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第一部・出会い 編
一難去ってまた一難
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さっきはあんなに頼もしく感じのいいマネージャー姿を見せていたのに、今は泣き出しそうな顔で作り笑いを浮かべ、魅惑的な体を他の客に見せつけて歩いている。
(何やってるんだ!)
もう一度心の中で叫び、佑はイライラと指で自分の膝を打つ。
自分を落ち着かせるためにハイボールを呷ると、右隣にいたバニーガールがすかさずおかわりを作ってくれた。
いつもなら「ありがとう」とねぎらいの言葉を掛けるのに、今はそれすら出てこないほど動揺している。
怒ったような顔で香澄を見守っていると、彼女は八谷と福島のテーブルまで行き、「お待たせ致しました」と頭を下げていた。
「あーあ、どうやら福島さんのご指名みたいですね。八谷さんの立場を悪くしないために、赤松さんが犠牲になっちゃったか……」
同席している社長が呟き、バニーガールたちも心配そうな顔をしていた。
佑の視線はテーブルの上にあるウィスキーの瓶にあったが、全神経は向こうのテーブルから聞こえてくる会話に集中していた。
やがて会話が不穏な方向にいったところで、佑の中で堪忍袋の緒が切れる。
「すみません、行ってきます」
立ち上がった佑を、イベント会社の社長はニヤニヤして見守る。
「御劔さんが一目惚れしたなら、自分の気持ちに素直になるといいでしょう。その代わり今度、事の顛末を聞かせてくださいよ?」
「……はい」
決意を目に宿し、佑は「ごめん」とバニーガールに謝り、彼女の膝をまたいでソファ席から出た。
その後ろ姿を、バニーガールたちは「姫の危機に現れる王子様みたい……」と見送っていたのだった。
**
「すみません」
意識はすべて福島に持っていかれていたため、香澄は背後に人が立った事も分からなかった。
(えっ……?)
いきなり人が背後に現れたように感じ、香澄はビクッとして振り向く。
(えっ…………と? 背、高……っ!)
振り向いた先が腰あたりで、思わず見上げると先ほどの御劔佑が立っていた。
そして彼は自分のジャケットを脱いで、香澄の肩に掛ける。
「客として来ている店で、他社の事に口出しして申し訳ありません。ですが私から見て、赤松さんが理不尽なセクハラに遭っているとしか見えず、耐えきれませんでした」
ジャケットからはフワリとセクシーで上品な香りがし、香澄は思わず胸を高鳴らせる。
(じゃ、ない!)
慌てて立ち上がり、香澄は怒りを隠さない佑を止めにかかった。
「私は自分から望んでおもてなしをしています。大丈夫ですので、どうか……」
すると、この上なく冷たい目で見下ろされた。
「君はバカか」
「ふぇ……っ」
突然人のテーブルに乱入した上にバカと言われ、香澄はもう何が何だか分からない。
「八谷社長、私は御劔佑と申します」
佑は八谷に向けて丁寧にお辞儀をし、名刺入れから自身の名刺を出して差し出した。
「あっ、ご丁寧にありがとうございます」
八谷は立ち上がり、佑と名刺交換をする。
それに倣った福島と一応名刺を交換しつつも、佑は容赦のない言葉を彼に向けた。
「失礼を承知で申し上げれば、気持ち良く呑んで、赤松さんのマネージャーとしての挨拶にも気分を良くしていたところ、この展開になり失望しています」
「え……、だって君も男ならバニーガール、好きだろう?」
赤ら顔のまま、福島は佑が怒っている理由も理解せず笑いかける。
「そういう問題ではありません。マネージャーという責任ある立場の彼女から本来の仕事を奪い、必要ない事をさせて辱めたのが許せないと言っているのです」
「み、御劔さま、ですから私は……っ」
「君は黙っていてくれ。俺が嫌なんだ!」
ピシャリと言われ、訳が分からない。
(何なのぉ!? この人、何のつもりなの!? これ以上騒ぎを大きくしないで……!)
