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第一部・出会い 編

口説かれる

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「それで、俺が君に恋をしていると分かったら、付き合ってほしい」
「……私が御劔社長を好きにならないとか、考えないんですか?」

 彼の死角を突っ込んだが、極上の微笑みを向けられた。

「惚れさせてみせるよ」

(うっ……)

 やけに自信満々に言われ、香澄はうろたえる。

「ず、随分自信家ですね」
「嫌みな言い方だけど、赤松さんが特殊なタイプの男性を好きになる人でなければ、俺は好きになってもらう大体の条件はクリアしていると思うんだ。だからあとは、君の事を知って、君好みにチューニングしていきたい」
「……〝世界の御劔〟と言われているあなたが、私なんかに合わせるって言うんですか?」

 いまや若者ならほとんどの者がChief Everyの服を着ていて、世界に焦点を合わせればセレブたちがCEPを求めている。
 不動産会社の『eホーム御劔』は佑という広告塔があるからか、不動産業界において絶大な信頼感がある。

 香澄は金持ちのプライベートなど知らないが、きっと自分が一生かかっても使い切れない資産を持っているだろうと予想している。
 少し前は、彼がオークションで億単位の絵画を落札したというニュースを見て、「ふーん」と思ったものだ。

 そんな金銭感覚の人とは一緒に暮らせないと思うし、きっと色んな価値観を押しつけて香澄に「変わってほしい」と言うに決まっている。
 さっきはセクハラを見て怒り、助けてくれた……という流れだったが、福島以上に金と権力を持っている佑が、香澄を支配しないはずがない。

「合わせたい。人を好きになるって、そういう事だろう? 一緒に暮らすために折衷案を出して、妥協して、一人の人間を自分のプライベートに入れる」
「それは……そう、ですけど……」

 まっとうな事を言われ、香澄は口ごもる。

「逆に尋ねたい。赤松さんは、俺をどう思っている? 何を言われても怒らないから、素直な感想を言ってほしい」

 尋ねた佑は、タコの唐揚げを口に入れた。
 香澄はストローでカクテルを飲み、口の中でクラッシュドアイスを溶かし考えた。

「……確かに、さっきお店で恥ずかしい思いをしていました。でも仕事だし、社長の面子を潰したらいけないと思って、自分さえ耐えればいいんだって思っていました。それでもセクハラと言える言葉を掛けられ、どう対応するのが正解か迷っていました。恥ずかしかったし、ホールスタッフの女の子たちがいる前で情けなかったです。御劔社長が来てくださって、場は解決されました。ですが……、私はマネージャーとしてきちんと使命を果たせなかったな、とも感じました」

「君にとって余計な真似だったのも、承知している。けれどその上で言うよ。あれはマネージャーがする仕事ではない。こう言うと悪いけれど、あの場は八谷社長がしっかり断るべきだった。でも、福島さんとの仲が悪くなるのを恐れて、判断を先送りにした気持ちも察する。だから、第三者の俺が入った」

 説明され、すべて彼の言う通りだと思った。
 本来なら、香澄はバニーガールの格好をする必要なかった。
 着替えなくても、もっと別のかわし方をして、福島を楽しませる事は可能だっただろう。
 香澄がホールスタッフたちをいつも「守る」と考えているのと同時に、他力本願な事を言えば、あの場は社長である八谷が香澄を守るべきだったのかもしれない。

「……ありがとう、ございます」
「どう致しまして。君に恩を売りたい訳じゃないけどね。そのあとは、どう感じた?」
「久しぶりに『バカ』って言われたな、と思いました」
「あはは! ごめん! カッとなってつい。乱暴な言い方をして済まなかった。嫌な思いをさせたな」
「いえ。私を心配してくださっての『バカ』というのは、分かりましたから」

 佑が声を上げて笑ってくれたからか、香澄も自然と笑顔になっていた。

「……強引な人だな、とは感じました。私は勤務中だったのに、社長に意志を押し通して私を連れ出したんですもの」
「悪かった。……嫌だったか?」

 尋ねられ、香澄は内心「ずるいなぁ」と思う。

「マネージャーとしては、終業まで仕事をさせてほしかったです。……赤松香澄という一個人としては、……私のためにそこまで怒ってくれて、ありがたいなと感じました。でも、あまりに突然で、テレビでも見ている方なので、いまだにからかわれていると感じていますが」

 やっと香澄の本音まで辿り着き、佑は嬉しそうに微笑んだ。

「俺は〝赤松香澄〟さんと話したいな」
「私の中では、御劔社長はお客様ですから」
「佑って呼んでくれないか?」

 また魅惑的に微笑んだ佑が、テーブルの上にあった香澄の手を握った。

「! ご冗談は……」
「冗談で女性を口説くほど、暇じゃないんだ」
「申し訳ないですが、そう言って沢山の女性を口説いているように思えます」

 言ってしまったあと、香澄は溜め息をついた。

「……すみません。『気になっている』と言ってくださっているのに、可愛げのない事を言いたい訳じゃないんです。これが御劔社長でなくて、一般男性なら素直にお礼を言って恋に落ちていたかもしれません」

