13 / 38
過去2-2
しおりを挟む
それから二人は幸せな時間を過ごした。
八月に入り、時人は葵を実家に招待し、両親に紹介した。
今まで時人から好きな人がいると全く聞いていなかった両親は、清潔で品のある服に身を包んだ美女を見て、一目で気に入った。
秘書や家政婦からそれとなく、時人が今まで外泊をしたとか女の影があると聞いていた。だがこうやってちゃんと紹介してくれるのは初めてなのだ。
ダイニングの長いテーブルに、時人の両親と二人は向かい合わせに座り、シェフが作った料理に舌鼓をうつ。
「葵さん、京都の美作さんのお嬢さんなのね。美作さんとは宇佐美の家も、いいお付き合いをさせてもらっているんです」
どこか少女っぽさを思わせる時人の母・香織(かおり)が嬉しそうに笑い、その隣で時人に似た物静かな父・時臣(ときおみ)も静かに微笑している。
時人から聞いた話を思い出し、葵は時人の父を窺うが、四十代と聞いたのに外見は三十代にも届いていないように思える。
「不思議でしょう。時臣さん、とても若く見えるのよ」
葵の視線を察して香織は柔らかく笑う。香織も四十代にしては若く見えるが、それは普通に美容ケアの賜物に思える。
「父さん、母さん。葵さんには宇佐美家の血筋の事を教えてあります。でも葵さんはそんな俺を受け入れてくれました」
時人専用の冷製スープを飲んで彼が言うと、両親は複雑な感情の籠もった目を葵に向ける。
「あの……、びっくり……しましたけど、個性みたいなもんやと思ってます。宇佐美さんのお家が、代々特別な事情で苦しまはったのとか、全部想像する事しかできひんのです。けど、私は優しい時人さんの隣にいられればええて、……思ったんです。普通の時間を生きる人でも、信じられへんぐらい冷たい人や、乱暴な人がいはります。それを思うと、時人さんはほんまに温かくてええ人です」
後藤の事を心の中で思い時人の魅力を伝えると、両親は嬉しそうに顔を見合わせた。
「葵さん、時人はあなたよりずっと長く生きるかもしれない。それでもいいんですか?」
まるで時人の兄のような風貌の時臣が尋ね、葵は心からの笑顔で頷き返した。
「世の中しゃあないことはあるんやと思います。ですが生きているうちは、ずっと想い合っていければ……ええですね? 時人さん」
最後に隣に座っている時人を見ると、彼は今まで両親の前で見せた事のない、幸せそうな顔で頷く。
「……はい。俺も葵さんと一緒なら、幸せです」
思春期のような初々しくて純粋な愛を目の前にし、宇佐美の両親は一人の女性の登場によって、心が満たされてゆくのを感じていた。
「葵さん、安心しました。私達はお金に困らない生活をしていますが、唯一この子の将来だけが心配だったんです。勉強や仕事になる事は器用なので上手にやれると思っています。ですがいずれ一人になる時がきたとして、そのとき無感動なこの子の隣にいてくれる人は現れるんだろうかと……。ずっと心配していたんです」
時人と似て涙もろい香織が目を細めると、葵は彼女をまっすぐに見つめ力強く頷く。
「大丈夫です。時人さんの事、もう離しませんさかい」
約束した葵が悪戯っぽく笑うと、ダイニングにいた全員が幸せな笑顔を浮かべた。
「じゃあ今度、長期休みの時にでも一緒に京都へ行って、葵さんのご両親にご挨拶してきなさい」
食事が終わって時臣が紅茶を飲みつつ言うと、時人は知らない土地に思いを馳せ色素の薄い目を細める。
「じゃあ、春休みに考えたいと思います。きっと三月の終わり頃なら、もしかして桜が見られるかもしれませんし」
時人が言うと、葵が胸の前で手を合わせてはしゃいだ。
「それ、ええですねぇ。私、京都の桜の名所調べときますね。観光と一緒にご案内します」
「あれ? 葵さん、地元なら名所とか知らないんですか?」
ふと疑問に思って時人が眉を上げると、葵は照れ笑いを浮かべる。
「地元やさかい、滅多に桜見に行こうとかならへんのです。行事の時にお世話になるお寺さんや神社さんはありますけど、京都中にある神社仏閣をまわったりとか……しぃひんのです。時人さんも、東京にいはっても浅草とかタワー、行かへんでしょう?」
葵が言うと「それもそうだ」と三人が笑う。
「あぁ、春が楽しみです。葵さんと一緒に桜が見られるなんて、嬉しいな」
そう言って柔らかく笑う息子の姿を見られて、両親はただただ葵の登場に感謝するしかない。
ほんの少し前まで、時人が笑ったところなど見た事がなかった。機械的に起きて、冷たい食事をとって、生気の抜けた人形のような顔で大学へ行っていた。
たまに友達に誘われて合コンに行ってくると連絡があっても、楽しく話をしたとか酔ったとか、そういう話は聞かない。朝帰りをしたと家政婦から報告を聞いて、食事の時に「合コンはどうだったの?」と訊いても、何の感動もない顔で「別に」だけ。
それに比べると、今の時人は人間らしい生き生きとした表情や喜怒哀楽が見える。美しい人形のようだった息子は、生気を含んだ人間になれたと、親ながらに思うのだ。
「葵さん、本当にありがとう……」
京都の旅行本を開く二人を見て、香織は心からの言葉を呟いた。
八月に入り、時人は葵を実家に招待し、両親に紹介した。
今まで時人から好きな人がいると全く聞いていなかった両親は、清潔で品のある服に身を包んだ美女を見て、一目で気に入った。
秘書や家政婦からそれとなく、時人が今まで外泊をしたとか女の影があると聞いていた。だがこうやってちゃんと紹介してくれるのは初めてなのだ。
ダイニングの長いテーブルに、時人の両親と二人は向かい合わせに座り、シェフが作った料理に舌鼓をうつ。
「葵さん、京都の美作さんのお嬢さんなのね。美作さんとは宇佐美の家も、いいお付き合いをさせてもらっているんです」
どこか少女っぽさを思わせる時人の母・香織(かおり)が嬉しそうに笑い、その隣で時人に似た物静かな父・時臣(ときおみ)も静かに微笑している。
時人から聞いた話を思い出し、葵は時人の父を窺うが、四十代と聞いたのに外見は三十代にも届いていないように思える。
「不思議でしょう。時臣さん、とても若く見えるのよ」
葵の視線を察して香織は柔らかく笑う。香織も四十代にしては若く見えるが、それは普通に美容ケアの賜物に思える。
「父さん、母さん。葵さんには宇佐美家の血筋の事を教えてあります。でも葵さんはそんな俺を受け入れてくれました」
時人専用の冷製スープを飲んで彼が言うと、両親は複雑な感情の籠もった目を葵に向ける。
「あの……、びっくり……しましたけど、個性みたいなもんやと思ってます。宇佐美さんのお家が、代々特別な事情で苦しまはったのとか、全部想像する事しかできひんのです。けど、私は優しい時人さんの隣にいられればええて、……思ったんです。普通の時間を生きる人でも、信じられへんぐらい冷たい人や、乱暴な人がいはります。それを思うと、時人さんはほんまに温かくてええ人です」
後藤の事を心の中で思い時人の魅力を伝えると、両親は嬉しそうに顔を見合わせた。
「葵さん、時人はあなたよりずっと長く生きるかもしれない。それでもいいんですか?」
まるで時人の兄のような風貌の時臣が尋ね、葵は心からの笑顔で頷き返した。
「世の中しゃあないことはあるんやと思います。ですが生きているうちは、ずっと想い合っていければ……ええですね? 時人さん」
最後に隣に座っている時人を見ると、彼は今まで両親の前で見せた事のない、幸せそうな顔で頷く。
「……はい。俺も葵さんと一緒なら、幸せです」
思春期のような初々しくて純粋な愛を目の前にし、宇佐美の両親は一人の女性の登場によって、心が満たされてゆくのを感じていた。
「葵さん、安心しました。私達はお金に困らない生活をしていますが、唯一この子の将来だけが心配だったんです。勉強や仕事になる事は器用なので上手にやれると思っています。ですがいずれ一人になる時がきたとして、そのとき無感動なこの子の隣にいてくれる人は現れるんだろうかと……。ずっと心配していたんです」
時人と似て涙もろい香織が目を細めると、葵は彼女をまっすぐに見つめ力強く頷く。
「大丈夫です。時人さんの事、もう離しませんさかい」
約束した葵が悪戯っぽく笑うと、ダイニングにいた全員が幸せな笑顔を浮かべた。
「じゃあ今度、長期休みの時にでも一緒に京都へ行って、葵さんのご両親にご挨拶してきなさい」
食事が終わって時臣が紅茶を飲みつつ言うと、時人は知らない土地に思いを馳せ色素の薄い目を細める。
「じゃあ、春休みに考えたいと思います。きっと三月の終わり頃なら、もしかして桜が見られるかもしれませんし」
時人が言うと、葵が胸の前で手を合わせてはしゃいだ。
「それ、ええですねぇ。私、京都の桜の名所調べときますね。観光と一緒にご案内します」
「あれ? 葵さん、地元なら名所とか知らないんですか?」
ふと疑問に思って時人が眉を上げると、葵は照れ笑いを浮かべる。
「地元やさかい、滅多に桜見に行こうとかならへんのです。行事の時にお世話になるお寺さんや神社さんはありますけど、京都中にある神社仏閣をまわったりとか……しぃひんのです。時人さんも、東京にいはっても浅草とかタワー、行かへんでしょう?」
葵が言うと「それもそうだ」と三人が笑う。
「あぁ、春が楽しみです。葵さんと一緒に桜が見られるなんて、嬉しいな」
そう言って柔らかく笑う息子の姿を見られて、両親はただただ葵の登場に感謝するしかない。
ほんの少し前まで、時人が笑ったところなど見た事がなかった。機械的に起きて、冷たい食事をとって、生気の抜けた人形のような顔で大学へ行っていた。
たまに友達に誘われて合コンに行ってくると連絡があっても、楽しく話をしたとか酔ったとか、そういう話は聞かない。朝帰りをしたと家政婦から報告を聞いて、食事の時に「合コンはどうだったの?」と訊いても、何の感動もない顔で「別に」だけ。
それに比べると、今の時人は人間らしい生き生きとした表情や喜怒哀楽が見える。美しい人形のようだった息子は、生気を含んだ人間になれたと、親ながらに思うのだ。
「葵さん、本当にありがとう……」
京都の旅行本を開く二人を見て、香織は心からの言葉を呟いた。
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
ハーフ&ハーフ
黒蝶
恋愛
ある雨の日、野崎七海が助けたのは中津木葉という男。
そんな木葉から告げられたのは、哀しい事実。
「僕には関わらない方がいいよ。...半分とはいえ、人間じゃないから」
...それから2ヶ月、ふたりは恋人として生きていく選択をしていた。
これは、極々普通?な少女と人間とヴァンパイアのハーフである少年の物語。
編集プロダクション・ファルスの事件記事~ハーレム占い師のインチキを暴け!~
ずいずい瑞祥
ライト文芸
編集プロダクション・ファルスに持ち込まれた一通の手紙。そこには、ある女性からのSOSが隠されていた。
彼女は男性占い師に軟禁され、複数の女性達と共同生活をしているらしい。手紙の女性を連れ出すため、ファルス社員の織田朔耶は潜入取材を決行する。
占い師・天野はしかるべきところで修行した僧侶でもあり、加持で病気平癒や魔の退治を行っているという。徐々に天野に惹かれ始める織田。これは洗脳なのか、それとも?
道化芝居(ファルス)、ここに開幕!
世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!
月見里ゆずる(やまなしゆずる)
ライト文芸
私、依田結花! 37歳! みんな、ゆいちゃんって呼んでね!
大学卒業してから1回も働いたことないの!
23で娘が生まれて、中学生の親にしてはかなり若い方よ。
夫は自営業。でも最近忙しくって、友達やお母さんと遊んで散財しているの。
娘は反抗期で仲が悪いし。
そんな中、夫が仕事中に倒れてしまった。
夫が働けなくなったら、ゆいちゃんどうしたらいいの?!
退院そいてもうちに戻ってこないし! そしたらしばらく距離置こうって!
娘もお母さんと一緒にいたくないって。
しかもあれもこれも、今までのことぜーんぶバレちゃった!
もしかして夫と娘に逃げられちゃうの?! 離婚されちゃう?!
世界一可愛いゆいちゃんが、働くのも離婚も別居なんてあり得ない!
結婚時の約束はどうなるの?! 不履行よ!
自分大好き!
周りからチヤホヤされるのが当たり前!
長年わがまま放題の(精神が)成長しない系ヒロインの末路。
吉原遊郭一の花魁は恋をした
佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。
※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】悪兎うさび君!
カントリー
ライト文芸
……ある日、メチル森には…
一匹のうさぎがいました。
そのうさぎは運動も勉強も出来て
皆から愛されていました。
が…当然それを見て憎んでいる
人もいました。狐です。
いつもみんなに愛される
うさぎを見て狐は苛立ちを覚えていました。
そして、ついに狐はうさぎに呪いを、
かけてしまいました。
狐にかけられた呪いは…
自分の性格と姿を逆転する
呪い…
運のいい事。
新月と三日月と満月の日に元の姿に戻れる
けれど…その日以外は醜い姿のまま
呪いを解く方法も
醜い姿を好きになってくれる
異性が現れない限り…
一生呪いを解くことはできない。
そんなうさぎと…
私が出会うなんて
思いもしなかった。
あなたと出会ったおかげで
つまらなかった毎日を
楽しい毎日に変えてくれたんだ。
これは、ふざけた兎と毎回ふざけた兎によって巻き込まれる主人公M iと森の動物たちのお話。
呪われた兎は果たして、呪いを解く事はできるのか?
2023年2月6日に『完結』しました。
ありがとうございます!
私の少ない命あなたなら幸せにしてくれる
mikadozero
ライト文芸
俺には、小さな頃から幼馴染がいる。その幼馴染とは小中高と全部同じところを選んでいる。
高校生になってからは、ほとんど話していない生活を送っていた。
だが高校二年生の進級して間のないある日、彼女が屋上へと俺を呼んだ。俺は、珍しいと思ったが久々に彼女の顔を見れるので少し期待していた。
彼女は、手すりの寄っかかり遠くの景色を見ていた。
俺が来たことに気が付いたのか、俺の方を見る。
彼女が、一歩一歩俺の方に近づいてその差は二歩差になった。
彼女が衝撃の事実を明かす。俺は、その事実を受け止めたくはなかったのだった。
※エントリー作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる