72 / 91
獣
しおりを挟む
『~~~~っ!! っあぁあああぁあっ!!』
私は自分がしでかした罪の重さに号泣し、肉の悦びに負けて腰を動かした。
心も、体も、ボロボロだ。
もともと精神的に揺らぎのあった私は、誤った一歩を踏み出し、完全に壊れてしまった。
――愛してほしいと頼まれたのに、私は何をやっている!?
――これが優那の望んだ事か!?
――私は、最愛の彼女が最期に願った事すら、叶える事ができなかった……!
――私は何をやっている? 私が抱いているのは、私が愛しているのは、私が罰を与えているのは……。
私は荒くなった息を繰り返しながら、恐る恐ると冬夜を見る。
力でねじ伏せられ、屈辱と怒り、悲しみにまみれて泣きながら、ぐったりと横たわっているのは――、守られるべき子供だ。
『あ……、あぁあ……、あー……、あ……、あ、ははは……、は……。はははは……っ』
私はうつろな目から涙を流し、口端から涎を垂らして乾いた笑いを漏らす。
――クズだと思っていたが、ここまで堕ちたのか。
――まるで獣だ。
私はゆらりと体を揺らし、壊れたマリオネットのようにカタカタと肩を上下させて笑ったあと――、下半身を露出させたまま台所に向かった。
居間には私と冬夜の行為に耐えきれず、テレビを見て気持ちを誤魔化していた涼子がいたが、私の姿を見てギョッと目を見開いた。
『……あなた……』
そして私が躊躇いもなく包丁を抜いたのを見て、ハッとすると慌てて駆け寄ってきた。
『やめて!!』
『……死なせてくれよぉ……、もう僕は生きていちゃ駄目なんだ……』
私は涙と涎を垂らし、『へへっ、へへっ……』と笑いながら包丁を自分の腹部に突き刺そうとする。
大粒の涙を流した涼子はパンッと私の頬を平手で張ったあと、叩きつけるように言う。
『生きて!!』
包丁が床に落ちたあと、私は力なくキッチン台にもたれ掛かり、ズルズルとしゃがみ込む。
涼子は包丁を拾うと、悲しみや怒り、絶望、様々な感情がこもった目で私を睨んだ。
『……北條先輩の子供を育てると決意して、今まで世間を欺き続けたのでしょう? 一人で子育てをしていたら怪しまれるかもしれないから、妻役を欲して私と結婚したんでしょう? ……なら、最後まで嘘をついて』
涼子は食卓テーブルの上に包丁を置き、疲れたように食卓椅子に座る。
『あなたが最低な人なのは分かってる。あなたは妻である私に目もくれず、今だって北條先輩の面影と死に囚われて、現実を見られていない可哀想な人。……でも、一度責任を負って私たち親子を養うと決めたなら、無責任に死んだりしないで』
彼女は震える声で言ったあと、嗚咽しながらきつく拳を握る。
『私だってつらいのよ……っ! 本当は冬夜と春佳を自分の子供として愛して、ちゃんと面倒をみてあげたい。……でも……っ、あなたは冬夜を北條先輩だと思い込んでいるし、春佳は私をレイプした男の子供だし……っ、どうすればいいのよっ!』
ヒステリックに叫んだあと、涼子は「ハーッ、ハーッ」と呼吸を繰り返し、自分を抱き締めてトントン両手で背中を叩く。
それは心理士から教わった自分をハグする方法で、どうしようもなく寂しく孤独を感じた時、セルフケアとして背中を叩くといいと言われたらしい。
背中は誰かに抱き締められでもしない限り、自分では触れない所だから、人はそこに温もりを感じるだけで安らぎを得るのだという。
私は彼女の様子を見て、自分がろくに妻を抱き締めてもいないと自覚した。
マンションのあちこちから、くぐもった鳴き声が聞こえる。
私も、涼子も、冬夜も、酷く傷付いてボロボロになっている。
何も知らない春佳だけは、今頃穏やかな夢の中だろう。
落ち着いたらしい涼子は溜め息をつき、荒んだ目で私を見て言った。
『とにかく、マンションのローンも終わっていないのに身勝手な真似をしないで。自分に価値を見いだしたいなら、頑張って働いて私たちの生活費を稼いで。あなたが心の中で私たちをどう思おうが、お金だけは裏切らないから』
そう言ったあと、涼子はもう一度深い溜め息をついて続ける。
『……子供をまともに愛せない親でも、お金があるなら二人を大学に入れるまで面倒を見るべきだわ』
まっとうな事を言われ、私は小さく頷いた。
私は自分がしでかした罪の重さに号泣し、肉の悦びに負けて腰を動かした。
心も、体も、ボロボロだ。
もともと精神的に揺らぎのあった私は、誤った一歩を踏み出し、完全に壊れてしまった。
――愛してほしいと頼まれたのに、私は何をやっている!?
