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「別れたいです。綺麗さっぱりお別れして……。私のこと大事にしてくれはりそうな、私のこと好きになってくれそうな、時人さんとお付き合いしたいです」
それまでの生き生きとした顔から一転、葵は縋り付くような顔で時人に想いを訴える。
「それでも……少しは好きなんじゃないんですか?」
時人の言葉に、葵は真剣な顔で「いいえ」とかぶりを振る。
「お付き合いしたきっかけは合コンでした。私、お恥ずかしいんですが、お付き合いは初めてでした。どんな男の人がええのか、あかんのかとかよぉ知らんかったんです。やけに見つめてきはる人が、やたら話しかけてきはるなって思ってたら……『付き合って』って言われまして。断る理由もなくてお付き合いすることにしたんです」
よくある話だ。だがこの場合悲劇だったのは、葵が初めて付き合う相手のことをよく知らなかったことだ。
「良かったのは最初のデートぐらい。一緒に映画を見に行って、チケットを買うてくれはりました。代わりに私はジュースを奢って。……けど、見ている時に……その、太腿に手を置かれて……『気色悪い』って思ったんです。普通、お付き合いしてる人相手にそう思わへんでしょう?」
「確かに……、そう思い始めてしまったら、恋愛を始めるのは難しいかもしれませんね」
無難な言葉を返すと、葵は一つしみじみと頷いた。
「最初は私も慣れてへんさかい、そう思うんやなって思って。そのうち好きになれるって信じてたんです。けど、目につくのは嫌な所ばかり。お友達に紹介してくれはっても、『美人だろう』ばかりで、『彼女』やて言うてくれたり、私の性格を褒めてくれはったり、してくれはらないんです」
視線を落として言う葵の言葉を、時人は悲しく聞いていた。
これだけの美女なのだから、彼女にしてその美しさを友人に自慢したい気持ちは分からないでもない。だがそれだけでは、連れて歩いている相手は自分のステータスを上げるためのアクセサリーになってしまう。
出会ったばかりの時人が葵に対してこんなにも素晴らしい人だと思っているのに、彼女が付き合っている男はその価値を欠片も分かっていない。
「そのうち……色んなもんが冷めてまいました。愛情なんて最初からなかったし、キス……とかホテル……とかも、苦痛でした」
葵の声が小さくなり、時人は彼女の華奢な肩にそっと触れた。
「詳しく話さなくてもいいですよ。辛いでしょう」
その優しさに葵は泣き出しそうな笑顔を浮かべた。小さく首を振り、言葉を続ける。
「……ぶたれるんです。いうこと聞かへん時の暴力やなくて、愛撫の代わりに……おいどをぶつんです。行為そのものも……。私の事なんて道具か何かぐらいにしか思ってへんくて、好きなだけ欲を吐いた後に……、『気持ち良かっただろ』って言うんです。……殺意すら覚えます」
「…………」
葵の酷い現状に時人は何も言えず、ただ彼女の手を握っていた。
「……私、こういう女です。軽蔑……しましたか?」
己の中の泥を吐き出して、葵は涙に濡れた目で時人を見つめてくる。
自分の言葉に自分が傷付き、更に時人の言葉で傷付くかもしれない事を覚悟していた。裸の心を晒してまで、葵は時人を欲している。
それが分からない時人でもなかった。
「確かに……少しびっくりしました。あなたはとても綺麗な人で、大抵の人が抱える闇を一切持っていない人だと勝手に思っていました。ピアノを弾く横顔は聖女のようで、その絶対に届かない距離にすら恋をしました」
言葉を選びながら、ゆっくりと時人は葵の話の感想を言う。だが自分は彼女を拒否していないと伝えるために、ずっと葵の手を握り、その目を見つめていた。
「照れ臭いことを言えば、一方的に天女のようだと思っていたあなたは、ちゃんと人間だった。人の痛みを分かっていて、人の汚い部分もよく分かってちゃんと傷付いている。けれど、そのせいであなたの魅力が減るという事はありません」
「ほんまに……?」
涙に光った葵の目が、時人の色の薄い目の中に希望を見てひとつ瞬く。
「本当です。あなたは汚れてなんかいない。本当に綺麗な人です。何も知らない処女よりも、人の痛みを知った今のあなたの方が、ずっと魅力的です」
照れ臭い事を言っている。と自覚しつつ時人はそっと葵の髪を撫でた。
目の前の美しい人は十分に傷付いていて、会ったばかりの自分にぶつかるようにして心の傷を広げるしかできない。恋愛において不器用な人だとも分かった。
これが初恋をした葵でなくとも、時人には「大変だったね」と言うぐらいの分別はある。
けれど今は初めて好きになった相手――葵だからこそ、自分も同じように傷口を晒そうと心に決めた。
「葵さん、今度は俺の話を聞いてくれますか? 少し長くなるか分からないし、きっと訳が分からないと思います。質問には何でも答えます。その代わり……、俺の言う事を信じて欲しいんです」
葵の華奢な手を握ったまま言うと、時人の視線を受け止めて葵がしっかりと頷く。
「時人さんも、身の上に深いお話があるんですね。はい、ちゃんと聞きます。私のこと軽蔑しんでちゃんと受け止めてくれはった時人さんの事、私もちゃんと受け止めたいです」
「……ありがとうございます」
時人は一度コーヒーを喉に通したが、葵が丁寧に淹れてくれたコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
「……化け物って……、どう思います?」
「え?」
時人が予想した通りきょとんとする葵に、彼は説明をするように単語を選んでゆく。
「狼男とか、吸血鬼とか、フランケンシュタインとか……」
「それらは確かに……化け物……ですやんね。どう思う……とは?」
突然時人が何を話すのかと思ったが、このシーンで彼が冗談を言うとも思えない。おまけに彼は冗談が苦手なタイプに思える。
だから葵は正直な感想を述べた。
「もしそれが身近にいたら。……例えば俺がそういう……、化け物の血を引いていたら」
時人の言葉は、最後の方が不鮮明に消えてしまう。葵はじっと彼の目の中から本心を探るように見つめてから、ゆっくりと口を開く。
「……私の目には、時人さんは普通の人に見えます。優しくて、丁寧で。……少し人と接するのが苦手な印象もありますが、その壁さえ突破すればお人よしの面も見せてくれはりそうな人に見えます」
葵の誠実な言葉に、時人は「ありがとうございます」と呟く。
そして少し沈黙してから、苦しそうに唇を開いた。
「俺の……体には遠くヨーロッパの血があると聞いています。父は……宇佐美の家の力で輸血用のパックを入手して……それを……飲んでいます。人に迷惑をかけないためだと」
その「血を飲む」という言葉を聞いて、葵は時人の言いたい事を察した。
「時人さんは……吸血鬼さんなんですか?」
「……多分、そうです」
酷い罪を告白するような声で、時人は小さく呟く。
「人の血を……吸わはるんですか?」
「いいえ。それはしたことはありません。逆に食べ物を……血の気があるようなものを避けています」
「あぁ……それで……」
レストランで時人がサラダしか食べなかった事を思い出し、葵は一人頷く。
けれど、言われた言葉を鵜呑みにするには現実離れし過ぎている。
「確認ですが……。お父様は好血症とかやないんですか? 性癖……というか血を飲む事を好む人がいはるのは、ネットとかで目にした事があります」
葵の問いももっともだと思うも、時人はゆるりと首を振る。そしてポケットからスマホを取り出すと、何やら操作をして葵に画面を見せた。
「この人物……、幾つに見えますか?」
そう言って見せられたのは、魅力的な中年男性だ。年齢を表す皺や髭はあるものの、写真から窺える雰囲気はまだまだ精力的だ。
「そう……ですね。五十代……。けど、とてもお元気そうな方に見えます」
思った通りの事を素直に言うと、時人は葵の目を見て事実を打ち明ける。
「この人物は俺の曽祖父です。実年齢は八十六歳。宇佐美グループの会長の座を祖父に譲り、今は世界中を遊び歩いています」
「え……。お……若い、ですね」
驚いた葵はもう一度時人のスマホを覗き込み、しげしげと時人の曽祖父を見る。けれどどう見ても、快活そうな彼は五十代半ばぐらいにしか見えない。
どこかリゾート地のような場所で引き締まった体を晒し、白い歯を見せて笑っている姿は、八十六と言われても俄には信じられないのが普通だろう。
「宇佐美家の男系血統は、ゆっくりとしか歳を取りません。正月に一族が集まるのですが、その場の上座に座るのは……江戸を生きた人間です。……流石にもう白髪頭ですがね。それでもまだ矍鑠としています」
時人が話す内容に葵は呆気にとられ、口を半開きにしたまま言葉を失っていた。
「それは……、ほんまの事なんですか?」
やっと言葉が出ても、葵はそれしか言えない。彼女の問いに時人は穏やかな笑みを浮かべた。
「そう……思いますよね。自分でも何か悪い夢なのではと思います」
そう言って時人はまたスマホを弄り、紋付き袴姿と黒留袖姿の女性が映った集合写真――を、更にデジタルで撮り直したであろう画像を示した。
「これが一族です。最後列の端にいるのが俺」
示された写真はカラー写真で、最近撮られた物だと分かる。
時人の指先が示した先には確かに彼がいる。最前列中央には頭部がやや薄くなり顎髭を生やした――だが、まだ目力がしっかりとした人物が写っている。
男性に対し女性は『高齢』と言っていい外見だ。皺の寄った顔に痩せた体。背中の曲がっている女性もいる。
「時人さんのお父様とお母様は写ってはりますか?」
「父はこの人物です。母はこちらの女性」
時人が指差した人物は、確かに彼と面差しが似ている。四十代後半ぐらいの夫婦で、確かにこの一族全体から見れば若輩と言われても仕方がない若さだ。
呆然としたままスマホから視線を外した葵は、そのまま目の前の時人を見てぼんやりと尋ねる。
「時人さんは……いつまで生きはるんですか?」
それまでの生き生きとした顔から一転、葵は縋り付くような顔で時人に想いを訴える。
「それでも……少しは好きなんじゃないんですか?」
時人の言葉に、葵は真剣な顔で「いいえ」とかぶりを振る。
「お付き合いしたきっかけは合コンでした。私、お恥ずかしいんですが、お付き合いは初めてでした。どんな男の人がええのか、あかんのかとかよぉ知らんかったんです。やけに見つめてきはる人が、やたら話しかけてきはるなって思ってたら……『付き合って』って言われまして。断る理由もなくてお付き合いすることにしたんです」
よくある話だ。だがこの場合悲劇だったのは、葵が初めて付き合う相手のことをよく知らなかったことだ。
「良かったのは最初のデートぐらい。一緒に映画を見に行って、チケットを買うてくれはりました。代わりに私はジュースを奢って。……けど、見ている時に……その、太腿に手を置かれて……『気色悪い』って思ったんです。普通、お付き合いしてる人相手にそう思わへんでしょう?」
「確かに……、そう思い始めてしまったら、恋愛を始めるのは難しいかもしれませんね」
無難な言葉を返すと、葵は一つしみじみと頷いた。
「最初は私も慣れてへんさかい、そう思うんやなって思って。そのうち好きになれるって信じてたんです。けど、目につくのは嫌な所ばかり。お友達に紹介してくれはっても、『美人だろう』ばかりで、『彼女』やて言うてくれたり、私の性格を褒めてくれはったり、してくれはらないんです」
視線を落として言う葵の言葉を、時人は悲しく聞いていた。
これだけの美女なのだから、彼女にしてその美しさを友人に自慢したい気持ちは分からないでもない。だがそれだけでは、連れて歩いている相手は自分のステータスを上げるためのアクセサリーになってしまう。
出会ったばかりの時人が葵に対してこんなにも素晴らしい人だと思っているのに、彼女が付き合っている男はその価値を欠片も分かっていない。
「そのうち……色んなもんが冷めてまいました。愛情なんて最初からなかったし、キス……とかホテル……とかも、苦痛でした」
葵の声が小さくなり、時人は彼女の華奢な肩にそっと触れた。
「詳しく話さなくてもいいですよ。辛いでしょう」
その優しさに葵は泣き出しそうな笑顔を浮かべた。小さく首を振り、言葉を続ける。
「……ぶたれるんです。いうこと聞かへん時の暴力やなくて、愛撫の代わりに……おいどをぶつんです。行為そのものも……。私の事なんて道具か何かぐらいにしか思ってへんくて、好きなだけ欲を吐いた後に……、『気持ち良かっただろ』って言うんです。……殺意すら覚えます」
「…………」
葵の酷い現状に時人は何も言えず、ただ彼女の手を握っていた。
「……私、こういう女です。軽蔑……しましたか?」
己の中の泥を吐き出して、葵は涙に濡れた目で時人を見つめてくる。
自分の言葉に自分が傷付き、更に時人の言葉で傷付くかもしれない事を覚悟していた。裸の心を晒してまで、葵は時人を欲している。
それが分からない時人でもなかった。
「確かに……少しびっくりしました。あなたはとても綺麗な人で、大抵の人が抱える闇を一切持っていない人だと勝手に思っていました。ピアノを弾く横顔は聖女のようで、その絶対に届かない距離にすら恋をしました」
言葉を選びながら、ゆっくりと時人は葵の話の感想を言う。だが自分は彼女を拒否していないと伝えるために、ずっと葵の手を握り、その目を見つめていた。
「照れ臭いことを言えば、一方的に天女のようだと思っていたあなたは、ちゃんと人間だった。人の痛みを分かっていて、人の汚い部分もよく分かってちゃんと傷付いている。けれど、そのせいであなたの魅力が減るという事はありません」
「ほんまに……?」
涙に光った葵の目が、時人の色の薄い目の中に希望を見てひとつ瞬く。
「本当です。あなたは汚れてなんかいない。本当に綺麗な人です。何も知らない処女よりも、人の痛みを知った今のあなたの方が、ずっと魅力的です」
照れ臭い事を言っている。と自覚しつつ時人はそっと葵の髪を撫でた。
目の前の美しい人は十分に傷付いていて、会ったばかりの自分にぶつかるようにして心の傷を広げるしかできない。恋愛において不器用な人だとも分かった。
これが初恋をした葵でなくとも、時人には「大変だったね」と言うぐらいの分別はある。
けれど今は初めて好きになった相手――葵だからこそ、自分も同じように傷口を晒そうと心に決めた。
「葵さん、今度は俺の話を聞いてくれますか? 少し長くなるか分からないし、きっと訳が分からないと思います。質問には何でも答えます。その代わり……、俺の言う事を信じて欲しいんです」
葵の華奢な手を握ったまま言うと、時人の視線を受け止めて葵がしっかりと頷く。
「時人さんも、身の上に深いお話があるんですね。はい、ちゃんと聞きます。私のこと軽蔑しんでちゃんと受け止めてくれはった時人さんの事、私もちゃんと受け止めたいです」
「……ありがとうございます」
時人は一度コーヒーを喉に通したが、葵が丁寧に淹れてくれたコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
「……化け物って……、どう思います?」
「え?」
時人が予想した通りきょとんとする葵に、彼は説明をするように単語を選んでゆく。
「狼男とか、吸血鬼とか、フランケンシュタインとか……」
「それらは確かに……化け物……ですやんね。どう思う……とは?」
突然時人が何を話すのかと思ったが、このシーンで彼が冗談を言うとも思えない。おまけに彼は冗談が苦手なタイプに思える。
だから葵は正直な感想を述べた。
「もしそれが身近にいたら。……例えば俺がそういう……、化け物の血を引いていたら」
時人の言葉は、最後の方が不鮮明に消えてしまう。葵はじっと彼の目の中から本心を探るように見つめてから、ゆっくりと口を開く。
