契りの桜~君が目覚めた約束の春

臣桜

文字の大きさ
上 下
5 / 38

過去1-2

しおりを挟む
 結局昼食を食べるのなら、子供たちが食べやすい物がある場所でという事になった。結果、四人は百貨店のレストラン街の店に入っていた。
「いっちゃん、さっちゃん。デザート見る前にご飯見てね」
 メニューのデザートページばかり見ている姉妹に葵が言い、その隣で時人は微笑している。
 子供に慣れていない彼は、今まで小さい子と言えばうるさく泣いたり叫ぶ存在と思い敬遠していた。だが個人的に接してみた一華と沙夜は、時人から見ても『良い子』だと思い、「可愛い」と思う。
「時人さん、何にしますか?」
 葵がメニューを時人の方に押しやり、彼の顔を覗き込んで微笑む。
 すぐ隣でそんな親しげな気配がするだけで、時人は自分の中の知らない獣が暴走しそうな気がした。
「えぇと……」
 ドギマギしながらレストランまで入ったが、時人は正直途方に暮れていた。
 彼は食べる事にほとんど興味がなく、むしろ料理によっては気分が悪くなってしまう。温かい料理はほぼそれに該当し、彼が食べられる物は少ない。
「私、ドリアにしよっかな。……ふふ、ホワイトソース好きなんです」
 葵がそう決めてしまい、姉妹たちも散々迷った挙げ句に二人ともお子様ランチに決めた。
 最後になってしまった時人はどうしたものかと悩み、そんな彼に葵がそっと耳打ちする。
「時人さん、もしかしてお腹空いてはらへんのですか? 無理しんでええんですよ?」
「あ、いえ……その」
 食べたい物をスパッと決めてしまった葵の目の前で、即決できない自分が酷く情けない。
「実は……、温かい食べ物とかがあまり得意ではなくて」
「あら……、そうなんですね」
 葵は目の前の細身の時人をそっと見て口元を押さえ、すぐに考え方を変えたようだ。
「なら、何なら食べられます? 冷たい物とか……」
「……引かないんですか?」
「何でです?」
 時人の問いに葵はきょとんとし、子供たちも不思議そうな顔をしている。
「男が……こういう、偏食をしていて」
 時人がわだかまりを打ち明けると、葵は雪をも溶かすような笑みを浮かべた。
「好き嫌いやなくて、きっと体質とかでしょう? それはしゃあない事やと思います。それやのに時人さんを変な目で見るのは、ちゃうと思いますよ。それに男やからとか、時人さん考え過ぎです」
 葵は穏やかな目で公平な事を言い、時人は思わず涙ぐみそうになってしまった。
「じゃあお兄ちゃん、サラダは?」
 一華が提案し、それに葵が乗る。
「あぁ、ええねぇいっちゃん。時人さんサラダどぉです?」
「……はい。そうします」
 偶然の出会いに感謝をし、時人は目の端に浮かんだ涙をさりげなく拭った。
 初めて入った大衆レストランで、時人は初めて「楽しい」という気分を味わった。
 いつもなら具合が悪くなってしまう大衆の気配や料理の匂いも、この三人がいるだけで普通に過ごせる。隣で葵が美味しそうに食べているドリアも、いつか自分で美味しく食べられたらなと思った。
「時人さん、何でお料理苦手になってもうたんです?」
 姉妹は食後にパフェを食べ、時人と葵はコーヒーを飲んでいた。コーヒーや紅茶などは好んで飲んでいる時人は、落ち着いた気持ちで葵の言葉に返事をする。
「どうして……でしょうね。何となく肉や魚については、食べられる人には申し訳ないのですが、動物である事にやや抵抗があって。元は生き物であった事をイメージして、温かい物も駄目なのかもしれません」
 時人がいつもパンや冷製スープ、サラダなどで過ごしていることを聞いた葵は、「ふぅん」と頷いてからしばし沈黙する。が、すぐに明るい笑顔で時人を励ました。
「無理しんでええんやと思います。ヴィーガンって知ってはります? ベジタリアンとほぼ同義なんですけど、着る物とかも厳選する人たちみたいで。もしかしたら、そういう人専用のカフェとか行ったら、食べれる物も増えるかもしれませんね」
「そんな……ものがあるんですか?」
 初めてそんな人たち、店の存在を知った時人は、半ば呆けて葵に訊き返す。
「……ふふ、ほんまはさっきちょこっとスマホで調べました。私も知らん事まだまだありますね」
 ネタばらしをして葵は悪戯っぽく笑う。そんな彼女が愛しく、抱き締めたいという衝動を抑えるのに必死だ。
(あぁ……、この人はなんて素敵な女性なんだろう。好きになるなという方が無理だ)
 二十一になって初恋というものを自覚した時人は、未知の感情を抱く自分に戸惑っていた。
「この後、何かご予定はありますか?」
 コーヒーも飲み終えるという頃になって葵が尋ね、時人は苦笑いを浮かべる。
「いえ……、実家住まいなんですが、家人にもう少し日を浴びてこいと言われまして。それでフラフラしていたんです。特に予定もなく……。何か……?」
 葵からそう質問され、何かしらの期待を込めてそう答えると、葵は姉妹を見てから時人に視線を戻し、恥ずかしそうに笑ってみせた。
「もし良かったら……、一緒にうちまで来やはりませんか? この子達も懐いてるみたいですし……その、迷惑やなければ……ですが」
 女性の葵が勇気を出して誘ってくれたという事に、時人は「言わせてしまった」という罪悪感を抱きつつ喜びを隠せない。
「はい……! 勿論です。こちらこそ、ご迷惑でなければ」
 顔に熱を持った時人が快諾すると、姉妹が嬉しそうにはしゃぐ。
「お兄ちゃん、葵ちゃんのお家に来るの? やったぁ!」
「お兄ちゃん、一緒だね」
 会計は時人が自分の分は自分で出すと言い張ったが、葵は一華が世話になった礼だと言い、笑顔で会計を引き受けた。
「すみません。女性に奢らせるだなんて」
「いいえ、サラダとコーヒーぐらいええんです。その代わり、今度デートして下さいね」
 何でもない事のように笑顔で謙遜してから、葵はいきなり時人にデートを申し込んできた。
「えっ……」
 驚いて目を瞠らせる時人に、葵は姉妹達に聞こえない声量でそっと囁く。
「一回だけでええんです。一目惚れ、しました」
 そう言ってから葵は恥ずかしそうに姉妹の方へ行き、「駅まで歩きます」と姉妹を連れて歩きだした。ややしばらく呆けてその後ろ姿を見ていた時人だが、ふと我に返ると慌てて三人を追いかけた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...