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姫の輿入れ
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美しく成長したモニカはウィドリントン王国の第一王女で二十二歳。
波打った見事な金髪には花の簪をつけ、若草色のドレスに身を包んでいた。
モニカはよく耳の上で三つ編みにした髪をまとめ、花の簪をつけていた。それが貴族の令嬢たち、果ては城下街の娘たちにも流行していった。
明るく聡明でありながら、よく城下街に出ては気さくに民と話す。そんな彼女は誰からも好かれていた。
美しく楚々としている印象があるが、必要があれば身軽に行動する。
時にそれは両親や世話係から、「はしたない」と渋面を向けられる行動である。だがモニカの身内でない者たちからは、王女なのに等身大の人間に思えると受けがいい。
良くも悪くも天真爛漫な彼女は、スクスクと育った。そしていま彼女は、隣のヴィンセント王国に向かう馬車の中にいた。
かねてより交際のあった、ヴィンセントの王子クライヴに嫁ぐためだ。
モニカが乗っている金の馬車は、周囲を騎士が乗った馬に囲まれていた。
先をゆく馬車には、付添人として叔父夫婦が乗っている。
後に続く荷馬車には、花嫁道具や持参金。さまざまな物が慎重に運ばれていた。そのどれもが、一国の王女として相応しい金額であったり、豪奢な物ばかりだ。
モニカの両親である国王と王妃、そして妹王女と弟王子。四人は国の要人なので、挙式の時に供を連れて来ることになっている。
それでもモニカは、特に新しい環境への恐れはない。
隣国のヴィンセント王国は、モニカの育ったウィドリントン王国と友好的で、王家同士の付き合いも深い。
ヴィンセント王国の第一王子クライヴとは、モニカが十歳になる前から交友がある。
その果てに、二人は自然に恋に落ちたのだ。
両国とも大事な王子と王女を、いずれ政治的に有力で、かつ二人の意思になるべく沿った相手と結婚させられたら……。と思っていた。
なのでクライヴとモニカの恋愛は、両国の王にとっても都合が良かった。
海に面したウィドリントン王国は、海産物や塩などが交易の強みだ。逆にヴィンセント王国は、山側にあり乳製品や上質な肉を提供している。
それらを基に今までいい交易を築いてきたが、それをもっと強めるためにクライヴとモニカはうってつけの存在だった。
誰も反対する者がいない中、二人は周囲が見ていて微笑ましい恋人になる。そして会えない期間は手紙のやり取りを重ね、今こうしてモニカは嫁ごうとしている。
「ねぇ、ケイシー。私まだあんまり実感がないわ」
モニカの向かいに座っているのは、側仕えの侍女だ。
現在二十六歳のケイシーは、モニカのために生きていると言っても差し支えがないほどの忠実な侍女だ。
働ける歳になって採用口を探している時、偶然王宮の仕事があった。そこで器量がいい事と、機転の速さなどが買われ、モニカづきの侍女となった。
前任はしっかり者の老世話係がモニカの側にいたが、年齢のために引退することとなった。その間にケイシーは、側仕えの仕事をしっかり叩き込まれた。
今ではモニカに向かって「しっかりしてください、姫さま」と言えるほどだ。
「それは……。結婚を控えた女性なら、誰もが思うことだと思います。でも姫さまはずっと、クライヴ殿下と想いを交わし合ってきたじゃないですか」
「そう……ね。でもそのクライヴが、何だかこれから旦那さまになるという気がしないの」
「お付き合いが長かったからでしょうか?」
「……かもしれないわね」
「異性として見られませんか?」
「うーん……。男の子としては見ているけれど……。やだ。クライヴも二十六になるのに、男の子って言ったら沽券に関わるわよね」
「前回お会いになったのは、二年前でしたね。隣国とはいえ、一国の王子・王女殿下ともなれば国務もありますし」
「そうね。だから今回はとても楽しみだわ。二年の間に、お互い少しは大人っぽくなったと思うし……。旦那さまになるクライヴが、私をどのように迎えてくれるのも楽しみだわ」
それを想像したのか、モニカはクスッと小さく笑った。
「ふふ。姫さま? クライヴ殿下だって立派な大人の男性なんですから。あまりお転婆していると、ご自身が女性だっていうことを思い知らされますよ?」
「えぇ? 何それ? ケイシーってばもしかして……、大人の事情のことを言ってるの?」
年頃の女性らしく、モニカはケイシーの言うことに興味を引かれた。両手で口元を覆い、馬車には誰もいないのに左右を見回す。
「それって……」