「……私の目には、時人さんは普通の人に見えます。優しくて、丁寧で。……少し人と接するのが苦手な印象もありますが、その壁さえ突破すればお人よしの面も見せてくれはりそうな人に見えます」
葵の誠実な言葉に、時人は「ありがとうございます」と呟く。
そして少し沈黙してから、苦しそうに唇を開いた。
「俺の……体には遠くヨーロッパの血があると聞いています。父は……宇佐美の家の力で輸血用のパックを入手して……それを……飲んでいます。人に迷惑をかけないためだと」
その「血を飲む」という言葉を聞いて、葵は時人の言いたい事を察した。
「時人さんは……吸血鬼さんなんですか?」
「……多分、そうです」
酷い罪を告白するような声で、時人は小さく呟く。
「人の血を……吸わはるんですか?」
「いいえ。それはしたことはありません。逆に食べ物を……血の気があるようなものを避けています」
「あぁ……それで……」
レストランで時人がサラダしか食べなかった事を思い出し、葵は一人頷く。
けれど、言われた言葉を鵜呑みにするには現実離れし過ぎている。
「確認ですが……。お父様は好血症とかやないんですか? 性癖……というか血を飲む事を好む人がいはるのは、ネットとかで目にした事があります」
葵の問いももっともだと思うも、時人はゆるりと首を振る。そしてポケットからスマホを取り出すと、何やら操作をして葵に画面を見せた。
「この人物……、幾つに見えますか?」
そう言って見せられたのは、魅力的な中年男性だ。年齢を表す皺や髭はあるものの、写真から窺える雰囲気はまだまだ精力的だ。
「そう……ですね。五十代……。けど、とてもお元気そうな方に見えます」
思った通りの事を素直に言うと、時人は葵の目を見て事実を打ち明ける。
「この人物は俺の曽祖父です。実年齢は八十六歳。宇佐美グループの会長の座を祖父に譲り、今は世界中を遊び歩いています」
「え……。お……若い、ですね」
驚いた葵はもう一度時人のスマホを覗き込み、しげしげと時人の曽祖父を見る。けれどどう見ても、快活そうな彼は五十代半ばぐらいにしか見えない。
どこかリゾート地のような場所で引き締まった体を晒し、白い歯を見せて笑っている姿は、八十六と言われても俄には信じられないのが普通だろう。
「宇佐美家の男系血統は、ゆっくりとしか歳を取りません。正月に一族が集まるのですが、その場の上座に座るのは……江戸を生きた人間です。……流石にもう白髪頭ですがね。それでもまだ矍鑠としています」
時人が話す内容に葵は呆気にとられ、口を半開きにしたまま言葉を失っていた。
「それは……、ほんまの事なんですか?」
やっと言葉が出ても、葵はそれしか言えない。彼女の問いに時人は穏やかな笑みを浮かべた。
「そう……思いますよね。自分でも何か悪い夢なのではと思います」
そう言って時人はまたスマホを弄り、紋付き袴姿と黒留袖姿の女性が映った集合写真――を、更にデジタルで撮り直したであろう画像を示した。
「これが一族です。最後列の端にいるのが俺」
示された写真はカラー写真で、最近撮られた物だと分かる。
時人の指先が示した先には確かに彼がいる。最前列中央には頭部がやや薄くなり顎髭を生やした――だが、まだ目力がしっかりとした人物が写っている。
男性に対し女性は『高齢』と言っていい外見だ。皺の寄った顔に痩せた体。背中の曲がっている女性もいる。
「時人さんのお父様とお母様は写ってはりますか?」
「父はこの人物です。母はこちらの女性」
時人が指差した人物は、確かに彼と面差しが似ている。四十代後半ぐらいの夫婦で、確かにこの一族全体から見れば若輩と言われても仕方がない若さだ。
呆然としたままスマホから視線を外した葵は、そのまま目の前の時人を見てぼんやりと尋ねる。
「時人さんは……いつまで生きはるんですか?」
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