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挙式
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翌日からは、クライヴが言っていたように結婚式の準備が始まる。
モニカは怪我人なので、念入りに宮廷医官の診察を受けた。
また、付添人のアーロン夫婦にも無事を喜ばれた。
もちろん、叔父のアーロンとその妻のことは記憶にある。けれど彼らが結婚のための付添人で……というのは、やはり覚えていない出来事だった。
モニカを心配する叔父に、彼女はクライヴに関する記憶を失ったことは黙っていた。
記憶のことはクライヴとケイシーと医者。内々の秘密にしておこうとクライヴと決めたのだ。
彼女の体調を気遣いながら、もう一度ドレスやヴェールを体に合わせ、念入りに準備を進める。
大聖堂で式の予行練習をし、式を挙げたあとにパレードで回る道順を聞く。
そのようにしている間に、ウィドリントンからモニカの家族や親族が訪れる。周辺国の王侯貴族が集まり――結婚式当日となった。
父王バートランドにエスコートされ、モニカはバージンロードを一歩ずつ歩いてゆく。
大きなパイプオルガンから荘厳な音楽が流れ、ステンドグラスから色とりどりの光が注ぎ込んでいた。
ヴェール越しにそれらを見て、モニカはこの道を歩いている一歩ずつの間、自分が音と光によって清められていくように感じる。
祭壇の上でモニカを待っているのは、正装に身を包んだクライヴ。
目が覚めるようなブルーの大綬を斜めにかけたクライヴは、肩章(エポレット)と同色の飾りがついた、白い軍服を着ていた。下は黒に近い濃紺のトラウザーズ。磨き上げられたブーツは光り、非の打ち所のない王子が待っている。
モニカは金髪を複雑な形に編み込まれ、その中にも小花をあしらったピンを刺されていた。
華奢な首から肩を、花柄のレースが覆い、胸元から下は優美なラインを描いたドレスが裾を長く引きずっている。ロンググローブを嵌めた手は、白百合のブーケを持っていた。
ドレス同様長いヴェールの裾は、ウィドリントンから来た親戚のリトルレディがヴェールガールを請け負っていた。
花婿の前に着いたモニカは、神妙な面持ちで聖壇前に立つ。
パイプオルガン奏者がまた別の曲を演奏し、全員が賛美歌を歌った。高い薔薇天井にまで届くような声に、モニカはもうはや感動してしまいそうだ。
確かに自分はクライヴとの記憶はない。
けれど数週間前のあの夜のできごとから、彼の愛を深く感じられた気がしたのだ。
自分を心から思ってくれているからこそ、あんな風に優しく触れて自分を気持ち良くできる。
自分だって彼に多少なりとも嫌悪や「結婚できない」という気持ちを抱いていれば、あれほど喘ぐこともなかったと思う。
(私たちは、結ばれる運命だったのだわ)
司祭が聖書を朗読しているありがたい時間だというのに、モニカは甘い堕落の時を思い出した自分を、そっと恥じた。
司祭に問われ、クライヴは凛とした声で誓約を述べる。
モニカもまた、緊張で震えそうになる声で「誓います」と神の前でクライヴへの愛を誓った。
指輪交換になり、二人の指には眩いダイヤが鎮座する指輪が収まる。
揃いのデザインのそれは、若い夫婦の絆を感じさせた。
そして――誓いのキス。
花婿がヴェールアップをするために、モニカは少し頭を下げて膝を折った。
ティアラや髪が乱れないよう、クライヴは緊張した手で薄いヴェールを持ち上げる。
同時にずっと付き合いのあったあのモニカが、自分の妻になるのだと思うとどこか不思議にも思う。
加えて――今の彼女は昔の記憶を持たない。
けれど、そのすべてを「構わない」と思っていた。
満足そうな顔で最前列に座っている父王を見れば、時間の少ない彼にまず一つ約束を果たせた満足がある。
自分たちの事情でモニカの記憶に構わず式を挙げてしまったが、彼女は必ず幸せにする。
決意して見つめた先には、この世の者と思えない美しい花嫁がいた。
白く抜けるような肌、天に向かって弧を描いて生えた金色の睫毛。『ウィドリントンのエメラルド』と呼ばれる美しい瞳。紅をさされて薔薇の蕾のように色づいた、唇。
「……愛してる」
モニカに聞こえるか聞こえないかの声で囁き、クライヴはそっと唇を重ねた。
二人の周りから――、音が消えたように思えた。
感じられるのは互いの唇と、緊張の抜けない体のぬくもりだけ。
目を閉じて愛しさに耳を澄ませていると、チュッと濡れた音がしてクライヴが唇を離した。
「……は」
ぼぅっとして夫を見上げると、彼は「続きは初夜に」というような悪戯っぽい目でウインクをする。
それに唇を引き結び、モニカは小さく頷いた。
結婚証明書にサインをし、司祭が二人が夫婦となったことを宣言する。
そのようにして、大聖堂での式は終わった。
フラワーシャワー浴びて祝福を受けた後は、金の馬車に乗り王都につめかけた民からの祝福を受ける。
