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自白2
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「昨晩オーガストから真実を問われ、これ以上隠し立てできないと思いました。厚かましくも陛下の式を執り行わせて頂きましたが、司祭の座を辞することに致します」
朝食室はシンと静まりかえり、ニコラスが紅茶を一口飲む音がやけに響いた。
少ししてクライヴが口を開く。
「猊下の仰る通り、司祭の座を辞することには賛同しましょう。混乱の芽があれば、今後の教会の体制にも、聖爵であるブライト猊下の職務にも混乱がきたすでしょう。しかし何とも……、勝手な話だ」
最後の吐き捨てるような一言に、ニコラスは目元をやや厳しくしてクライヴを睨む。
「あなたの行動の源となったのは、確かに父性なのかもしれません。この場であなたは口にしませんでしたが、俺は早朝にオーガストから『王家と教会の結びつきを強固にするため』という理由も耳にしました」
ニコラスは唇に少し力を入れ、それでも真っ直ぐにクライヴを見ている。
モニカの膝の上で手が酷く震えていたので、クライヴはニコラスから目を離さないまま、彼女の手を強く握りしめた。
「あなたは自分の行動を、正当化する理由が欲しかったのではないですか? オーガストのため、白百合の誓いのため。そんなことを言いながら、あなたはただ己の欲望を叶えたかった。違いますか?」
「し……っ、失礼な。陛下とて白百合の誓いを愚弄することは、許されませんよ」
ニコラスの声が震えた。
「聖爵を養子に迎えた聖職者は、その養育費として多大な財を得る。一代限りの独自の爵位である聖爵は、貴族であり聖職者。その尊い立場を盾にすれば――教会だって質素な財源を潤すことができる。大聖堂など華美な建物を建造する資材を出すのは、王侯貴族。教会はその要請をするしかできない。だが――聖爵さえ手元にいて、純粋なオーガストを利用さえすれば……。潤沢な財を得て新たな教会を建てることも、本来質素であるべき生活を豊かにすることもできる。……猊下の首から下がるロザリオは、随分と素晴らしい」
クライヴの言葉にニコラスはギクッとし、一瞬手で胸元のロザリオを隠しかけた。
「……野心を持つのが、欲望を持つのが悪いとは言っていません。俺だって国王という立場にいながら、その心は生身の人間のものだ。汚い感情だって持つし、殊更モニカが関われば――冷酷にだってなる」
国王という立場から、聖職者すらも公平に裁こうとするクライヴは、戴冠式を経たばかりと思えない威厳がある。
誰もがその凛とした声音に聞き入り、年かさの者たちすら彼の言葉の続きを待っていた。
「新しい教会を建てて欲しいなら、素直にそう要請すればいい。聖職者の生活が質素でもの足りないと思うなら、話し合ってその結果を出せばいい。一番いけないのは……表向き笑顔を絶やさず、周囲を裏切ることです。あなたは自分を慕うオーガストを裏切り、モニカも裏切った。……それは聖職者としての前に、一人の人間として、養父としてやってはいけないことだ」
「く……っ」
ニコラスは拳を握って震わせ、それ以上言い返すことはできなかった。
「ニコラス司祭の告白の元、これから俺は教会上層部に向けて告発状を書きます。司祭には相応の罰を。司祭に協力し変装してモニカを襲った、聖騎士団員にも罰を与えてもらいます。それ以外の関係ない者――オーガストや協会関係者には、何も罰を要求しないと決めています」
最後にその場の者に伝えたクライヴの決断に、バートランドも手を挙げ賛同した。
「私もクライヴ陛下と同様にします、猊下。あなたには随分世話になりましたが、愛娘に害をなそうとしたことは許されません。だが、罪憎さに教会そのものを相手にするのは、また違う」
親交のあるバートランドにまで言われ、ニコラスは項垂れた。が、どこか肩の荷が下りたような表情をしている。
「……最大限のご配慮、痛み入ります」
その後、オーガストが立ち上がり護衛の聖騎士に伝えた。
「ニコラス司祭を、聖牢までお連れしろ」
紙のように真っ白になった顔は強張り、声も固い。けれどオーガストは聖爵として正しい行動をしようとしていた。
「此度の両国の顔合わせ、このような幕引きとなり非常に申し訳なく思っています。が、俺は新しい治世で、ヴィンセント王国とウィドリントン王国の更なる親交、繁栄を心から願っています」
「――私も、同じ思いです。陛下」
立ち上がった二人の王――義父と義息は固い握手を交わした。
その後ウィドリントン王国の者たちは出立し、クライヴとモニカは遠くなる隊列を見送っていた。
「……じゃあ、僕も行くよ」
最後に聖爵のための白い馬車の前で、オーガストが微笑む。
「気を付けてね」
「ああ。二人とも、迷惑をかけて済まない」
深く頭を下げるオーガストに、クライヴとモニカは彼の体にそっと触れる。
「あなたが気に病むことはないわ、オーガスト。白百合の前でのことは……、私もあまりハッキリ覚えていないのだもの。物心ついたぐらいの子供の言動に、いちいち責任を問うていたらきりがないわ」
「モニカの言う通りだ。オーガスト。君は何も悪くない。子供時代の白百合の誓いが守られるのなら……。俺は既に姦通罪で訴えられている」
クライヴの言い方にオーガストは思わず笑い、だが『姦通罪』という言葉の大きさに天を仰ぐ。
ひとしきり笑ったあと、オーガストは金髪を掻き上げて微笑む。
「これから忙しくなりそうだから、気合いを入れるよ。僕の気持ちはすぐに昇華しきれるものじゃないが、でも一国の王妃となったモニカに愚かな真似はしない。僕は君たちの結婚を聖爵として祝福する。そしてウィドリントンとヴィンセントが永く繁栄するよう……尽力する」
差し出された手をクライヴは固く握り、その後にモニカも握手をしてハグをする。
「元気でね、オーガスト。落ち着いたらまた会いましょう」
「君たちも元気で。世継ぎの報告を待ってるよ」
穏やかに微笑したまま、オーガストは馬車に乗り込み――聖騎士団に護られた白い馬車は遠くなってゆく。
「……嵐のような日々だったわ」
「これで落ち着くと信じているよ」
風が吹き、遠くから庭園の花の香が薫ってくる。
その中に混じる百合の匂いも、もうモニカを煩わせることはなかった。
朝食室はシンと静まりかえり、ニコラスが紅茶を一口飲む音がやけに響いた。
少ししてクライヴが口を開く。
「猊下の仰る通り、司祭の座を辞することには賛同しましょう。混乱の芽があれば、今後の教会の体制にも、聖爵であるブライト猊下の職務にも混乱がきたすでしょう。しかし何とも……、勝手な話だ」
最後の吐き捨てるような一言に、ニコラスは目元をやや厳しくしてクライヴを睨む。
「あなたの行動の源となったのは、確かに父性なのかもしれません。この場であなたは口にしませんでしたが、俺は早朝にオーガストから『王家と教会の結びつきを強固にするため』という理由も耳にしました」
ニコラスは唇に少し力を入れ、それでも真っ直ぐにクライヴを見ている。
モニカの膝の上で手が酷く震えていたので、クライヴはニコラスから目を離さないまま、彼女の手を強く握りしめた。
「あなたは自分の行動を、正当化する理由が欲しかったのではないですか? オーガストのため、白百合の誓いのため。そんなことを言いながら、あなたはただ己の欲望を叶えたかった。違いますか?」
「し……っ、失礼な。陛下とて白百合の誓いを愚弄することは、許されませんよ」
ニコラスの声が震えた。
「聖爵を養子に迎えた聖職者は、その養育費として多大な財を得る。一代限りの独自の爵位である聖爵は、貴族であり聖職者。その尊い立場を盾にすれば――教会だって質素な財源を潤すことができる。大聖堂など華美な建物を建造する資材を出すのは、王侯貴族。教会はその要請をするしかできない。だが――聖爵さえ手元にいて、純粋なオーガストを利用さえすれば……。潤沢な財を得て新たな教会を建てることも、本来質素であるべき生活を豊かにすることもできる。……猊下の首から下がるロザリオは、随分と素晴らしい」
