【R-18】有罪愛

臣桜

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思い出ぐらい美化させてください

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『秘密は守ります。私はあなたと家族になりたい』

 長瀬は潤んだ目の奥に固い決意を宿し、まっすぐ私を見て誓う。

『……分かった。じゃあこれから結婚指輪を買いに行って、引っ越しが済んだら区役所に行こうか』

 淡々と言った私を見て、長瀬は驚いたように瞠目する。

 それからこれから自分が歩むだろう道を察し、唇を引き結んで頷いた。

『君はもう堕胎できないからその子を産むのだろう。僕はろくでもない男だし、親になる資格はないと思っている。でもそんな僕でも、手の中にあるものは守りたい。ふりであっても〝親〟になれる事を誇りとし、生き甲斐としたいからだ。君と夫婦になり、子供たちと〝家族〟になれる事は純粋に嬉しい。……だから、もしもこの先君が子供を〝可愛くない〟と思っても、絶対に〝母親〟をやめないと誓ってくれ』

『……はい』

 長瀬は頬に伝った涙を手で拭い、しっかりと頷く。

 私はぬるくなったコーヒーを飲み、息を吐いてから尋ねる。

『参考までに聞きたいが、長瀬は僕のどこがいいんだ? 僕が女なら僕みたいな男を選ばないと思うが』

 質問され、長瀬は視線をテーブルの上に落とすと、はにかみながら言う。

『……最初、物静かで大人っぽいところを〝いいな〟と思いました。書架を見る横顔がとても綺麗で、骨張った長い指で本の背表紙をたどる姿が印象的でした』

 彼女の答えを聞き、随分と美化されているものだなと感じた。

『……知っての通り、私はどちらかと言えば、いじめられやすいタイプです。だからクラスの中心にいるような騒がしい男子は嫌いでした。ああいう人たちは、目立つ系の女子しか眼中にないですし、私みたいな女子を見下しています。そういう人の人間性が今後改善されると思いませんから』

 嫌そうな顔で言う長瀬は、何かを思いだしたように眉間に皺を寄せる。

 確かに在学時、彼女は図書室で『今日クラスの男子にこんな嫌な事を言われた』と零していた事があった。

『だから私、穏やかな人が好きなんです。先輩は本好きだし、沈黙しても変に焦る必要のない落ち着ける人です。……でも、先輩は北條先輩が好きだとすぐに分かりました。自分が敵わない恋をしている事も理解しましたけど、どうしてもあなた以上に好きになれる人ができないんです。高校生時代の放課後の図書室での時間が、私にとって一番輝いている時でした』

『……長瀬は僕を過大評価していると思うけど』

 半ば呆れて言うと、彼女は微笑んだ。

『私の心の中ぐらい、自由にさせてくださいよ。現実のあなたは今でも北條先輩に夢中で、彼女の息子を女の子として育てるおかしな人。そんなあなたの秘密を受け入れ、結婚したいと思う私も、きっとどこかおかしいんです。……普通に生きてきたはずなのに、……あの男に犯された時から、私は壊れてしまった……』

 長瀬はクシャリと歪んだ顔で笑い、新たに流れた涙を拭う。

『だから、思い出ぐらい美化させてください。……あなただって……』

 そこまで言い、長瀬は視線を落とす。

 彼女の言わん事を察し、私は胸ポケットから煙草を出そうとして――、冬夜を育て始めてからやめた事に気づいて手を彷徨わせる。

 長瀬はこう言いたかったのだろう。

 ――あなただって、北條先輩にいいように使われている現実から、目を逸らしていたでしょう?

 すべて言わなかった長瀬は、私を慮ってくれたのだ。

 私は溜め息をつき、冬夜がつまらなさそうに脚をブラブラさせているのを手で押さえて言う。

『……じゃあ、これから宜しく。涼子』

 妻らしく名前で呼ぶと、彼女は真っ赤になった。

 その姿を見ても、依然として私の中には嬉しいとか、彼女を可愛いと思う気持ちは芽生えなかった。

『とりあえず、無事に出産する事を第一に考えよう。出産費用は心配しなくていいし、検診もきちんと行くんだ。いつ破水するか分からないから、引っ越し業者にすぐ連絡を入れて、僕の家に越しておいで。何かあったらすぐ車で病院に行けるようにする。出産が終わったら、家族四人で暮らしても問題ない広さの家を見つけよう』

『……はい』

『指輪にこだわりは? 僕は夫婦になるなら何でもいいけど』

『特にありません。色々お金がかかるでしょうから、安い物で構いません』

『分かった。指輪が高かったらいい夫婦になれるわけでもないしな』

 そう言うと、涼子は『確かに』と笑った。
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