王宮に戻って宴が開かれた後――、日が暮れる頃になってモニカは初夜の準備を始めた。
**
モニカは怪我人なので、念入りに宮廷医官の診察を受けた。
また、付添人のアーロン夫婦にも無事を喜ばれた。
もちろん、叔父のアーロンとその妻のことは記憶にある。けれど彼らが結婚のための付添人で……というのは、やはり覚えていない出来事だった。
モニカを心配する叔父に、彼女はクライヴに関する記憶を失ったことは黙っていた。
記憶のことはクライヴとケイシーと医者。内々の秘密にしておこうとクライヴと決めたのだ。
彼女の体調を気遣いながら、もう一度ドレスやヴェールを体に合わせ、念入りに準備を進める。
大聖堂で式の予行練習をし、式を挙げたあとにパレードで回る道順を聞く。
そのようにしている間に、ウィドリントンからモニカの家族や親族が訪れる。周辺国の王侯貴族が集まり――結婚式当日となった。
父王バートランドにエスコートされ、モニカはバージンロードを一歩ずつ歩いてゆく。
大きなパイプオルガンから荘厳な音楽が流れ、ステンドグラスから色とりどりの光が注ぎ込んでいた。
ヴェール越しにそれらを見て、モニカはこの道を歩いている一歩ずつの間、自分が音と光によって清められていくように感じる。
祭壇の上でモニカを待っているのは、正装に身を包んだクライヴ。
目が覚めるようなブルーの大綬を斜めにかけたクライヴは、肩章(エポレット)と同色の飾りがついた、白い軍服を着ていた。下は黒に近い濃紺のトラウザーズ。磨き上げられたブーツは光り、非の打ち所のない王子が待っている。
モニカは金髪を複雑な形に編み込まれ、その中にも小花をあしらったピンを刺されていた。
華奢な首から肩を、花柄のレースが覆い、胸元から下は優美なラインを描いたドレスが裾を長く引きずっている。ロンググローブを嵌めた手は、白百合のブーケを持っていた。
ドレス同様長いヴェールの裾は、ウィドリントンから来た親戚のリトルレディがヴェールガールを請け負っていた。
花婿の前に着いたモニカは、神妙な面持ちで聖壇前に立つ。
パイプオルガン奏者がまた別の曲を演奏し、全員が賛美歌を歌った。高い薔薇天井にまで届くような声に、モニカはもうはや感動してしまいそうだ。
確かに自分はクライヴとの記憶はない。
けれど数週間前のあの夜のできごとから、彼の愛を深く感じられた気がしたのだ。
自分を心から思ってくれているからこそ、あんな風に優しく触れて自分を気持ち良くできる。
自分だって彼に多少なりとも嫌悪や「結婚できない」という気持ちを抱いていれば、あれほど喘ぐこともなかったと思う。
(私たちは、結ばれる運命だったのだわ)
司祭が聖書を朗読しているありがたい時間だというのに、モニカは甘い堕落の時を思い出した自分を、そっと恥じた。
司祭に問われ、クライヴは凛とした声で誓約を述べる。
モニカもまた、緊張で震えそうになる声で「誓います」と神の前でクライヴへの愛を誓った。
指輪交換になり、二人の指には眩いダイヤが鎮座する指輪が収まる。
揃いのデザインのそれは、若い夫婦の絆を感じさせた。
そして――誓いのキス。
花婿がヴェールアップをするために、モニカは少し頭を下げて膝を折った。
ティアラや髪が乱れないよう、クライヴは緊張した手で薄いヴェールを持ち上げる。
同時にずっと付き合いのあったあのモニカが、自分の妻になるのだと思うとどこか不思議にも思う。
加えて――今の彼女は昔の記憶を持たない。
けれど、そのすべてを「構わない」と思っていた。
満足そうな顔で最前列に座っている父王を見れば、時間の少ない彼にまず一つ約束を果たせた満足がある。
自分たちの事情でモニカの記憶に構わず式を挙げてしまったが、彼女は必ず幸せにする。
決意して見つめた先には、この世の者と思えない美しい花嫁がいた。
白く抜けるような肌、天に向かって弧を描いて生えた金色の睫毛。『ウィドリントンのエメラルド』と呼ばれる美しい瞳。紅をさされて薔薇の蕾のように色づいた、唇。
「……愛してる」
モニカに聞こえるか聞こえないかの声で囁き、クライヴはそっと唇を重ねた。
二人の周りから――、音が消えたように思えた。
感じられるのは互いの唇と、緊張の抜けない体のぬくもりだけ。
目を閉じて愛しさに耳を澄ませていると、チュッと濡れた音がしてクライヴが唇を離した。
「……は」
ぼぅっとして夫を見上げると、彼は「続きは初夜に」というような悪戯っぽい目でウインクをする。
それに唇を引き結び、モニカは小さく頷いた。
結婚証明書にサインをし、司祭が二人が夫婦となったことを宣言する。
そのようにして、大聖堂での式は終わった。
フラワーシャワー浴びて祝福を受けた後は、金の馬車に乗り王都につめかけた民からの祝福を受ける。
王宮に戻って宴が開かれた後――、日が暮れる頃になってモニカは初夜の準備を始めた。
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