 香澄の言葉を聞いても、佑は表情を変えず穏やかに微笑んでいる。

「言いたい事は分かるよ。俺は自分の事を大体客観視できる。『御劔佑は有名人で顔もそこそこいいから、当然モテて芸能人やモデルの女性と遊んでそう。金持ちだし、クォーターだから海外にも恋人がいそう』。そう見られているのは、よく分かっている」

 そこまで言うつもりのない事を本人が口にし、居たたまれない。
 自分の浅ましい心を覗き見された気がして、香澄は羞恥を覚えた。

「そんな顔をしなくていい。そう見られているのは分かっているし、慣れている。だからいいんだ」

 何と言ったらいいか分からず、香澄は俯く。

「赤松さん、俺は……君が思ってるより、ずっとつまらない男だ」

 佑が急にそんな事を言い出し、香澄は瞠目する。

「毎日、秘書に家まで迎えに来られて、そのまま会社に行く。会食をして接待を受けて、誰もいない家に帰る。食事はお手伝いさんに任せ、掃除は業者に頼んでいる。休日はシアタールームで映画を見たり、好きなクラシック音楽を聴いたりしている。国内、海外出張に月に何回も行くが、同行するのは男性秘書、出張先では仕事をして、接待を受けて、ホテルに帰って一人で寝る。勿論、仕事の中にはテレビ局に行くものや、雑誌の取材を受けるものもある。そこでも基本的に仕事をこなしたあとは、次の予定があるから誰とも関わらずすぐに帰社する。……そういう、つまらない生活をしている」
「そんな……。つまらないだなんて」

 言いながらも、香澄は想像していた〝御劔佑〟の生活とかけ離れていて、少し驚いた。

「今、俺の毎日を聞いて、どう思った? 素直に言っていいよ」

 ぷち、と枝豆を食べ、佑が微笑む。

「……もっと、パーティーを開いたり、クラブとかに行ったりしていると思っていました。クルージングとか、BBQとか……」

 素直に言うと、佑がにっこり笑う。

「俺は、あんまり大勢で集まって騒ぐのは好きじゃないんだ。あと、こういうのは抵抗があるかもしれないけど」

 そこまで言い、佑はスマホを取り出すと操作し、香澄に見せてきた。

「これは私用スマホだけど、この通り、近々に連絡している相手は、男か身内しかいない」

 見せられたのは、コネクターナウという有名なメッセージアプリだ。

「そ、そんな。見せて頂かなくても……」

 言いながらもチラッと見てしまったが、佑が言う通り、連絡を取っている相手は男性のや彼の身内とおぼしき女性の名前しかない。
 トークルームの中身まで見なければその真偽は分からないが、ここまで見せてくれるという事は本当なのだろう。

「俺は今、付き合っている女性はいない。信じてくれる?」
「……はい」

 プライベート中のプライベートの、メッセージアプリを見せてくるのは、彼の本気の表れだ。
 佑はスマホをポケットにしまい、ポツンと落とすように微笑む。

「こうやって個人的に女性に声を掛けて、仕事の途中なのに連れてきたなんて、生まれて初めてなんだ。自分でも、自分の選択と、制御のできない気持ちに驚いている」
「……ありがとう、ございます」

 彼に口説かれる……とおぼしき言葉を向けられるのは、何回目かだが、今は素直に受け止められる気がした。

「今日口説くのは、この辺にしておこうか」
「え?」

 思わず目を丸くすると、彼は安心させるように笑いかけてきた。

「出会ってその日に落とせるほど、簡単な女性ではないと思っているから」

 押すだけ押して引かれると、つい物足りなく感じてしまう。

(我が儘だ、私……)

 ジワッと恥じらったあと、佑が「話題を変えるけど」と言って水割りを飲んだ。

「失礼だったら済まない。赤松さんって、魅力的な体をしているよな」
「えっ!?」

 言われて、自分のバニーガール姿を見られたのだと思いだし、香澄はカーッと赤面した。

「……でも気になったんだけど、あのバニーガールのコスチュームはサイズが合ってなかった」
「う……。き、既製品ですし。……見苦しくてすみません」

 全体的にスリムな他のホールスタッフに比べると、香澄の胸元やお尻は零れそうになっていた。

「いや、そうじゃなくて。俺なら君の体ピッタリのバニースーツを作れる、と思ったんだ」
「え?」

 佑の言いたい事が分からず、香澄は困惑する。
 そのあと、彼がアパレル会社の社長だと思いだし、サッと顔色を青くした。
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