上 下
14 / 1,548
第一部・出会い 編

自宅で1

しおりを挟む
「……すいてます、けど。……夜に食べると〝身〟になるので」
「うどん喰わないか? 驕るよ」

 深夜までやっている店の名前を出され、香澄のお腹がグゥ……と鳴る。

「……御劔さまが食べたいと仰るのなら、お付き合いしますが」

 素直ではない言い方をすると、佑がクク、と喉で笑った。

「どうしても食べたくて仕方がないから、付き合ってほしい」
「……分かりました」

 そのあと一緒に歩いていると、否が応でも視線を集める。
 若い女性が「御劔さま!? 嘘ぉ!」と黄色い声を上げ、スマホで写真を撮ろうとする。
 酔っ払った男性は大きな声で佑のフルネームを呼んだ。

「いっつもこうなんですか?」
「大体ね。でも札幌だからそれほど騒ぎになっていない感じかな」

 言葉の裏に、東京ではこんなものでは済まないという意味を感じ、香澄は閉口した。

 やがて店に着き、佑は何でもない顔で暖簾をくぐり、「二名です」と店員に告げた。
 時間が時間だけに、シメにうどんを食べて帰ろうとしている人たちは、シラフの状態ではない。
 店内の全員が佑に気付いた訳ではなく、店に新しく入った客を気にする余裕のある者のみが「あ」という表情をしただけだった。
 テーブル席に座り、佑がメニューを向けてくる。

「先に決めていいよ。あ、串カツとかもやってるんだな」

 大阪発祥のうどん店らしく、店の前には福の神のオブジェがある。
 香澄はノーマルな物に決め、佑はトッピングが充実した物を頼んだ。

「週末、親友さんとどこに行くんだ? 差し支えなければ」
「……特に遠出する予定はありません。札幌駅にある映画館で映画を見て、ランチして、カラオケして、二人でマッサージを受けて、夕ご飯を食べて……という感じです」
「いいね、そういうの」

 軽く言って微笑んだ佑の返事を聞き、香澄は彼に興味を持った。

「御劔さまは、自分の誕生日はどう過ごしていますか?」
「初めて俺の事を聞いてくれたな。興味を示してくれて嬉しい」
「い、いえ……」

 ニコニコする佑の視線に耐えきれず、香澄はメニュー立てに視線を逃がす。

「あと、店が終わったあとぐらい、〝御劔さま〟呼びはいいよ」
「ですが……」
「いま君がここにいるのが、客に言われて無理矢理だと思うなら、〝さま〟づけでいいけど」

 意地悪な言い方をされ、香澄は唇を尖らせた。

「……意外と意地悪ですよね。……御劔さん」
「よく言われる」

 満足気に笑った佑は、「そうだな……」と先ほどの質問に戻る。

「パーティーみたいな事は、人から言われない限りしない」
「そうなんですか? 芸能人とか大勢呼んで、一晩中パーティーしているのかと思っていました」
「前にも言ったけど、大勢とつるむのは得意じゃないんだ」
「あ……」

 そう言えば、と彼の言葉を思いだし、納得する。

「家族や親戚が家に来てプレゼントを置いて行ったり、たまに誘われたら両親と食事に行くかな。友人に誘われた時は、出掛けたりもするけど」
「誘われなかったら?」
「家政婦さんが何かご馳走は作ってくれるだろうから、それを食べて終わりかな」

(寂しい……)