――これが優那の望んだ事か!?
――私は、最愛の彼女が最期に願った事すら、叶える事ができなかった……!
――私は何をやっている? 私が抱いているのは、私が愛しているのは、私が罰を与えているのは……。
私は荒くなった息を繰り返しながら、恐る恐ると冬夜を見る。
力でねじ伏せられ、屈辱と怒り、悲しみにまみれて泣きながら、ぐったりと横たわっているのは――、守られるべき子供だ。
『あ……、あぁあ……、あー……、あ……、あ、ははは……、は……。はははは……っ』
私はうつろな目から涙を流し、口端から涎を垂らして乾いた笑いを漏らす。
――クズだと思っていたが、ここまで堕ちたのか。
――まるで獣だ。
私はゆらりと体を揺らし、壊れたマリオネットのようにカタカタと肩を上下させて笑ったあと――、下半身を露出させたまま台所に向かった。
居間には私と冬夜の行為に耐えきれず、テレビを見て気持ちを誤魔化していた涼子がいたが、私の姿を見てギョッと目を見開いた。
『……あなた……』
そして私が躊躇いもなく包丁を抜いたのを見て、ハッとすると慌てて駆け寄ってきた。
『やめて!!』
『……死なせてくれよぉ……、もう僕は生きていちゃ駄目なんだ……』
私は涙と涎を垂らし、『へへっ、へへっ……』と笑いながら包丁を自分の腹部に突き刺そうとする。
大粒の涙を流した涼子はパンッと私の頬を平手で張ったあと、叩きつけるように言う。
『生きて!!』
包丁が床に落ちたあと、私は力なくキッチン台にもたれ掛かり、ズルズルとしゃがみ込む。
涼子は包丁を拾うと、悲しみや怒り、絶望、様々な感情がこもった目で私を睨んだ。
『……北條先輩の子供を育てると決意して、今まで世間を欺き続けたのでしょう? 一人で子育てをしていたら怪しまれるかもしれないから、妻役を欲して私と結婚したんでしょう? ……なら、最後まで嘘をついて』
涼子は食卓テーブルの上に包丁を置き、疲れたように食卓椅子に座る。
『あなたが最低な人なのは分かってる。あなたは妻である私に目もくれず、今だって北條先輩の面影と死に囚われて、現実を見られていない可哀想な人。……でも、一度責任を負って私たち親子を養うと決めたなら、無責任に死んだりしないで』
彼女は震える声で言ったあと、嗚咽しながらきつく拳を握る。
『私だってつらいのよ……っ! 本当は冬夜と春佳を自分の子供として愛して、ちゃんと面倒をみてあげたい。……でも……っ、あなたは冬夜を北條先輩だと思い込んでいるし、春佳は私をレイプした男の子供だし……っ、どうすればいいのよっ!』
ヒステリックに叫んだあと、涼子は「ハーッ、ハーッ」と呼吸を繰り返し、自分を抱き締めてトントン両手で背中を叩く。
それは心理士から教わった自分をハグする方法で、どうしようもなく寂しく孤独を感じた時、セルフケアとして背中を叩くといいと言われたらしい。
背中は誰かに抱き締められでもしない限り、自分では触れない所だから、人はそこに温もりを感じるだけで安らぎを得るのだという。
私は彼女の様子を見て、自分がろくに妻を抱き締めてもいないと自覚した。
マンションのあちこちから、くぐもった鳴き声が聞こえる。
私も、涼子も、冬夜も、酷く傷付いてボロボロになっている。
何も知らない春佳だけは、今頃穏やかな夢の中だろう。
落ち着いたらしい涼子は溜め息をつき、荒んだ目で私を見て言った。
『とにかく、マンションのローンも終わっていないのに身勝手な真似をしないで。自分に価値を見いだしたいなら、頑張って働いて私たちの生活費を稼いで。あなたが心の中で私たちをどう思おうが、お金だけは裏切らないから』
そう言ったあと、涼子はもう一度深い溜め息をついて続ける。
『……子供をまともに愛せない親でも、お金があるなら二人を大学に入れるまで面倒を見るべきだわ』
まっとうな事を言われ、私は小さく頷いた。
3
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる