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姉妹の母親が葵の部屋を訪れたのは、夕方前だ。
チャイムが鳴って葵が「はぁい」と返事をすると、二人が「ママ!」と声を上げて玄関へ走ってゆく。
その小さな背中を見て、時人は自分も挨拶をしないとと思って立ち上がった。
自分はこんな風に親を走って迎えたことはない。一華と沙夜は母親が好きなんだな、とぼんやりと思って玄関に向かう。すると葵と姉妹の背中の向こうに、葵に似た顔立ちの女性がいた。
「お姉ちゃん、こちら宇佐美時人さん」
背後に時人の気配を感じて葵が紹介すると、葵の姉は「あら?」という風に目を瞬かせた。
「葵、彼氏? え? でも……」
例の彼氏の存在を知っているのか、姉はやや混乱気味だ。
「中入って? 話すさかい」
「うん、分かった」
それから葵の姉はお土産に買ってきたケーキを出し、葵は紅茶を出す。
「私は白根美来(しらねみらい)。葵の姉で、結婚して東京にいます。宇佐美……さん? 葵とはどこで?」
葵の姉は美来と名乗り、時人は彼女に今日あった出来事を簡潔に話した。
「もー……、いちは本当に慌てん坊なんだから」
事の発端はじっとできない性質の一華だと聞き、美来は頭を抱える。
「お姉ちゃん、でもいっちゃんのお陰で私、時人さんと出会えたんよ?」
葵が笑いながらティーカップを置くと、美来は苦笑いする。
「それで、葵は時人さんとお付き合いするの?」
「うん、したい」
姉の言葉に妹はハッキリと返事をする。
「時人さんは……、葵のこと好いてくれはってるんですか?」
美来の目は葵と似ていて、大きな目にじっと見つめられると時人は心を覗かれているような気になる。だが、それに臆してはならないと思った。
「はい、一目惚れ……、しました」
思い詰めた時人の茶色い目を、美来は彼の人間性を見定めるように、じっと見据える。幼い姉妹は、母のスマホでゲームをしていた。
「突っ込んだお話をしますが、葵が今付き合うてる悪い男から、葵を守ってくれはりますか?」
「お姉ちゃん……」
姉が妹可愛さに時人に重圧を与えるのを、葵はそっと諫める。
「喧嘩をした事はありませんが、必要なら戦います。……でも、そういうシーンはない方がいいですね」
時人がやんわりというと、その平和的な態度を美来は気に入ったようだ。
「時人さん、頭の良さそうな人やね。頭のいい大学に通っているとかそういう事やなくて、人間的にスマート」
にこっと美来が笑うと、葵も時人もホッとして顔を見合わせた。
「葵、もうあんたを泣かせるような男とは、とっとと別れてまいなさい。葵には、時人さんみたいに落ち着いてて優しそうな人の方が、ずっと似合うと思う」
「うん……、そうしたい」
葵はソファに置いている手を伸ばし、時人の指に指を絡ませる。彼の頼もしい温もりに安心して目元を緩めた。
「お姉ちゃん安心したわぁ。葵って男運ないんかな? って思ってたけど、ちゃんと見る目あるんやね」
葵が今の恋人と付き合う際に、美来はもちろん相談を受けた。だがその時に「付き合ってみぃひんと分からないんやないの?」と言ってしまったのを後悔しているのだ。
今付き合っている男がこんなにも酷い男だと分かっていたなら、美来だってその時猛反対していただろう。
「私、時人さんと会うたの運命やて思ってるんよ」
葵が嬉しそうに笑うと、美来は「言うやん」と笑う。その会話に時人は少しにやけ、誤魔化すように横を向いてしまった。
その後、ケーキを食べると母子は帰った。
時人は葵の好意に甘えて夕飯を一緒に食べる事にし、流れで葵のマンションに泊まったのだった。
チャイムが鳴って葵が「はぁい」と返事をすると、二人が「ママ!」と声を上げて玄関へ走ってゆく。
その小さな背中を見て、時人は自分も挨拶をしないとと思って立ち上がった。
自分はこんな風に親を走って迎えたことはない。一華と沙夜は母親が好きなんだな、とぼんやりと思って玄関に向かう。すると葵と姉妹の背中の向こうに、葵に似た顔立ちの女性がいた。
「お姉ちゃん、こちら宇佐美時人さん」
背後に時人の気配を感じて葵が紹介すると、葵の姉は「あら?」という風に目を瞬かせた。
「葵、彼氏? え? でも……」
例の彼氏の存在を知っているのか、姉はやや混乱気味だ。
「中入って? 話すさかい」
「うん、分かった」
それから葵の姉はお土産に買ってきたケーキを出し、葵は紅茶を出す。
「私は白根美来(しらねみらい)。葵の姉で、結婚して東京にいます。宇佐美……さん? 葵とはどこで?」
葵の姉は美来と名乗り、時人は彼女に今日あった出来事を簡潔に話した。
「もー……、いちは本当に慌てん坊なんだから」
事の発端はじっとできない性質の一華だと聞き、美来は頭を抱える。
「お姉ちゃん、でもいっちゃんのお陰で私、時人さんと出会えたんよ?」
葵が笑いながらティーカップを置くと、美来は苦笑いする。
「それで、葵は時人さんとお付き合いするの?」
「うん、したい」
姉の言葉に妹はハッキリと返事をする。
「時人さんは……、葵のこと好いてくれはってるんですか?」
美来の目は葵と似ていて、大きな目にじっと見つめられると時人は心を覗かれているような気になる。だが、それに臆してはならないと思った。
「はい、一目惚れ……、しました」
思い詰めた時人の茶色い目を、美来は彼の人間性を見定めるように、じっと見据える。幼い姉妹は、母のスマホでゲームをしていた。
「突っ込んだお話をしますが、葵が今付き合うてる悪い男から、葵を守ってくれはりますか?」
「お姉ちゃん……」
姉が妹可愛さに時人に重圧を与えるのを、葵はそっと諫める。
「喧嘩をした事はありませんが、必要なら戦います。……でも、そういうシーンはない方がいいですね」
時人がやんわりというと、その平和的な態度を美来は気に入ったようだ。
「時人さん、頭の良さそうな人やね。頭のいい大学に通っているとかそういう事やなくて、人間的にスマート」
にこっと美来が笑うと、葵も時人もホッとして顔を見合わせた。
「葵、もうあんたを泣かせるような男とは、とっとと別れてまいなさい。葵には、時人さんみたいに落ち着いてて優しそうな人の方が、ずっと似合うと思う」
「うん……、そうしたい」
葵はソファに置いている手を伸ばし、時人の指に指を絡ませる。彼の頼もしい温もりに安心して目元を緩めた。
「お姉ちゃん安心したわぁ。葵って男運ないんかな? って思ってたけど、ちゃんと見る目あるんやね」
葵が今の恋人と付き合う際に、美来はもちろん相談を受けた。だがその時に「付き合ってみぃひんと分からないんやないの?」と言ってしまったのを後悔しているのだ。
今付き合っている男がこんなにも酷い男だと分かっていたなら、美来だってその時猛反対していただろう。
「私、時人さんと会うたの運命やて思ってるんよ」
葵が嬉しそうに笑うと、美来は「言うやん」と笑う。その会話に時人は少しにやけ、誤魔化すように横を向いてしまった。
その後、ケーキを食べると母子は帰った。
時人は葵の好意に甘えて夕飯を一緒に食べる事にし、流れで葵のマンションに泊まったのだった。
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