた」
「えぇ!?」
麻衣は大きな声を上げてから、周りを見回し声を潜める。
「マジで?」
「……まじ、だと思う。それで……その……」
「何? 全部話してみたまえ」
麻衣の少し冗談めかした言い方に香澄は笑い、餅とチーズの入った豚玉を一口食べる。
むぐむぐと咀嚼し、ボソッと話す。
「……なんか、一目惚れしたって言われて……。それで、社長秘書になってほしいとか、同棲してほしいとか……」
麻衣が無言で目を見開く。
それぐらい、普通に生きていればあり得ない事なのだと香澄は再確認した。
「お、おかしいよね。変だよね。やっぱりからかわれてるのかな」
急に不安になって、香澄はもっもっとお好み焼きを口に入れる。
麻衣も一緒にお好み焼きを食べていたが、メロンソーダを一口飲んだあと口を開いた。
「そっくりさんじゃなくて、本物なんでしょう?」
「うん。丁度うちの社長も札幌にいらっしゃってて、名刺交換とかしていたし、初めて会ったのが『Bow tie club』だから……」
「あー、経営者とか選ばれた人のみが入れる、紹介制の店か」
納得したと麻衣は頷く。
「その一目惚れとか、色んな要望が本気だって裏付けられる事を、他に何か言われた?」
「うーん……。恋人とかはここ数年いないって。毎日の生活も仕事や出張メインで、豪邸に一人で暮らしてるって。毎日のスケジュールみたいなのを聞いたけど、女性と遊んでる余裕はなさそうだった。それに、私たちが勝手に想像してるような、パーティーとかの集まりも好きじゃないみたい。基本的に休日は読書とか映画だって」
「ふむ……。他は?」
「裏付けになるか分からないけど、こないだ半ば流されてうちに上げちゃったんだけど、手を出されたりはなかった。『何もしない』って言った言葉を、ちゃんと守ってくれてる」
「それは紳士だね。東京行ったあとの事は? 自分が面倒見るって言ってるの?」
「うん。御劔さんの推薦で秘書になったとして、周りからやっかみとかを受けたとしても、守ってくれるとは言ってた。あと、松井さんっていう秘書の方が、ちゃんと後輩を育てるための資料とかを作っているみたいで、そのマニュアルを見たらいいとか、あとは実践とか……」
「割と現実的に考えてるんだね。少なくとも、遊び半分じゃないっていう可能性は高い気がする」
「そう……かな」
「逆から考えてみようか。香澄はどうして躊躇してる?」
「えっ? だ、だって、あんな有名人が私なんかにこんな話してくるんだよ? にわかには信じられない」
「たとえば私が宝くじ買って、三億円当たったって言ったら信じる?」
「……宝くじ買ったのが本当なら、あとは確率の問題だから信じる……」
「でしょ? そういう、確率の問題なんだと思う」
「確率……」
麻衣は鉄板の上で、お好み焼きの塊をへらで切り分けて取り皿によそう。
「この地球上にいる、どれだけか知らないけど、人類の中で半分ぐらいが女性。その中でさらに日本人の女性、そして御劔さんが出張先で出会った女性……って視点を小さくしていくと、突然降って湧いた話とは思わないんじゃない?」
「んー……」
「私だって、国内旅行や海外旅行をして、旅行先で会った人に一目惚れして、そのまま結婚する事だってあるかもしれない。毎日の生活では顔を合わせる人が限られていて、出会いは少ないかもしれない。でも出会う二人のうち、どっちかが普段行かない場所に行った時、遭遇率が高まるんだよ」
「遭遇率」
「御劔さん、香澄の事を何て言って気に入ってた?」
「うーんと……、感じがいいって言ってくれた。あと……なんか、体のバランスが良くて、服のデザインが湧いてくるから、ミューズになってほしいとか……」
恥ずかしくてボソボソ小声で言っても、麻衣はバカにした様子を微塵も見せない。
こういう突拍子もない話をしても、香澄の相談なら何でも真面目に聞いてくれるから、麻衣は信頼できる親友だと思う。
「私は香澄に対して、そういう感想は抱かない。勿論、いい子だと思ってるし、胸が大きくてナイスバディだと思うよ? でも、世の中でたった一人の貴重な美女、とまでは思わない」
「うん」
「でも、御劔さんは香澄に出会った瞬間、そう思った。それは彼の価値観であって、香澄や私がどう思うかは関係ないんだ。それは、御劔さんの価値観を尊重して、否定しちゃいけないと思う」
「そっか……」
「世の中、誰が何に価値を見いだすなんて、他人には理解できない場合もある。価値観って分かりやすくて一般的なものもあるけど、少数の人しか分からないものもあると思う。私たち一般人が、セレブの価値観を理解しようなんておこがましいんだよ」
「なるほど……」
自分が珍獣扱いされている気がするけれど、麻衣の言う通り、佑が何かしらの魅力を感じて自分を選んでくれたというのを、やや納得できた気がした。
「あと、香澄は自分に御劔さんに選ばれる価値はないって思ってるかもだけど、香澄は可愛いからね?」
「う?」
「可愛いし、気が利くし、一緒にいると凄く楽。自然体でいられる。私の自慢の親友だもん。セレブからお声が掛かっても、何もおかしくないと思ってるよ?」
香澄はしばらく麻衣を見つめ、そろりと呟いた。
「ここの会計、私が払おうか?」
そのあと、二人でケラケラと笑い出した。
「気持ちは分かるけど、香澄は慎重すぎるきらいもあるよね。毎日の何気ない生活を大切にしているのも分かるし、札幌が大好きなのも分かる。でも人生でこういうチャンスって一回しかないんじゃないかな。幸運のチャンスなら何回もあるかもだけど、宝くじの高額当選レベルの幸運は、逃したらダメだよ?」
「うん……」
「香澄は御劔さんをどう思う? いけすかない金持ちだって思う?」
そう言われ、香澄は驚いたように顔を上げ、フルフルと首を横に振る。
「ううん!? 経営者でセレブなのに、凄く常識人で丁寧な人で驚いた。格好いいのに、性格もいいなんて人、いるんだなぁって」
「いい人そう?」
「うん。最初はこう……からかってるとか、私如きだけど、体目当てなのかとか思ったけど、二人きりになってもそういう素振りを見せないし、落ち着いた大人の男の人っていう印象がある」
「じゃあさ、その自分の直感を信じてみたら?」
微笑んだ麻衣に言われ、香澄は目を瞬かせる。
「香澄って、初めて付き合った彼氏が原西(はらにし)でしょ? 香澄の元彼なのに悪いけど、正直アレって男の部類の中では大ハズレだったと思うんだよね。今の香澄って接客業もして、人を見る目は培ったでしょ? その香澄が直感で『いい人そう』って思うなら、信じてみてもいいんじゃないかな」
親友が自分の背中を押そうとしているのを感じ、香澄は急に泣きたくなってきた。
「……麻衣とも離ればなれになっちゃうよ?」
「大人だもん、会いたくなったら飛行機に乗って会いに行くよ」
ふはっと力が抜けたように笑われ、香澄もつられて微笑む。
「香澄? もう二十七になったんだからね? 家族や友達を大切にするのも大事だけど、まず自分の人生の幸せを考えな? 自分が今後、どんな人と付き合ってどんな人生を歩んだら幸せになれるか考えるの」
「……うん」
「私もだけど、これから両親は老いていっていつか亡くなる。そんな時、支えてくれるのは旦那さんになった人や新しい家族、恋人だと思う。私はいつまでも香澄の親友でいたいし、困った事があったら助けたい。でも、もちろん私は香澄と結婚できないよ。だから自分の幸せについて積極的に考えていくのは、何も悪い事じゃないからね? 勿論、今よりキャリアアップできる職に就けるなら、それ以上の事はない。人は裏切っても、お金は裏切らないから」
親のように言われ、香澄は頷いた。
「とんでもない幸せが訪れて信じられないのも分かるけど、チャンスに飛びつくのも成功の秘訣だと思うよ」
「……うん。ありがとう」
やっぱり親友に相談してみて良かったと、香澄は痛感した。
かといって、お互い積極的に彼氏を作ろうとしていないのに、誰か紹介するとか、無理にくっつけようとする行為もしない。
二人とも「なるようになるさ」の気持ちで生きていて、その距離感が丁度良かった。
「うーん、クソ客というか、とんでもないお客様がいて」
「とんでもないって? ネガティブな意味じゃないの?」
焼きそばを食べつつ、麻衣が首を傾げる。
「……御劔佑さんって知ってる?」
声を潜めてソロリと尋ねると、麻衣は口を動かしながら目を見開き、オーバーなまでに無言で頷く。
口の中の物を呑み込んでから、彼女も声を抑えて返事をした。
「まさかあの〝世界の御劔〟が来店したの?」
「うん……。それで……その」
「ナンパされた?」
茶化す麻衣を軽く睨み、香澄はぽそぽそと小声で続ける。
「東京に行って、Chief Everyで働かないかって誘われた」
「えぇ!?」
麻衣は大きな声を上げてから、周りを見回し声を潜める。
「マジで?」
「……まじ、だと思う。それで……その……」
「何? 全部話してみたまえ」
麻衣の少し冗談めかした言い方に香澄は笑い、餅とチーズの入った豚玉を一口食べる。
むぐむぐと咀嚼し、ボソッと話す。
「……なんか、一目惚れしたって言われて……。それで、社長秘書になってほしいとか、同棲してほしいとか……」
麻衣が無言で目を見開く。
それぐらい、普通に生きていればあり得ない事なのだと香澄は再確認した。
「お、おかしいよね。変だよね。やっぱりからかわれてるのかな」
急に不安になって、香澄はもっもっとお好み焼きを口に入れる。
麻衣も一緒にお好み焼きを食べていたが、メロンソーダを一口飲んだあと口を開いた。
「そっくりさんじゃなくて、本物なんでしょう?」
「うん。丁度うちの社長も札幌にいらっしゃってて、名刺交換とかしていたし、初めて会ったのが『Bow tie club』だから……」
「あー、経営者とか選ばれた人のみが入れる、紹介制の店か」
納得したと麻衣は頷く。
「その一目惚れとか、色んな要望が本気だって裏付けられる事を、他に何か言われた?」
「うーん……。恋人とかはここ数年いないって。毎日の生活も仕事や出張メインで、豪邸に一人で暮らしてるって。毎日のスケジュールみたいなのを聞いたけど、女性と遊んでる余裕はなさそうだった。それに、私たちが勝手に想像してるような、パーティーとかの集まりも好きじゃないみたい。基本的に休日は読書とか映画だって」
「ふむ……。他は?」
「裏付けになるか分からないけど、こないだ半ば流されてうちに上げちゃったんだけど、手を出されたりはなかった。『何もしない』って言った言葉を、ちゃんと守ってくれてる」
「それは紳士だね。東京行ったあとの事は? 自分が面倒見るって言ってるの?」
「うん。御劔さんの推薦で秘書になったとして、周りからやっかみとかを受けたとしても、守ってくれるとは言ってた。あと、松井さんっていう秘書の方が、ちゃんと後輩を育てるための資料とかを作っているみたいで、そのマニュアルを見たらいいとか、あとは実践とか……」
「割と現実的に考えてるんだね。少なくとも、遊び半分じゃないっていう可能性は高い気がする」
「そう……かな」
「逆から考えてみようか。香澄はどうして躊躇してる?」
「えっ? だ、だって、あんな有名人が私なんかにこんな話してくるんだよ? にわかには信じられない」
「たとえば私が宝くじ買って、三億円当たったって言ったら信じる?」
「……宝くじ買ったのが本当なら、あとは確率の問題だから信じる……」
「でしょ? そういう、確率の問題なんだと思う」
「確率……」
麻衣は鉄板の上で、お好み焼きの塊をへらで切り分けて取り皿によそう。
「この地球上にいる、どれだけか知らないけど、人類の中で半分ぐらいが女性。その中でさらに日本人の女性、そして御劔さんが出張先で出会った女性……って視点を小さくしていくと、突然降って湧いた話とは思わないんじゃない?」
「んー……」
「私だって、国内旅行や海外旅行をして、旅行先で会った人に一目惚れして、そのまま結婚する事だってあるかもしれない。毎日の生活では顔を合わせる人が限られていて、出会いは少ないかもしれない。でも出会う二人のうち、どっちかが普段行かない場所に行った時、遭遇率が高まるんだよ」
「遭遇率」
「御劔さん、香澄の事を何て言って気に入ってた?」
「うーんと……、感じがいいって言ってくれた。あと……なんか、体のバランスが良くて、服のデザインが湧いてくるから、ミューズになってほしいとか……」
恥ずかしくてボソボソ小声で言っても、麻衣はバカにした様子を微塵も見せない。