馬車のカーテンがちゃんと引かれてあるのを確認してから、ケイシーに向かって小声で何か言いかけた時だった――。
波打った見事な金髪には花の簪をつけ、若草色のドレスに身を包んでいた。
モニカはよく耳の上で三つ編みにした髪をまとめ、花の簪をつけていた。それが貴族の令嬢たち、果ては城下街の娘たちにも流行していった。
明るく聡明でありながら、よく城下街に出ては気さくに民と話す。そんな彼女は誰からも好かれていた。
美しく楚々としている印象があるが、必要があれば身軽に行動する。
時にそれは両親や世話係から、「はしたない」と渋面を向けられる行動である。だがモニカの身内でない者たちからは、王女なのに等身大の人間に思えると受けがいい。
良くも悪くも天真爛漫な彼女は、スクスクと育った。そしていま彼女は、隣のヴィンセント王国に向かう馬車の中にいた。
かねてより交際のあった、ヴィンセントの王子クライヴに嫁ぐためだ。
モニカが乗っている金の馬車は、周囲を騎士が乗った馬に囲まれていた。
先をゆく馬車には、付添人として叔父夫婦が乗っている。
後に続く荷馬車には、花嫁道具や持参金。さまざまな物が慎重に運ばれていた。そのどれもが、一国の王女として相応しい金額であったり、豪奢な物ばかりだ。
モニカの両親である国王と王妃、そして妹王女と弟王子。四人は国の要人なので、挙式の時に供を連れて来ることになっている。
それでもモニカは、特に新しい環境への恐れはない。
隣国のヴィンセント王国は、モニカの育ったウィドリントン王国と友好的で、王家同士の付き合いも深い。
ヴィンセント王国の第一王子クライヴとは、モニカが十歳になる前から交友がある。
その果てに、二人は自然に恋に落ちたのだ。
両国とも大事な王子と王女を、いずれ政治的に有力で、かつ二人の意思になるべく沿った相手と結婚させられたら……。と思っていた。
なのでクライヴとモニカの恋愛は、両国の王にとっても都合が良かった。
海に面したウィドリントン王国は、海産物や塩などが交易の強みだ。逆にヴィンセント王国は、山側にあり乳製品や上質な肉を提供している。
それらを基に今までいい交易を築いてきたが、それをもっと強めるためにクライヴとモニカはうってつけの存在だった。
誰も反対する者がいない中、二人は周囲が見ていて微笑ましい恋人になる。そして会えない期間は手紙のやり取りを重ね、今こうしてモニカは嫁ごうとしている。
「ねぇ、ケイシー。私まだあんまり実感がないわ」
モニカの向かいに座っているのは、側仕えの侍女だ。
現在二十六歳のケイシーは、モニカのために生きていると言っても差し支えがないほどの忠実な侍女だ。
働ける歳になって採用口を探している時、偶然王宮の仕事があった。そこで器量がいい事と、機転の速さなどが買われ、モニカづきの侍女となった。
前任はしっかり者の老世話係がモニカの側にいたが、年齢のために引退することとなった。その間にケイシーは、側仕えの仕事をしっかり叩き込まれた。
今ではモニカに向かって「しっかりしてください、姫さま」と言えるほどだ。
「それは……。結婚を控えた女性なら、誰もが思うことだと思います。でも姫さまはずっと、クライヴ殿下と想いを交わし合ってきたじゃないですか」
「そう……ね。でもそのクライヴが、何だかこれから旦那さまになるという気がしないの」
「お付き合いが長かったからでしょうか?」
「……かもしれないわね」
「異性として見られませんか?」
「うーん……。男の子としては見ているけれど……。やだ。クライヴも二十六になるのに、男の子って言ったら沽券に関わるわよね」
「前回お会いになったのは、二年前でしたね。隣国とはいえ、一国の王子・王女殿下ともなれば国務もありますし」
「そうね。だから今回はとても楽しみだわ。二年の間に、お互い少しは大人っぽくなったと思うし……。旦那さまになるクライヴが、私をどのように迎えてくれるのも楽しみだわ」
それを想像したのか、モニカはクスッと小さく笑った。
「ふふ。姫さま? クライヴ殿下だって立派な大人の男性なんですから。あまりお転婆していると、ご自身が女性だっていうことを思い知らされますよ?」
「えぇ? 何それ? ケイシーってばもしかして……、大人の事情のことを言ってるの?」
年頃の女性らしく、モニカはケイシーの言うことに興味を引かれた。両手で口元を覆い、馬車には誰もいないのに左右を見回す。
「それって……」
馬車のカーテンがちゃんと引かれてあるのを確認してから、ケイシーに向かって小声で何か言いかけた時だった――。
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