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結局昼食を食べるのなら、子供たちが食べやすい物がある場所でという事になった。結果、四人は百貨店のレストラン街の店に入っていた。
「いっちゃん、さっちゃん。デザート見る前にご飯見てね」
メニューのデザートページばかり見ている姉妹に葵が言い、その隣で時人は微笑している。
子供に慣れていない彼は、今まで小さい子と言えばうるさく泣いたり叫ぶ存在と思い敬遠していた。だが個人的に接してみた一華と沙夜は、時人から見ても『良い子』だと思い、「可愛い」と思う。
「時人さん、何にしますか?」
葵がメニューを時人の方に押しやり、彼の顔を覗き込んで微笑む。
すぐ隣でそんな親しげな気配がするだけで、時人は自分の中の知らない獣が暴走しそうな気がした。
「えぇと……」
ドギマギしながらレストランまで入ったが、時人は正直途方に暮れていた。
彼は食べる事にほとんど興味がなく、むしろ料理によっては気分が悪くなってしまう。温かい料理はほぼそれに該当し、彼が食べられる物は少ない。
「私、ドリアにしよっかな。……ふふ、ホワイトソース好きなんです」
葵がそう決めてしまい、姉妹たちも散々迷った挙げ句に二人ともお子様ランチに決めた。
最後になってしまった時人はどうしたものかと悩み、そんな彼に葵がそっと耳打ちする。
「時人さん、もしかしてお腹空いてはらへんのですか? 無理しんでええんですよ?」
「あ、いえ……その」
食べたい物をスパッと決めてしまった葵の目の前で、即決できない自分が酷く情けない。
「実は……、温かい食べ物とかがあまり得意ではなくて」
「あら……、そうなんですね」
葵は目の前の細身の時人をそっと見て口元を押さえ、すぐに考え方を変えたようだ。
「なら、何なら食べられます? 冷たい物とか……」
「……引かないんですか?」
「何でです?」
時人の問いに葵はきょとんとし、子供たちも不思議そうな顔をしている。
「男が……こういう、偏食をしていて」
時人がわだかまりを打ち明けると、葵は雪をも溶かすような笑みを浮かべた。
「好き嫌いやなくて、きっと体質とかでしょう? それはしゃあない事やと思います。それやのに時人さんを変な目で見るのは、ちゃうと思いますよ。それに男やからとか、時人さん考え過ぎです」
葵は穏やかな目で公平な事を言い、時人は思わず涙ぐみそうになってしまった。
「じゃあお兄ちゃん、サラダは?」
一華が提案し、それに葵が乗る。
「あぁ、ええねぇいっちゃん。時人さんサラダどぉです?」
「……はい。そうします」
偶然の出会いに感謝をし、時人は目の端に浮かんだ涙をさりげなく拭った。
初めて入った大衆レストランで、時人は初めて「楽しい」という気分を味わった。
いつもなら具合が悪くなってしまう大衆の気配や料理の匂いも、この三人がいるだけで普通に過ごせる。隣で葵が美味しそうに食べているドリアも、いつか自分で美味しく食べられたらなと思った。
「時人さん、何でお料理苦手になってもうたんです?」
姉妹は食後にパフェを食べ、時人と葵はコーヒーを飲んでいた。コーヒーや紅茶などは好んで飲んでいる時人は、落ち着いた気持ちで葵の言葉に返事をする。
「どうして……でしょうね。何となく肉や魚については、食べられる人には申し訳ないのですが、動物である事にやや抵抗があって。元は生き物であった事をイメージして、温かい物も駄目なのかもしれません」
時人がいつもパンや冷製スープ、サラダなどで過ごしていることを聞いた葵は、「ふぅん」と頷いてからしばし沈黙する。が、すぐに明るい笑顔で時人を励ました。
「無理しんでええんやと思います。ヴィーガンって知ってはります? ベジタリアンとほぼ同義なんですけど、着る物とかも厳選する人たちみたいで。もしかしたら、そういう人専用のカフェとか行ったら、食べれる物も増えるかもしれませんね」
「そんな……ものがあるんですか?」
初めてそんな人たち、店の存在を知った時人は、半ば呆けて葵に訊き返す。