こういう突拍子もない話をしても、香澄の相談なら何でも真面目に聞いてくれるから、麻衣は信頼できる親友だと思う。
「私は香澄に対して、そういう感想は抱かない。勿論、いい子だと思ってるし、胸が大きくてナイスバディだと思うよ? でも、世の中でたった一人の貴重な美女、とまでは思わない」
「うん」
「でも、御劔さんは香澄に出会った瞬間、そう思った。それは彼の価値観であって、香澄や私がどう思うかは関係ないんだ。それは、御劔さんの価値観を尊重して、否定しちゃいけないと思う」
「そっか……」
「世の中、誰が何に価値を見いだすなんて、他人には理解できない場合もある。価値観って分かりやすくて一般的なものもあるけど、少数の人しか分からないものもあると思う。私たち一般人が、セレブの価値観を理解しようなんておこがましいんだよ」
「なるほど……」
自分が珍獣扱いされている気がするけれど、麻衣の言う通り、佑が何かしらの魅力を感じて自分を選んでくれたというのを、やや納得できた気がした。
「あと、香澄は自分に御劔さんに選ばれる価値はないって思ってるかもだけど、香澄は可愛いからね?」
「う?」
「可愛いし、気が利くし、一緒にいると凄く楽。自然体でいられる。私の自慢の親友だもん。セレブからお声が掛かっても、何もおかしくないと思ってるよ?」
香澄はしばらく麻衣を見つめ、そろりと呟いた。
「ここの会計、私が払おうか?」
そのあと、二人でケラケラと笑い出した。
「気持ちは分かるけど、香澄は慎重すぎるきらいもあるよね。毎日の何気ない生活を大切にしているのも分かるし、札幌が大好きなのも分かる。でも人生でこういうチャンスって一回しかないんじゃないかな。幸運のチャンスなら何回もあるかもだけど、宝くじの高額当選レベルの幸運は、逃したらダメだよ?」
「うん……」
「香澄は御劔さんをどう思う? いけすかない金持ちだって思う?」
そう言われ、香澄は驚いたように顔を上げ、フルフルと首を横に振る。
「ううん!? 経営者でセレブなのに、凄く常識人で丁寧な人で驚いた。格好いいのに、性格もいいなんて人、いるんだなぁって」
「いい人そう?」
「うん。最初はこう……からかってるとか、私如きだけど、体目当てなのかとか思ったけど、二人きりになってもそういう素振りを見せないし、落ち着いた大人の男の人っていう印象がある」
「じゃあさ、その自分の直感を信じてみたら?」
微笑んだ麻衣に言われ、香澄は目を瞬かせる。
「香澄って、初めて付き合った彼氏が原西(はらにし)でしょ? 香澄の元彼なのに悪いけど、正直アレって男の部類の中では大ハズレだったと思うんだよね。今の香澄って接客業もして、人を見る目は培ったでしょ? その香澄が直感で『いい人そう』って思うなら、信じてみてもいいんじゃないかな」
親友が自分の背中を押そうとしているのを感じ、香澄は急に泣きたくなってきた。
「……麻衣とも離ればなれになっちゃうよ?」
「大人だもん、会いたくなったら飛行機に乗って会いに行くよ」
ふはっと力が抜けたように笑われ、香澄もつられて微笑む。
「香澄? もう二十七になったんだからね? 家族や友達を大切にするのも大事だけど、まず自分の人生の幸せを考えな? 自分が今後、どんな人と付き合ってどんな人生を歩んだら幸せになれるか考えるの」
「……うん」
「私もだけど、これから両親は老いていっていつか亡くなる。そんな時、支えてくれるのは旦那さんになった人や新しい家族、恋人だと思う。私はいつまでも香澄の親友でいたいし、困った事があったら助けたい。でも、もちろん私は香澄と結婚できないよ。だから自分の幸せについて積極的に考えていくのは、何も悪い事じゃないからね? 勿論、今よりキャリアアップできる職に就けるなら、それ以上の事はない。人は裏切っても、お金は裏切らないから」
親のように言われ、香澄は頷いた。
「とんでもない幸せが訪れて信じられないのも分かるけど、チャンスに飛びつくのも成功の秘訣だと思うよ」
「……うん。ありがとう」
やっぱり親友に相談してみて良かったと、香澄は痛感した。
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