クライヴの言葉にニコラスはギクッとし、一瞬手で胸元のロザリオを隠しかけた。
「……野心を持つのが、欲望を持つのが悪いとは言っていません。俺だって国王という立場にいながら、その心は生身の人間のものだ。汚い感情だって持つし、殊更モニカが関われば――冷酷にだってなる」
国王という立場から、聖職者すらも公平に裁こうとするクライヴは、戴冠式を経たばかりと思えない威厳がある。
誰もがその凛とした声音に聞き入り、年かさの者たちすら彼の言葉の続きを待っていた。
「新しい教会を建てて欲しいなら、素直にそう要請すればいい。聖職者の生活が質素でもの足りないと思うなら、話し合ってその結果を出せばいい。一番いけないのは……表向き笑顔を絶やさず、周囲を裏切ることです。あなたは自分を慕うオーガストを裏切り、モニカも裏切った。……それは聖職者としての前に、一人の人間として、養父としてやってはいけないことだ」
「く……っ」
ニコラスは拳を握って震わせ、それ以上言い返すことはできなかった。
「ニコラス司祭の告白の元、これから俺は教会上層部に向けて告発状を書きます。司祭には相応の罰を。司祭に協力し変装してモニカを襲った、聖騎士団員にも罰を与えてもらいます。それ以外の関係ない者――オーガストや協会関係者には、何も罰を要求しないと決めています」
最後にその場の者に伝えたクライヴの決断に、バートランドも手を挙げ賛同した。
「私もクライヴ陛下と同様にします、猊下。あなたには随分世話になりましたが、愛娘に害をなそうとしたことは許されません。だが、罪憎さに教会そのものを相手にするのは、また違う」
親交のあるバートランドにまで言われ、ニコラスは項垂れた。が、どこか肩の荷が下りたような表情をしている。
「……最大限のご配慮、痛み入ります」
その後、オーガストが立ち上がり護衛の聖騎士に伝えた。
「ニコラス司祭を、聖牢までお連れしろ」
紙のように真っ白になった顔は強張り、声も固い。けれどオーガストは聖爵として正しい行動をしようとしていた。
「此度の両国の顔合わせ、このような幕引きとなり非常に申し訳なく思っています。が、俺は新しい治世で、ヴィンセント王国とウィドリントン王国の更なる親交、繁栄を心から願っています」
「――私も、同じ思いです。陛下」
立ち上がった二人の王――義父と義息は固い握手を交わした。
その後ウィドリントン王国の者たちは出立し、クライヴとモニカは遠くなる隊列を見送っていた。
「……じゃあ、僕も行くよ」
最後に聖爵のための白い馬車の前で、オーガストが微笑む。
「気を付けてね」
「ああ。二人とも、迷惑をかけて済まない」
深く頭を下げるオーガストに、クライヴとモニカは彼の体にそっと触れる。
「あなたが気に病むことはないわ、オーガスト。白百合の前でのことは……、私もあまりハッキリ覚えていないのだもの。物心ついたぐらいの子供の言動に、いちいち責任を問うていたらきりがないわ」
「モニカの言う通りだ。オーガスト。君は何も悪くない。子供時代の白百合の誓いが守られるのなら……。俺は既に姦通罪で訴えられている」
クライヴの言い方にオーガストは思わず笑い、だが『姦通罪』という言葉の大きさに天を仰ぐ。
ひとしきり笑ったあと、オーガストは金髪を掻き上げて微笑む。
「これから忙しくなりそうだから、気合いを入れるよ。僕の気持ちはすぐに昇華しきれるものじゃないが、でも一国の王妃となったモニカに愚かな真似はしない。僕は君たちの結婚を聖爵として祝福する。そしてウィドリントンとヴィンセントが永く繁栄するよう……尽力する」
差し出された手をクライヴは固く握り、その後にモニカも握手をしてハグをする。
「元気でね、オーガスト。落ち着いたらまた会いましょう」
「君たちも元気で。世継ぎの報告を待ってるよ」
穏やかに微笑したまま、オーガストは馬車に乗り込み――聖騎士団に護られた白い馬車は遠くなってゆく。
「……嵐のような日々だったわ」
「これで落ち着くと信じているよ」
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