「……ふふ、ほんまはさっきちょこっとスマホで調べました。私も知らん事まだまだありますね」
ネタばらしをして葵は悪戯っぽく笑う。そんな彼女が愛しく、抱き締めたいという衝動を抑えるのに必死だ。
(あぁ……、この人はなんて素敵な女性なんだろう。好きになるなという方が無理だ)
二十一になって初恋というものを自覚した時人は、未知の感情を抱く自分に戸惑っていた。
「この後、何かご予定はありますか?」
コーヒーも飲み終えるという頃になって葵が尋ね、時人は苦笑いを浮かべる。
「いえ……、実家住まいなんですが、家人にもう少し日を浴びてこいと言われまして。それでフラフラしていたんです。特に予定もなく……。何か……?」
葵からそう質問され、何かしらの期待を込めてそう答えると、葵は姉妹を見てから時人に視線を戻し、恥ずかしそうに笑ってみせた。
「もし良かったら……、一緒にうちまで来やはりませんか? この子達も懐いてるみたいですし……その、迷惑やなければ……ですが」
女性の葵が勇気を出して誘ってくれたという事に、時人は「言わせてしまった」という罪悪感を抱きつつ喜びを隠せない。
「はい……! 勿論です。こちらこそ、ご迷惑でなければ」
顔に熱を持った時人が快諾すると、姉妹が嬉しそうにはしゃぐ。
「お兄ちゃん、葵ちゃんのお家に来るの? やったぁ!」
「お兄ちゃん、一緒だね」
会計は時人が自分の分は自分で出すと言い張ったが、葵は一華が世話になった礼だと言い、笑顔で会計を引き受けた。
「すみません。女性に奢らせるだなんて」
「いいえ、サラダとコーヒーぐらいええんです。その代わり、今度デートして下さいね」
何でもない事のように笑顔で謙遜してから、葵はいきなり時人にデートを申し込んできた。
「えっ……」
驚いて目を瞠らせる時人に、葵は姉妹達に聞こえない声量でそっと囁く。
「一回だけでええんです。一目惚れ、しました」
そう言ってから葵は恥ずかしそうに姉妹の方へ行き、「駅まで歩きます」と姉妹を連れて歩きだした。ややしばらく呆けてその後ろ姿を見ていた時人だが、ふと我に返ると慌てて三人を追いかけた。
「いっちゃん、さっちゃん。デザート見る前にご飯見てね」
メニューのデザートページばかり見ている姉妹に葵が言い、その隣で時人は微笑している。
子供に慣れていない彼は、今まで小さい子と言えばうるさく泣いたり叫ぶ存在と思い敬遠していた。だが個人的に接してみた一華と沙夜は、時人から見ても『良い子』だと思い、「可愛い」と思う。
「時人さん、何にしますか?」
葵がメニューを時人の方に押しやり、彼の顔を覗き込んで微笑む。
すぐ隣でそんな親しげな気配がするだけで、時人は自分の中の知らない獣が暴走しそうな気がした。
「えぇと……」
ドギマギしながらレストランまで入ったが、時人は正直途方に暮れていた。
彼は食べる事にほとんど興味がなく、むしろ料理によっては気分が悪くなってしまう。温かい料理はほぼそれに該当し、彼が食べられる物は少ない。
「私、ドリアにしよっかな。……ふふ、ホワイトソース好きなんです」
葵がそう決めてしまい、姉妹たちも散々迷った挙げ句に二人ともお子様ランチに決めた。
最後になってしまった時人はどうしたものかと悩み、そんな彼に葵がそっと耳打ちする。
「時人さん、もしかしてお腹空いてはらへんのですか? 無理しんでええんですよ?」
「あ、いえ……その」
食べたい物をスパッと決めてしまった葵の目の前で、即決できない自分が酷く情けない。
「実は……、温かい食べ物とかがあまり得意ではなくて」
「あら……、そうなんですね」
葵は目の前の細身の時人をそっと見て口元を押さえ、すぐに考え方を変えたようだ。
「なら、何なら食べられます? 冷たい物とか……」
「……引かないんですか?」
「何でです?」
時人の問いに葵はきょとんとし、子供たちも不思議そうな顔をしている。
「男が……こういう、偏食をしていて」
時人がわだかまりを打ち明けると、葵は雪をも溶かすような笑みを浮かべた。
「好き嫌いやなくて、きっと体質とかでしょう? それはしゃあない事やと思います。それやのに時人さんを変な目で見るのは、ちゃうと思いますよ。それに男やからとか、時人さん考え過ぎです」
葵は穏やかな目で公平な事を言い、時人は思わず涙ぐみそうになってしまった。
「じゃあお兄ちゃん、サラダは?」
一華が提案し、それに葵が乗る。
「あぁ、ええねぇいっちゃん。時人さんサラダどぉです?」
「……はい。そうします」
偶然の出会いに感謝をし、時人は目の端に浮かんだ涙をさりげなく拭った。
初めて入った大衆レストランで、時人は初めて「楽しい」という気分を味わった。
いつもなら具合が悪くなってしまう大衆の気配や料理の匂いも、この三人がいるだけで普通に過ごせる。隣で葵が美味しそうに食べているドリアも、いつか自分で美味しく食べられたらなと思った。
「時人さん、何でお料理苦手になってもうたんです?」
姉妹は食後にパフェを食べ、時人と葵はコーヒーを飲んでいた。コーヒーや紅茶などは好んで飲んでいる時人は、落ち着いた気持ちで葵の言葉に返事をする。
「どうして……でしょうね。何となく肉や魚については、食べられる人には申し訳ないのですが、動物である事にやや抵抗があって。元は生き物であった事をイメージして、温かい物も駄目なのかもしれません」
時人がいつもパンや冷製スープ、サラダなどで過ごしていることを聞いた葵は、「ふぅん」と頷いてからしばし沈黙する。が、すぐに明るい笑顔で時人を励ました。
「無理しんでええんやと思います。ヴィーガンって知ってはります? ベジタリアンとほぼ同義なんですけど、着る物とかも厳選する人たちみたいで。もしかしたら、そういう人専用のカフェとか行ったら、食べれる物も増えるかもしれませんね」
「そんな……ものがあるんですか?」
初めてそんな人たち、店の存在を知った時人は、半ば呆けて葵に訊き返す。
「……ふふ、ほんまはさっきちょこっとスマホで調べました。私も知らん事まだまだありますね」
ネタばらしをして葵は悪戯っぽく笑う。そんな彼女が愛しく、抱き締めたいという衝動を抑えるのに必死だ。
(あぁ……、この人はなんて素敵な女性なんだろう。好きになるなという方が無理だ)
二十一になって初恋というものを自覚した時人は、未知の感情を抱く自分に戸惑っていた。
「この後、何かご予定はありますか?」
コーヒーも飲み終えるという頃になって葵が尋ね、時人は苦笑いを浮かべる。
「いえ……、実家住まいなんですが、家人にもう少し日を浴びてこいと言われまして。それでフラフラしていたんです。特に予定もなく……。何か……?」
葵からそう質問され、何かしらの期待を込めてそう答えると、葵は姉妹を見てから時人に視線を戻し、恥ずかしそうに笑ってみせた。
「もし良かったら……、一緒にうちまで来やはりませんか? この子達も懐いてるみたいですし……その、迷惑やなければ……ですが」
女性の葵が勇気を出して誘ってくれたという事に、時人は「言わせてしまった」という罪悪感を抱きつつ喜びを隠せない。
「はい……! 勿論です。こちらこそ、ご迷惑でなければ」
顔に熱を持った時人が快諾すると、姉妹が嬉しそうにはしゃぐ。
「お兄ちゃん、葵ちゃんのお家に来るの? やったぁ!」
「お兄ちゃん、一緒だね」
会計は時人が自分の分は自分で出すと言い張ったが、葵は一華が世話になった礼だと言い、笑顔で会計を引き受けた。
「すみません。女性に奢らせるだなんて」
「いいえ、サラダとコーヒーぐらいええんです。その代わり、今度デートして下さいね」
何でもない事のように笑顔で謙遜してから、葵はいきなり時人にデートを申し込んできた。
「えっ……」
驚いて目を瞠らせる時人に、葵は姉妹達に聞こえない声量でそっと囁く。
「一回だけでええんです。一目惚れ、しました」
そう言ってから葵は恥ずかしそうに姉妹の方へ行き、「駅まで歩きます」と姉妹を連れて歩きだした。ややしばらく呆けてその後ろ姿を見ていた時人だが、ふと我に返ると慌てて三人を追いかけた。
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