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 二〇一五年 十二月二十四日
 時人は白根家に招待され、冬場だがサングラスをした葵と一緒に外出していた。
 葵は自分の外見を気にしていたが、年中サングラスを着用する人は少なくない。有名人にもなれば変装とか、ただ単に目が弱いからという理由でサングラスをかけている人もいる。ファッション意識の高い人も然りだ。
 結果的に葵がサングラスをかけて外出しても、それを訝しむ人は誰もいなかった。
「二人でこうやって電車とかに乗るの、久し振りですね。大丈夫ですか?」
 都内を走る電車というだけあって、クリスマスイブのその日はいつも以上に混雑している。人の体臭や、色々な匂いや雑音があるので時人は葵を気遣う。本来なら宇佐美家の運転手が送ると言っていたのだが、葵が人の中に出る練習をしたいと言ったのだ。
「はい、平気です。ちょっと強いなとは思いますが、具合悪いとかにはなりません」
 この日のために香織が買い与えたワインレッドのワンピースを着た葵は、これもまたプレゼントされた本物のファーをあしらったコートを身に纏い、髪は編み込みでまとめてある。清潔な感じのするお嬢さんという雰囲気が漏れ、薄い茶色のサングラスはセレブっぽさを出す。その側に立つのが時人のような長身イケメンなので、二人は密かに車内の注目を浴びていた。
「智治くんが、駅に着いたら車で迎えにきてくれはるんですって」
「ありがたいです」
 やがて二人は美来の家の最寄り駅で降り、迎えに来た智治の車に乗る。
「本当に久し振りだね、葵ちゃん。それから時人くんも」
「智治くんもほんまにお久し振り。みんな元気?」
「いちもさやも元気だよ。元気すぎて困ってるぐらいだ。二人とも『葵ちゃんとお兄ちゃんに会いたい』って言っているよ」
「ほんま? 嬉しい。ね、時人さん」
「本当にありがたい事です」
 ケーキは美来が用意するとの事だが、お土産のお菓子も持った。弾む気持ちで車に乗っていたのだが、運転していた智治がポツリと口を開く。
「……お義母さんから聞いたんだけど、二人とも人間じゃないって本当?」
 とても失礼な事を訊く、遠慮した声だった。けれど智治の言葉には、家庭を守るためにちゃんとハッキリさせておかないとという意思が見える。
 後部座席で時人と葵は顔を見合わせ、それから時人が控えめに答えた。
「嘘はつきたくないので……、本当です。ですが葵さんも訓練をして普通の人と大差ないぐらいまでリハビリをしました。人を襲うという事もありませんし、どうぞ安心してください」
 時人の言葉に智治は少し沈黙し、チラッとバックミラーを見て「吸血鬼か~」とゆっくりと自分の中で納得させてゆくように頷く。
「俺が知っているような、映画の世界のドラキュラとかとはまた違うんだろうね。こうやって鏡で確認できるわけだし」
「そうですね。吸血鬼の弱点として挙げられるもので死ぬ訳ではないですし、血も必ずしも必要という訳じゃないんです。本当に、個性……というか、特異体質という感じで見てもらえれば」
「そっか。お義母さんから連絡があったって美来ちゃんから聞いて、今までちょっと考え込んでいたりはしたんだけど、やっぱり本人から話聞いたらスッキリするもんだね。いい人だって分かっている時人くんも、文句なしの義妹の葵ちゃんも、人を襲う化け物になる訳ないもんね」
 時人の口から吸血鬼の事情を聴いて智治はホッとした顔になり、気持ちを切り替えて今日のクリスマスパーティーの話をする。
 その柔軟な対応をありがたく思いつつも、二人共葵が血の滲む努力で人に近付いたという事は言えないでいた。勿論、彼女が血液パックを口にしていた事も――。

「葵ちゃーん!」
「お兄ちゃん!」
 白根家へ着くとパーティー用に可愛らしいワンピースを着た一華と沙夜が二人に駆け寄り、満面の笑顔で抱き付いた。
「いっちゃん、さっちゃん、久し振りやねぇ」
「二人とも、こんにちは」
 二年前よりもずっと背が伸びた二人を見て、その間の成長が見られなかったのは悔しいと葵は思う。だがリハビリをして人並みの生活ができるようになった今は、こうやって二人を抱き締められる。
「葵ちゃん、病気だったの?」
「ちょっとな。けど、もう平気やえ」
 室内に入ったのでサングラスを外す。葵の目は元々黒いのがやや茶色っぽくなったぐらいの変化で、会話をする距離でその変化は気付かない。
「お姉ちゃん、これお土産」
「おおきに、葵。病み上がりなのにおおきにね」
 葵から焼き菓子の詰め合わせを受け取った美来が微笑む。二人が人でないと知っている筈だが、彼女は今まで通りに接してくれる。
「お久し振りです。美来さん」
「時人さんも、葵に良くしてくれはっておおきに。今日は楽しんでってくださいね」
 白根家もクリスマスムードになっていて、庭木にはイルミネーション。玄関にはリースが飾ってあり、居間にはクリスマスツリー。今日の日を迎えるために子供たちが飾り付けたのか、色とりどりの折り紙から作った輪飾りがある。
「いっちゃんとさっちゃんが飾ったの? 綺麗やねぇ」
 葵が褒めると姉妹ははにかみ、「パパとママもちょっと手伝ったよ」と自分達の功績を誇示する。
「とっても綺麗だね」
 時人も褒めると、二人は体を左右に揺らして「えへへ」と笑った。
「そんないい子には……、葵ちゃんとお兄ちゃんからプレゼントがあります」
 おもむろに葵が芝居がかった声を出し、持ってきた紙袋からラッピングされたプレゼントを取り出すと、それを気にしていた姉妹がきゃあっと声を上げて喜んだ。
「なぁに? 葵ちゃん、プレゼントなぁに?」
 気持ちが逸る姉妹に、葵は嬉しそうに笑ってから少し澄ました顔をする。
「目を瞑って、手を前に出してくださーい」
 そのいかにも「秘密」という言い方に子供たちの興奮は高まり、姉妹は「何かな」と口にして目を閉じ両手を差し出す。
「はい、いっちゃん、さっちゃん。メリークリスマス」
 葵は一華と沙夜の手の上にラッピングされた箱を置く。その途端パッと目を開け包装を取り始める姉妹の向こうで、料理を温めながら美来が「おおきにね」と笑う。
「ママ! お姫様ミカちゃんだよ!」
「さやのもドレスのミカちゃん!」
「そう。良かったねぇ。葵ちゃんとお兄ちゃんにありがとう言って」
「葵ちゃん、お兄ちゃんありがとう!」
「さやもありがとう! 大事にするね!」
 ドレスを着た人形を手にした姉妹がキラキラとした顔で二人を見上げ、それに時人と葵は思わず嬉しくなる。自分達はまだ結婚もしておらず子供もいないが、こんな風に可愛らしい子を自分も育ててみたいと、葵の中の女の本能が訴えるのだ。
「どういたしまして。ほな、いっちゃんとさっちゃんはお兄ちゃんと遊んであげて? 葵ちゃん、ママのお手伝いしてくるさかい」
「はぁい!」
 元気な返事をすると、姉妹はソファに座っている時人の両側に座り、人形を手に時人に話しかけてくる。小さい女の子と人形で遊んだ事はないものの、時人は「こういう反応をしたら喜んでくれるのかな」という気持ちで姉妹に応対した。
 その間智治はコーヒーを出し、やがてご馳走の準備ができると白根家でのクリスマスパーティーが始まったのだった。
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