混乱した香澄の腕を掴み、佑は自分の体の後ろに彼女を隠す。
「八谷社長」
「何でしょうか。不愉快にしてしまい、申し訳ございません。責任追及なら、社長として私が負います」
「この赤松さんと、話をさせてください」
「え?」
「へ?」
佑の申し出に、香澄と八谷が固まる。
「仕事が終わるまでまだ時間があると思いますが、少し彼女と話がしたいです。ですから、彼女の時間を私にください。彼女の給料分は、私が支払います」
「ちょ、ちょっとあの……」
香澄は何か言いかけるが、佑にグイと睨まれて黙り込む。
八谷は何か察したのか、佑に向けて微笑み、会釈をした。
「どうぞお好きにしてください。ですが八谷の社員として何か責任が生じましたら、いつでも私の方にご連絡ください」
「……ありがとうございます。無理は申し上げません」
感情を押し殺した声で佑は礼を言い、福島に告げる。
「福島さん、忠告です。そういう酒の飲み方をしていたら、いつか取り返しがつかなくなりますよ。あなたの周囲の人が笑って許してくれている間に、ご自身がどれだけのセクハラをしているか、自覚するべきです。福島重工さんの頂点に君臨する方なら、もう少しご自身を顧みたほうが宜しい」
そう言ったあと、佑は香澄の腕を掴んだまま、フロアを歩いてゆく。
「あのっ……、あの! 御劔さま!」
途中で自分がもといたテーブルを通る時、佑は隅に座っていた初老の秘書に声を掛ける。
「松井さん、あとの事はお願いします」
「はい、承知致しました」
佑は出入り口まで進むと、やっと香澄の腕を放してくれた。
「着替えてきてほしい」
「でっ、ですが勤務中で……」
「君のところの社長には、許可をもらった。あとから俺から詫びを入れておく。だから君は気にせず、俺に付き合ってほしい。……乱暴にして、強引に君の仕事を中断させて済まない。……でも、頼む」
動転して最初は佑に対して「訳が分からない」と思っていたものの、今度は丁寧に詫びられ、頼まれる。
(……もう……)
断る訳にいかないと思い、香澄は彼のジャケットをまず返した。
「お待ちください」
ペコリと頭を下げ、香澄はなるべくお尻を見せている動揺を表さないようにして、更衣室に入った。
「……何、…………なの…………」
更衣室に入った途端、香澄はドッと疲れを覚えて、ドア越しに佑に聞こえないよう、ごく小さな声で呟いた。
(面倒な人に目を付けられたな)
そう思うものの、しょせん香澄はどこに行っても雇われの身だ。
先ほど着たばっかりのバニーガールの衣装を脱ぎ、クリーニング用のバケツに入れると、今度は自分の服を着始める。
布面積の多い普通の服を着ると、やっといつもの自分を取り戻せた気がした。
「はぁあぁああぁ…………」
鏡の中の自分は、先ほどよりも数倍疲れた顔をしている。
せめて……と思ってポケットから口紅を出すと、リップを塗り直した。
(これからどうなるんだろう……。御劔さまに怒られるのかな……)
テーブルに押しかけてきた佑は、尋常ではない怒り方をしていた。
(おまけにバカって言われた)
人にそう言われるのは、なかなか久しぶりだ。
「あぁあ…………。帰りたい……」
最後に蚊の鳴くような声で弱音を吐いたあと、香澄は覚悟を決めて更衣室のドアを開いた。
**
「お待たせ致しました」
更衣室から出ると、目の前にはすでにコートを羽織った佑がいて、ウェイティングソファに座っていた。
彼の表情から先ほどの激しい怒りは消えている。
安堵すると、軽く頭を下げられた。
「すまなかった。ついカッとして、君にも乱暴な言葉を投げかけたし、乱暴な振る舞いをしてしまった。許してもらえるだろうか?」
「……え、ええ。はい。勿論。大丈夫です」
経営者ともあろうものが、こんなにすぐ人に謝ると思わず、香澄は半ば呆気にとられたまま頷いていた。
店長の星沢がエレベーターを呼んでくれていて、二人はゴンドラに乗り込む。
(何やってるんだ!)
もう一度心の中で叫び、佑はイライラと指で自分の膝を打つ。
自分を落ち着かせるためにハイボールを呷ると、右隣にいたバニーガールがすかさずおかわりを作ってくれた。
いつもなら「ありがとう」とねぎらいの言葉を掛けるのに、今はそれすら出てこないほど動揺している。
怒ったような顔で香澄を見守っていると、彼女は八谷と福島のテーブルまで行き、「お待たせ致しました」と頭を下げていた。
「あーあ、どうやら福島さんのご指名みたいですね。八谷さんの立場を悪くしないために、赤松さんが犠牲になっちゃったか……」
同席している社長が呟き、バニーガールたちも心配そうな顔をしていた。
佑の視線はテーブルの上にあるウィスキーの瓶にあったが、全神経は向こうのテーブルから聞こえてくる会話に集中していた。
やがて会話が不穏な方向にいったところで、佑の中で堪忍袋の緒が切れる。
「すみません、行ってきます」
立ち上がった佑を、イベント会社の社長はニヤニヤして見守る。
「御劔さんが一目惚れしたなら、自分の気持ちに素直になるといいでしょう。その代わり今度、事の顛末を聞かせてくださいよ?」
「……はい」
決意を目に宿し、佑は「ごめん」とバニーガールに謝り、彼女の膝をまたいでソファ席から出た。
その後ろ姿を、バニーガールたちは「姫の危機に現れる王子様みたい……」と見送っていたのだった。
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「すみません」
意識はすべて福島に持っていかれていたため、香澄は背後に人が立った事も分からなかった。
(えっ……?)
いきなり人が背後に現れたように感じ、香澄はビクッとして振り向く。
(えっ…………と? 背、高……っ!)
振り向いた先が腰あたりで、思わず見上げると先ほどの御劔佑が立っていた。
そして彼は自分のジャケットを脱いで、香澄の肩に掛ける。
「客として来ている店で、他社の事に口出しして申し訳ありません。ですが私から見て、赤松さんが理不尽なセクハラに遭っているとしか見えず、耐えきれませんでした」
ジャケットからはフワリとセクシーで上品な香りがし、香澄は思わず胸を高鳴らせる。
(じゃ、ない!)
慌てて立ち上がり、香澄は怒りを隠さない佑を止めにかかった。
「私は自分から望んでおもてなしをしています。大丈夫ですので、どうか……」
すると、この上なく冷たい目で見下ろされた。
「君はバカか」
「ふぇ……っ」
突然人のテーブルに乱入した上にバカと言われ、香澄はもう何が何だか分からない。
「八谷社長、私は御劔佑と申します」
佑は八谷に向けて丁寧にお辞儀をし、名刺入れから自身の名刺を出して差し出した。
「あっ、ご丁寧にありがとうございます」
八谷は立ち上がり、佑と名刺交換をする。
それに倣った福島と一応名刺を交換しつつも、佑は容赦のない言葉を彼に向けた。
「失礼を承知で申し上げれば、気持ち良く呑んで、赤松さんのマネージャーとしての挨拶にも気分を良くしていたところ、この展開になり失望しています」
「え……、だって君も男ならバニーガール、好きだろう?」
赤ら顔のまま、福島は佑が怒っている理由も理解せず笑いかける。
「そういう問題ではありません。マネージャーという責任ある立場の彼女から本来の仕事を奪い、必要ない事をさせて辱めたのが許せないと言っているのです」
「み、御劔さま、ですから私は……っ」
「君は黙っていてくれ。俺が嫌なんだ!」
ピシャリと言われ、訳が分からない。
(何なのぉ!? この人、何のつもりなの!? これ以上騒ぎを大きくしないで……!)
混乱した香澄の腕を掴み、佑は自分の体の後ろに彼女を隠す。
「八谷社長」
「何でしょうか。不愉快にしてしまい、申し訳ございません。責任追及なら、社長として私が負います」
「この赤松さんと、話をさせてください」
「え?」
「へ?」
佑の申し出に、香澄と八谷が固まる。
「仕事が終わるまでまだ時間があると思いますが、少し彼女と話がしたいです。ですから、彼女の時間を私にください。彼女の給料分は、私が支払います」
「ちょ、ちょっとあの……」
香澄は何か言いかけるが、佑にグイと睨まれて黙り込む。
八谷は何か察したのか、佑に向けて微笑み、会釈をした。
「どうぞお好きにしてください。ですが八谷の社員として何か責任が生じましたら、いつでも私の方にご連絡ください」
「……ありがとうございます。無理は申し上げません」
感情を押し殺した声で佑は礼を言い、福島に告げる。
「福島さん、忠告です。そういう酒の飲み方をしていたら、いつか取り返しがつかなくなりますよ。あなたの周囲の人が笑って許してくれている間に、ご自身がどれだけのセクハラをしているか、自覚するべきです。福島重工さんの頂点に君臨する方なら、もう少しご自身を顧みたほうが宜しい」
そう言ったあと、佑は香澄の腕を掴んだまま、フロアを歩いてゆく。
「あのっ……、あの! 御劔さま!」
途中で自分がもといたテーブルを通る時、佑は隅に座っていた初老の秘書に声を掛ける。
「松井さん、あとの事はお願いします」
「はい、承知致しました」
佑は出入り口まで進むと、やっと香澄の腕を放してくれた。
「着替えてきてほしい」
「でっ、ですが勤務中で……」
「君のところの社長には、許可をもらった。あとから俺から詫びを入れておく。だから君は気にせず、俺に付き合ってほしい。……乱暴にして、強引に君の仕事を中断させて済まない。……でも、頼む」
動転して最初は佑に対して「訳が分からない」と思っていたものの、今度は丁寧に詫びられ、頼まれる。
(……もう……)
断る訳にいかないと思い、香澄は彼のジャケットをまず返した。
「お待ちください」
ペコリと頭を下げ、香澄はなるべくお尻を見せている動揺を表さないようにして、更衣室に入った。
「……何、…………なの…………」
更衣室に入った途端、香澄はドッと疲れを覚えて、ドア越しに佑に聞こえないよう、ごく小さな声で呟いた。
(面倒な人に目を付けられたな)
そう思うものの、しょせん香澄はどこに行っても雇われの身だ。
先ほど着たばっかりのバニーガールの衣装を脱ぎ、クリーニング用のバケツに入れると、今度は自分の服を着始める。
布面積の多い普通の服を着ると、やっといつもの自分を取り戻せた気がした。
「はぁあぁああぁ…………」
鏡の中の自分は、先ほどよりも数倍疲れた顔をしている。
せめて……と思ってポケットから口紅を出すと、リップを塗り直した。
(これからどうなるんだろう……。御劔さまに怒られるのかな……)
テーブルに押しかけてきた佑は、尋常ではない怒り方をしていた。
(おまけにバカって言われた)
人にそう言われるのは、なかなか久しぶりだ。
「あぁあ…………。帰りたい……」
最後に蚊の鳴くような声で弱音を吐いたあと、香澄は覚悟を決めて更衣室のドアを開いた。
**
「お待たせ致しました」
更衣室から出ると、目の前にはすでにコートを羽織った佑がいて、ウェイティングソファに座っていた。
彼の表情から先ほどの激しい怒りは消えている。
安堵すると、軽く頭を下げられた。
「すまなかった。ついカッとして、君にも乱暴な言葉を投げかけたし、乱暴な振る舞いをしてしまった。許してもらえるだろうか?」
「……え、ええ。はい。勿論。大丈夫です」
経営者ともあろうものが、こんなにすぐ人に謝ると思わず、香澄は半ば呆気にとられたまま頷いていた。
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