 皆が憧れる〝世界の御劔〟だというのに、意外とこぢんまりとした誕生日を送っていて、香澄はギャップを感じる。

「……そういう時の恋人とかも…………」
「いないよ?」

 スッパリと言われ、香澄はどことなく落ち着かなくなる。

「誕生日は六月三十日だけど、来年、赤松さんが側にいてくれたら、きっと人生で一番楽しい誕生日になると思う」
「そ、そういうのずるいです……」

 香澄の反応に、佑は朗らかに笑った。
 その後、運ばれてきたうどんを食べ、店を出る。
 うどんを食べたからか、体の中から温まった気がした。

「赤松さんの家はどこ? 送るよ?」
「い、いえ。そこまでは」

 ビシッと掌をつきつけると、その手を握られた。

「へっ!?」
「温かいお茶が飲みたいな」

 掴まれた手をグイッと引き寄せられ、そんな事を言われる。
 彼の意図する事を一瞬理解できずに目をまん丸にすると、佑がもう一度繰り返す。

「靴を脱いでどこかで温かいお茶を飲みたいな」

 もう一度言われて、やっと彼が自分の家に来たがってるのだと察し、香澄は両手で彼の体を押してブンブンと首を横に振った。

「だっ、駄目です! ちらかってますし!」
「構わないよ」

 言いながら、佑はこちらに向かって走ってきたタクシーに手を上げた。

「ちょっ……ちょっと!」
「誓って襲ったりしないから。前から言ってるけど、君と話がしたいだけだ」

 タクシーが停まってドアが開いてしまったので、香澄は「もう……」と唸る。
 仕方がないのでタクシーに乗り込み、不承不承自宅の住所を告げた。
 十五分ほど走行している間、運転手がいるからか、佑は特に何も言わなかった。
 その沈黙が逆に香澄を緊張させる。

 やがてタクシーが停まったのは、すすきのと中島公園の間を西のほうに行った地点だ。
 やはり佑がタクシー代を払い、運転手に礼を言って車を降りる。

「この辺は割と静かなんだな」
「一応、住宅街ですから」

 すすきのと言っても範囲は広く、繁華街から離れればそんなにうるさくない。
 たとえば東京は歌舞伎町から車で十五分離れても、別の街があるだろう。
 そういう意味で、札幌は東京に比べると規模の小さな街だと思う。

 香澄の家は賃貸マンションの五階だ。
 時間が時間だけに、部屋に行くまで誰にも会わなかったので安心した。

「ちょっと部屋の中確認しますから、一分待っててください」
「どうぞ、何分でも」

 玄関ドアを閉め切ったまま、外に立たせるのもどこか悪く、香澄はドアを半開きにして佑に支えさせ、サッと靴を脱いで中に駆け込む。

(えっと……えっと)

 パッと見回した限り、特にゴチャゴチャ散らかっている訳ではない。
 普段から整頓する癖はついているので、室内はきちんと片付いている。

(でも……!)

 乾きやすいからと思って出しておいた洗濯物を、香澄はササッと浴室に持って行く。
 1DKの部屋は八畳近くあるリビングと、五畳ほどのベッドルーム、それに二畳のキッチンとバストイレ別の造りだ。
 ベッドを見られるのは恥ずかしいので、アコーディオン式のパーテーションで隠す。
 さらに普段使いしている小物類など、見られて恥ずかしい物がないかチェックしてから、待たせるのが悪くて焦り、佑を呼びに行ってしまった。

「お、お待たせしました」
「もう入っていいの?」
「は、はい。でもあんまり見ないでくださいね」

 声が響いては困るので、コソコソッと話してから、彼を上がらせる。

「へぇ、なかなか広いね。家賃を聞いてもいい?」
「管理費が五千円弱の、四万五千円です」
「そうなんだ」

 佑はうんうんと頷いていて、彼が内心東京の家賃と比べているのに気付いた。

「東京だと、これぐらいの家賃だとどうなるんでしょう?」

 コートを脱ぎ、佑にもハンガーを差し出す。

「ワンルームか1Kかな」
「そうなんですね。……そういう所も考えないと」

 最後は独り言のつもりで言ったのだが、にっこり笑った佑がとんでもない事を言ってくる。

「何なら、俺と一緒に住む?」
「えぇっ!? な、何言ってるんですか!」

 思わず大きな声が出てから、香澄は深夜だと気づきバッと両手で口を塞ぐ。

「……タチの悪い冗談はやめてください」

 小さな声で言ってから佑を睨むと、「そこに座っててください」と座椅子ソファを示し、台所でお湯を沸かした。

「さっきのは、割と本気なんだけど。一生ものの家にしようと思って、気に入った家を建てたのはいいけど、さすがに一人で住むには広すぎて」
「……ど、どんなお宅にお住まいなんですか?」
「地下一階、地上三階かな」
「わぁ……。プールとかあったりして」
「おや、よく分かったね?」

 冗談のつもりで言ったのに「ある」と言われ、香澄は閉口する。

(御劔さんのお金なんだから、『無駄』なんて言うのは筋違いだけど、一人暮らしするって分かってるのに、そこまで大きな家を建てちゃうものかなぁ。……まぁ、いずれ結婚するつもりで建てたんだろうけど)

「赤松さんが仮に東京に来たとして、自分で家賃を払う物件を探す気?」
「当たり前です。自分の住処の家賃は、自分で払わなきゃいけません」

 母から送られた茶葉をトントンと急須に入れつつ、香澄は返事をする。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

処理中です...